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ニュースは生活に余裕のある人だけのもの 万人向けじゃない

結婚したての頃、SNSで自殺したい人を募り、集団で自殺させるといったような事件が大きくクローズアップされたようだ。詳細は今でも知らない。なぜなら、忙しくてニュースなんてそっちのけだったから。聞くところによると、定時のニュースも、お昼の情報番組も、このニュースで持ちきりだったらしい。当時、父に、僕がこのニュースを知らなかったことを言ったら、たいそう驚かれた。

何で知らなかったかというと、結婚でバタバタだったうえ、僕は妻の家に引っ越したのだ。家庭の事情から、妻と2人で新居に住むのではなく、妻が妻の祖母と住んでいた昭和家屋に、僕が引っ越すことに相成った。だから荷造りや業者の手配や荷ほどきや何やかやでてんやわんやだったのだ。

それに加えて。

僕は躁うつ病の躁と鬱の転換期で休職していた。しかも、そのちょうど治りかけの時期で、復職しようというところ。会社の配慮で、会社を転籍し、部署移動をまさにしようとしているところで、ちょうど引っ越しをしていた時期に、新しい部署、すなわち総務に異動になった。

妻とは結婚まで同棲はしていなかったから、今回が初めて一緒に住むことになる。これが、とにかく大変だった。風呂の入りかた、トイレの仕方、食い終わった皿の処理の仕方、寝床の作り方、洗面の仕方、何から何まで今までと違う。なぜなら、ここは、妻が今まで住んでいた家であって、僕は引っ越してきた身なのだ。慣れなきゃいけないのは僕の方だ。頑張らなきゃいけない。

そんなこんなで忙しくしていると、一人の時間がない。朝は、起きると資格の勉強。その後家を出て、会社で仕事をして、家に帰ってきて、妻と夕食。夕食後は、妻と飼い犬と「犬充」タイム。それが終わったら、風呂。風呂が終わったら、2階に上がって、布団の上で、妻と談笑。結婚前に習慣だったニュースチェックや読書の時間はない。

それが現在まで続いている。

これが、子供ができたらもっと忙しくなるんだろうなと思っている。

かろうじて追っているTwitterを見ていると、ニュースについて盛んにコメントしている学者などを目にする。

そういう人を見るたび、「生活」はどうなっているんだろうと想像してしまう。

確かに、僕も「生活」より、仕事で自己実現したい派だ。

しかし、結婚したり大切な人がいれば、ニュースに頭を使う暇なんてないはずだ。

ニュースは誰に向けたものなのだろうか


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