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「和賀英良」獄中からの手紙(41)  吉村の推理

―吉村の推理―

蒲田操車場の事件では和賀英良が殺人罪で逮捕され裁判の結果、懲役15年の刑が確定し、控訴せず服役することとなった。

和賀は罪状を認め、三木謙一の殺害は一人で実行したこと、そしてその動機は自分の出自が世の中に公表されることを恐れてのことだと自供した。

西蒲田警察署刑事課巡査の吉村弘は、なにか釈然としない面持ちで毎日を過ごしていた。吉村は今日も一人で酒を飲んで十二時過ぎに布団に入ったが、まったくもって寝付けなかった。

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和賀英良はなぜ三木を殺したのか?
よくわからない。

自分の出自や父親の病気が世の中に知れてしまうと、いまの自分の地位は無くなってしまう。だがあの痩せてやや女性的な雰囲気を持つ和賀がひとりで三木を殴打して線路のほうに引きずり込むなどとは、とうてい不可能にしか思えなかった。いや絶対に不可能だ。

やはり背後に誰かがいる。
一番怪しいのは和賀の恋人である田所佐知子の父親、つまり元大臣の田所重喜だろう。政界のフィクサーとして君臨する田所は、国鉄総裁が線路上で轢死体として発見されたかの有名な「下山事件」とも関係があると噂さされている。

和賀のオファーがあって三木を始末することは訳もないことだろう。

だいたい事件の殺し方が下山事件とそっくりじゃないか。
自殺に見せかけるというところが違う。
こちらは泥酔を装って列車に轢かせるという筋書きだ。

吉村さんと一緒にこの事件を捜査して、和賀に逮捕状を取るまでに至ったが、それも妙にスムースで気持ちが悪い。和賀が「自分だけを捕まえてください」とでも言っているような筋書きがありそうだ。いわゆる罠か。警察署内にも田所の協力者がいるのではないか?

自分が新聞のコラムで偶然に読んだ「紙吹雪の女」これが事件のヒントになるとは夢にも思わなかったが、なぜか自分にはこれが引っかかった。なぜピントきたのか?いまだによくわからない。

そしてその後の展開。これはまったくの偶然ではないような気がする。そのシンクロニシティが自分のその後の人生にも繋がっているかのような予感がしてならない。つまりこれらの出来事はは自分にとっての大いなる伏線なのではないか。

 蒲田署に宿直で詰めているときに起こった操車場殺人事件。通報があってすぐに駆け付けたが、まだ夜が明けていない混沌とした現場。被害者の遺留品がないか線路の近くにある石をどけているとき、不意に鑑識から怒鳴られたことを覚えている。

「ちょっと、あんた勝手に触るなよ!」

その時、慌てた自分はすぐに手を引っ込めたが、右手の指先には血痕が付いていた。もちろん被害者の三木謙一のものだろう。この血痕が自分の無意識に語りかけたのか?まるで「俺の血染めのシャツを探せ」という指令が己のDNAに転写されたかのように、あの「紙吹雪の女と」いう新聞記事を偶然に見つけてしまった自分が妙に恐ろしかった。

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そういえば怪しいやつが一人いる。いつも会議や捜査の進捗報告があった時吉村さんの隣でタバコをガンガン吹かしながらうなずいている、背の低くて浅黒い、不精な長髪の口ひげ刑事。あいつがどうも気になってしょうがない。名前は記憶が薄いが、なにか珍しい苗字だったように思うが……

思い出した「丹下恭二(たんげきょうじ)」だ。

あの男は今西さんに協力しているふりをしながら、なにか常に探っているような、そして大事な発表があるときはいつも今西さんの隣にいて、ビックリしたような顔つきになるが、妙にワザとらしいしぐさだ。実は前から事の流れを知っているような気がしてならない。

事件の捜査状況をリークしているのもあいつではないのか。捜査段階で上がってきた「かめだ」というキーワード。それが地名かということで秋田にその「亀田」という土地がみつかり、捜査員として今西さんと自分が向かうことも事前に情報が漏れていた。

丹下がそれを知ったのは、三木謙一と和賀が鎌田の操車場近くで会っていたトリスバーの「ろん」で現場検証が行われたときだ。あいつは確かに立ち会っていた。そうだ思い出した、バーのママが「かめだとか言っていた」と話したときに丹下はすぐ後ろにいたはずだ。

やっぱり田所のスパイはあいつだろう。

丹下の報告を受けた田所が、秋田の「亀田」に捜査のかく乱を狙った男を派遣したのだろう。やはりあの長髪の口ひげ男、丹下が裏で動いている。本署の人間にそれとなく聞いたところ、結婚して子供もいるようだが、なにか昔からギャンブル好きで借金があるとのうわさも絶えないそうだ。

自分は警察の仕事は嫌いではないが、一生警察官として過ごそうとは思わない。だから怖いものなし、いつでも辞めてやる、という気概はあるつもりだ。だから蒲田の事件で少し手柄も取ったが、なにかスッキリとしないし、それをほっておけない。

すでに判決も出て和賀も刑務所に服役しているんだから、それでいいじゃないか……とは到底思えないのだ。その後の捜査をもってしても事件の全貌がはっきりとせず、残された疑念が払拭されないからだ。

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ぜったいに単独犯ではない。
うらに協力者がいる。
そして田所は一枚かんでいる。

捜査本部はとっくに解散していた。

吉村はふと思った。
俺は男だ。
勇気を振り絞って正面から戦ってみるか。
直接田所に疑問をぶっつけてみよう。
しかしどうやって?

そんなことを考えているとすぐに夜が明けてしまう。
布団のなかで吉村は何度も寝返りを打った。

そうだ、娘の佐知子の個展が銀座のギャラリーで来週ある。
もしかすると田所も来ているかもしれない。
そうだ、運が良ければ話ができるかもしれない。
よし、行ってみよう。

そう心に決めると、迷いの消えた吉村は堪えていた睡魔の闇に落ちていった。

捜査会議での今西と丹下©1974 松竹株式会社/橋本プロダクション

第42話: https://note.com/ryohei_imanishi/n/ndc5b2561e16a

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