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「和賀英良」獄中からの手紙(31)  佐知子の危惧    

―「ごんぎつね」撃たれて当然―

佐知子は等々力の自宅の部屋でベッドに寝ころがりながら、和賀との関係をぼんやりと考えていた。

それは親密な関係でありたいと思う反面「深入りしてはいけない」とささやく小さな声が自分を押しとどめていた。

和賀はまさに時代の寵児で、前衛的な作品を書かせたら右に出る者はいない作曲家。しかしながら、その表面的な輝かしい業績の裏に、なにか隠された暗黒の闇を感じる時がある。

そして不安の種をわざとばらまくような言動はなぜなのか。和賀の前で将来のこと、そして子供のことを話すと、きまって和賀は「僕と君の関係がいまホットであれば、それでいいじゃないか」と言って、視線を合わせないようにする。

和賀は「未来の自分」が嫌いなのだ。

まあいっか、だって大好きなんだもの。
単なる優しさとかお金があるとかじゃない不思議な魅力。
ニヒリズムもあるけどなにか大きな自然を見るような雄大さ。
そしてすごい美男子なんだよ。

英良さんは急に「幸せってどういう状態のことを言うのか、よくわからないね」という。

「たとえば、病気って健康でない状態のことを指すんだから、健康とは病気でないことだ。でも病気は健康でない状態だから、病気を治すと健康になるんじゃなくて、病気でなくなるだけじゃないかな」

ほんとうに目まいがするほど何を言ってるかよくわからない。

生きることって「ブルース」だよね。
ブルースってクラシック音楽でいうところの長調と短調が交互に鳴る音楽。
マイナーの音を経過してメジャーに変わる。
ブルーな気持ちで朝起きてカーテンを開けたら青空を見たって感じかな。
マイナーとメジャーのミックスで「マイジャー」
でもマイナーとメジャーは同時に鳴らない。
だから気分が沈んでいるときは「マイナー」に聴こえて、
「ウキウキ」しているときはメジャーな明るい音楽に聴こえる。
アンビバレントな気分を表現する最強の音楽だね。

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あるとき和賀が妙な話をし始めた。

実は僕って童話を読んだことが無いんだよ。
なので少し大きくなってから図書館でいろいろ読んでみた。

「泣いた赤鬼」ってあるでしょう、あれってなんで泣いているのかよくわからない。なんども読んでみたんだけど、なぜ泣いているのかわからない。

あと「ごんぎつね」っていうお話もよくわからない。
悲しいお話しらしいですが、自分の感覚では、「ごん」という狐が悪さをして「平十」に鉄砲で撃たれて殺されるのは当然じゃないかと思います。

「ごんぎつね撃たれて当然」ということ以外に頭に浮かばない。

それ以上に自分にとって困ったのは、この童話に出てくる「兵十」という男の名前。

「ひょうじゅう」と読むのか「へいじゅう」と読むのかよくわかりませんが、自分がこの本をよむと必ずですが、頭の中で大きな音でビートルズの「ヘイジュード」が繰り返し鳴ってしまいます。

どうしてもそれが消せないので、読まないことにしていますが、もし読んだらその内容でなく「兵十」が出てくる場面では、頭のなかでジョン・レノンが大声で歌ってしまうので、「ごん」が可哀そうなどは思いもつきません。

こういったことは他の童話でもあって、それは「かさじぞう」というお地蔵様が恩返しをする昔話しです。

笠地蔵が雪の中で進んでいる場面で、寒いさむい雪の中、真夜中に笠をかぶったお地蔵様たちがそろって行進して、「じいさま、ばあさま」の家に向かう場面では、ものすごい音量で自分の創った行進曲が頭の中に鳴り響きます。

そして歩くのではなく「ぐりぐり」とひねりを繰り返してローリングしながら前に進む地蔵たち、その手にはたくさんの米や野菜や魚がいっぱい。

もうイメージした映像と音楽で頭が張り避けそうです。なので童話は読まないことにしているんです。

「お地蔵さま」って「ごちそうさま」っていう言葉に似ていますよね。
それがこの「かさじぞう」を読んだときから頭から離れなくなりました。

なので自分はご飯を食べた時に「ご馳走さま~」という代わりに「おじぞうさま~」と少し小さな声で言ってみましたが、それでも誰も気が付きません。だから食後はずっと「おじぞうさまでした」と言うことにしています。

あと「昔むかし、あるところに」とはじめに書いてあるのも苦手です。
「あるところ……」ってどこだろう?

その場所が気になって、後の話が入ってきません。
自分はちょっとおかしいのでしょうか?

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彼はすこし一般の人と違う発達をしているのか、小さいころはどう育てられたのか?興味があって調べましたが、出自はまったくよくわかりません。

芸大の作曲学科にも名前はありませんでしたし、卒業者名簿にものっていません。調べたら芸大の作曲に「別科」の設定もありませんでした。

和賀英良とはいったい何者なんでしょうか。

和賀のジャケットのポケットに入っていたシャネルの香水が匂うハンカチ。
私以外に女がいる、それは間違いない。

和賀は出自もよくわからない。
大阪の空襲で両親が亡くなったというのも嘘かもしれない。
背後にいる女もわからない。

わからないだらけなのに自分はなにもできない。
彫刻作品の作業も進まない。

そうだ、お父様に頼んで調べてもらうというのはどうかしら。
「そんなことは訳もないことだ」って言ってくれるはず。
明日、お父様に相談してみよう。

そう決心した佐知子はいつもの屈託のない明るい女性に戻った。

佐知子に問い詰められる和賀 © 松竹株式会社/橋本プロダクション

第32話: https://note.com/ryohei_imanishi/n/n4841f2ba3513

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