見出し画像

【小説】天国へのmail address 最終章『黄泉の国』とは

エピローグ
 
 朝日ヶ丘公園のベンチで橘と優輔は優輔のスマホでその動画を見ていた。匿名のスピーカーが次々とライブ配信を広げて動画は完全に炎上していた。
「お父さんとお母さん、お兄さんも強いね」優輔が言った。
「パパとママじゃないの?」橘は優輔の頭をなでながら笑っていた。優輔もちょっと照れながら笑った。
「モンゲーで遊びたいな」
「向こうに行ったらモンゲーやり放題だよ。海外でしか捕まえられないレアのモンスターが一杯いるよ」橘は自分のスマホでモンゲーを開くと集めたモンスターを登録する図鑑を開いて見せた。
「すごい!」優輔の声は踊っていた。
「龍馬さんも向こうに居たのは数時間だけれど三匹も捕まえたよ。優君のレベルなら沢山捕れる」
「楽しみだね」優輔が笑顔で言った時、ライブ配信では阿部がこの街独自の教育システムを構築する事を約束すると語る映像が流れていた。『阿部も昔の自分を思い出してくれたか』橘は優輔のスマホをのぞき込みながら思う。
「優君、もう思い残す事はないかな?」橘が聞いた。
「うん!」優輔はゆっくりと頷いた。
「じゃあそろそろ行く?」
「何処へ?」そう問いかける優輔に橘は空を指差した。お天道様がまどろみに入る準備を始めたところだった。
「龍馬さん達が住む国へ」
「そこへ行くともうお父さん達に会えなくなってしまうの?」優輔は少し不安そうであった。
「そんな事はないよ。もしお父さん達が困った事が出来て優君の力が必要な時は、またここに戻って来る事は出来るよ」橘の言葉は門番の受け売りであった。
「僕、龍馬さんと一緒に行く!」優輔は決心した。橘は頷くと自分のスマホを開いた。登録アドレスをタップする。その中にあった『天国へのmail address』と表示された文字を軽くタップする。
 
 朝日ヶ丘公園から二人の姿はゆっくりと消えて行った。
 
 橘と優輔の前には大きな川が流れている。河原には積み上げられた石の山があちらこちらに点在していた。川には見慣れた豪華客船が停泊している。
「早いお帰りでしたね」橘に声を掛けたのは門番であった。
「ありがとうございます。あなたが私にこいつを手に入れる方法を教えて下さったお陰です」橘はスマホを門番の前にかざしながら言った。優輔は橘の後ろに隠れて不安そうに門番を見ていた。
「こんにちは。武藤優輔君ですね?」門番は優しく言った。
「この前はごめんなさい」優輔は橘の紋付を握りながら小さな声で言った。
「船に乗らずに逃げ出した事かな?」
「ごめんなさい」優輔は再度謝った。
「でも『さまよい霊』にならなくて良かったですね。今度は橘さんの手を放さずに船に乗りましょう。」
「はい」
「それとこの河原に石を積んでいきましょう」
「石を積むのですか?」橘が聞いた。
「橘さんではなくて優輔君です」優輔は首を傾げた。
「ここは『賽の河原』と言って、親よりも先に亡くなってしまった子ども達が親不孝の罪を償うために石を積むのですよ」門番は教えてくれた。優輔は頷いて河原にしゃがみ込んだ。
「お父さん、お母さん、悲しい思いをさせてしまってごめんなさい」優輔はそう言いながら大きい石からひと回り小さい物へ次々と石を積み上げた。橘はその姿を優しく見守っていた。
「ところで門番さん。武藤康輔名前は乗船名簿から消えておりますか?」
「橘さんのご活躍ですな。消えましたよ」
「そうですか、良かった」橘の安堵した顔に門番が微笑みかけて時『ゴーン・ゴーン』
 
 船から出航を告げるドラの音が聞こえてきた。橘がこの音を聞くのは二度目である。
「優君! 行こう」橘はそう言って優輔の手を取った。そして、その手をしっかりと握り締めると門番にお辞儀をして乗船口に向け歩き出した。途中には『さまよい霊』を知らせる立看板が並んでいた。数日前に橘が発見した優輔の写真はもうどこにも見当たらなかった。門番はまるで親子のように歩いていく二人の後姿を優しく見送っていた。
 
『ボー・ボボーン』
 
 汽笛と同時に船はゆっくりと動き出した。甲板で川面を見ている二人。船に乗っても橘は優輔の手を離す事はなかった。『黄泉の国』に着くまでこの手は離さないと心に決めたからだ。川面から吹き込む風に橘の着物の片袖が揺れていた。
「龍馬さん! なんか浮いてるね」優輔が川を見つめながら言った。
「どこに? なにが浮いてるの?」橘は川面を見つめて浮遊物を捜しながら問う。
「違うよ、龍馬さんが浮いてるよ」優輔は笑いながら言った。気が付くと甲板には多くの人がいて皆が橘に注目していた。そこに居る全ての人は現代風の洋服と言う出で立ちなのに、橘ひとりが紋付袴で腰に大刀を指している姿、時代錯誤も良いとこだ。
「貸衣装だから、向こうに付いたらすぐに返して着替えるよ」橘は顔を赤らめながら言う。
「似合っているのに?」優輔が冷やかした。
「向こうには、坂本龍馬が住んでいるはずだからこのままだと本物に叱られるよ」橘は照れながら言った。
「龍馬さん! さっきから龍馬さんの肩に蠅が止まっているよ」優輔が言った。
「知ってる」橘は笑た。
「僕が追い払ってあげようか?」
(橘殿! 頼むからこのまま『黄泉の国』へ、頼みます)聞き覚えのある声だった。
(誰?)橘が冷やかし半分で問う。
(問われて名乗るも、あ、おこがましいが、知るらざあ言って聞かせやしょう)蠅が歌舞伎口調で口上を言う。
(金次郎さん。あの時教室ではありがとうございました)
(あ、いましばらく、口上の続きが……)蠅が羽をこすり合わせる。
(金次郎さん蠅に生まれ変わってしまったの?)橘が肩に向かって言った。
(いかにも、困ってしまって橘殿に切って頂いた)
(金次郎さん! もう生まれ変わりはよした方が良いのではありませんか?)
(いや! 元の歌舞伎役者に戻るまで諦めませぬハハハハ)蠅が笑った
(凝りませんね)橘も笑った。
(この次は大丈夫である。門番さんから心の声にて橘殿を助太刀いたせば次は少しましな生まれ変わりが出来るとご提案頂いた)
(だから公園に金次郎さんの声が聞こえてきたのか)
(いかにも黄泉の国の住民は心の声で話せるとの事である)
「龍馬さん! さっきから誰と話をしているの?」
「うん? 蠅と話をしている」
「蠅? 僕が追い払ってあげようか?」優輔は橘の肩に止まっている銀蠅を見つめて言った。
「いや、この蠅は龍馬さんの友達だから」
「龍馬さんは不思議だね。蠅と話せるなんて」
「優君も『黄泉の国』にゆけば分かるさ」
『黄泉の国』には何があるの?」優輔はほんの少し不安な顔をした。
「何でもあると思うよ。龍馬さんもほんの少しの間だけしか居なかったから良くは分からないけれど、とても近代的な建物が並んでいた」橘は数日前の事を遠い過去の様に思い出しながら語った。
「どんな人が住んでいるのかな?」
「そうだね。優君が学校で勉強した、教科書に出てきた偉い人も居るかもしれないね」
「龍馬さんの知っている人はいる?」
「今は、二人いる。優しいおばあさんと面白い歌舞伎役者(今は銀蠅)」橘は肩を指差して言った。
「僕! 向こうに付いたら何しようかな」
「モンゲーするんじゃないの」
「モンゲーだけじゃつまらない。龍馬さんは何するの?」優輔は無邪気に言った。
「龍馬さんはね、まず捜さなければならない人がいる」橘は思い深げに言った。
「本物の坂本龍馬?」
「そうだね。一緒に酒を飲みたいな」橘が小さく見え始めた『黄泉の国』の港を見ながら呟いた。
 
 
 優輔がモンゲーやって来ると言って遊びに行った。
部屋の棚には坂本龍馬の衣装をまとった橘と、優輔の写真が飾られていた。新しい家族の記念写真は橘が衣装を返却する際に、髭の店主上野彦馬が撮影した貴重な写真だ。やがて優輔が子犬を抱えて戻ってくる。
「龍馬さんこの子を家族にしていいかな?」
「そのワンコはどうしたの?」
「僕の足にかじりついて離れないの。可愛いから連れて来ちゃった」優輔は笑顔で言う。
「本当に可愛い犬(こ)だね」橘が子犬を抱きしめながら胸を撫でた。
(や、やめろ、くっくすぐったい、く・く・く・くすぐったい! からのアー、気持ち良い。もっと撫でてー)
「え?」橘は子犬を見つめる。
(橘殿! すまんが頼みがある! 拙者を港に連れて行っては下さらぬか?)
(凝りませんね。今度は犬ですか?)橘は心で会話した。
(まあ、蠅よりましだと思っていたら、交差点で暴走してきた車に引かれてしまい、恥ずかしながら戻ってきてしまった)
「優君! このワンコ家族にしましょう」橘は大声で言った。
「わーい! わーい! 名前を付けてあげないと……」優輔は嬉しくてはしゃぎまくっている。
「名前は決まっているよ」
「何ていう名前?」
「このワンコの名前は金次郎」橘は金次郎を抱きかかえると晴天の大空に高くかざした。
(観念いたせ、金次郎)
「龍馬さん! 僕、金次郎と散歩に行ってくるね」優輔は何処から見つけたのか首輪とリードを持っていた。
「行ってらっしゃい」橘は金次郎を優輔に渡した。優輔は金次郎に首輪をつけて門から出て行こうとした。その光景はまるで本当の家族のようであった。
 
『黄泉の国』そこは死人が平和に楽しく生活する国
              人々は皆、この国を『天国』と呼んでいる。
 
「優君! 港に行ってはいけないよ!」
 
                 了

この記事が参加している募集

スキしてみて

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?