見出し画像

「和賀英良」獄中からの手紙(38)  京都・亀岡での生活  

少年時代のお話になりますが、少し書いてみます。
長くなりますがお付き合いください。

―京都・亀岡での生活―

大阪での空襲のあと「和賀英良」という名前を戸籍上使うようになった自分は、ある篤志家の援助で京都府亀岡市の邸宅に身を寄せていました。

その篤志家の家には子供がおらず、聞くところによると戦時中に一人息子が病死されていたようで、孤児として各地を彷徨っていた私を、家に置いてくれたのです。

この時代はそういった境遇の子供も多く、私が通った学校でも同じような事情で、住んでいる家の両親は実の親ではない、という話もよく聞きました。

奥様にも良くしていただいたのですが、家柄のことなのかよくわかりませんが、相続などの問題もあるようで、自分との養子縁組の話は出ては消え、出ては消えの状態でした。

社長は電子部品工場の経営が軌道にのり、戦後の好景気も追い風になったようで、経営のかたわら趣味の音楽にも没頭。京都市の交響楽団の理事や演奏会の協賛、はたまたレコード店も経営しておりました。

アメリカの作曲家、指揮者で有名なレナード・バーンスタインに入れあげており、すべてのレコードを所有し、自分もその気になって指揮棒を振り回していました。

グランドピアノもありましたがほとんど弾かずじまいで、体も大きかったせいかバーンスタインの風貌も真似をして、やや長髪の白髪頭をオールバックにして「ほれ、バーンスタインや、なかなかええやろ」と自慢げにポーズをとり、周囲の人に失笑を買っていました。

でも、本当に優しくて高校まで通わせてくれた、明るくて誠に親切な方です。しかし自分の本当の父親ではないので、そこでは「社長」と呼んでおりました。

社長は自宅近くにある「根本正教=こんぽんせいきょう」という宗教を信仰していて「宇宙の潔斎」が必要だ、と言って「邪気を払え」とよく社員や家族に申し付けていました。

私が腹をすかせてこの教団の施設にたどり着いたときに、ちょうどそこに居たのが社長でした。なにか初対面のときからピンと来たのかもしれません。すぐに別室に連れていかれて、それまでのことを聞かれました。

自分の名前は「和賀英良」といい(もちろん本名は言えません)大阪での空襲で両親が亡くなり、そこから逃れて一人で放浪している戦災孤児であることを伝えました。

「なにかここに来る必然があるはずなんだが?」と問われたとき、急に思い出して、あの夢のような出来事のなかで「大祓使徒=おおはらえしと」となるよう告げられたことを言うと、「ああ、やっぱり、これは神さまの良いお知らせや!」と嬉しそうに言われました。

ここにたどり着いた人は俗に言う「神さん呼ばれ」であって、来るにはそれなりに理由があるとのことで、さっそく自宅のほうに連れていかれました。

出迎えた奥様は「これこそまれびとじゃ」とたいへん喜んだことを覚えております。「息子の生まれ変わりだ」とも言っておられました。

社長はまた「芸術は宗教の母なり」という教団の方針を実直に実践しており、日本古来からの伝統文化はもちろん新しい芸術文化に対しても惜しみなく寄付や協賛をしていました。

自分も高校に通わせてもらいながら、レコード店の手伝いをしていましたが、私を家に置いていたのは、自宅に一人男が居ればレコード屋の店員が不要だったから、という単純な理由だったのかもしれません。

レコード店ではいろいろな曲が店内で流れており、バーンスタイン指揮のオーケストラ音楽やマイルスデイビスやチャーリーパーカーなどのモダンジャズ、そしてその当時の最先端であったビートルズに代表されるようなロック音楽を毎日のように聴いておりました。

そんななかでロックは体制批判の音楽であったことを知りました。

当時は長く続くベトナム戦争があり、カウンターカルチャーとロックは、ともに社会や文化の主流からドロップアウトし、独自のアイデンティティと価値観を持つ運動や音楽であったので、自分のような境遇の者にはとても共感できるメッセージとなりました。

社長や奥様は私の食事や洗濯、そして部屋まで与えていただき本当に感謝しています。ですが不思議なことに「根本正教」の教義を教えたり、教導場に連れていくことは一切なかったのです。

いまでもなぜかと考えてしまいますが、亡くなったお子さんを無理やり連れて行った時期があるのかもしれません。

私がお世話になっていた時に、なんとなく小耳にはさんだのですが、あの子には私たちと違った使命があるようなので、自分たちの信仰からは逆に遠ざけている。

そして自分たちの養子にはしない、相続のことは別にして、高校まで面倒を見たらここから出ていくはずで、それが本人の宿命と必然だろう。本人もそれを知っていると思う。と周囲には話していたようです。

音楽に目覚めたころの回想です。
長文にて大変失礼いたしました。

放浪時の和賀英良(本浦秀夫)© 1974 松竹株式会社/橋本プロダクション

第39話: https://note.com/ryohei_imanishi/n/nf0baf44f6b7f

◇     ◇    ◇


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?