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楽しんで待つこと

 聖天様に禱っていれば全ては最終的に上手く行きます。待てば海路の日和ありと言うように、準備してワクワクとして待っていれば、一番良い時期に一番良い経路で一番良い形で願望は成就します。人間の側で「いつまでに」「こんなふうに」など注文を付けお願いすること自体は悪くはないですが、最終的には聖天様の大所高所からの大慈大悲の御差配に全面委任することが大事です。

 よく自分の思い通りに行かないと聖天様に文句を言う人がいます。御寶前で直接でなくても、信者仲間や奉安寺院の住職ら関係者に、実質「悪口」(愚痴も含め)を言ってしまうのです。気持ちは分からなくはないですが、聖天様は最善をと物事の指向性を決めて御配慮して下さっているのに、直接間接にかかわらず文句を言うのは筋違いです。

 親の心子知らずと巷間いうのと同じ状況です。それに聖天様は世の隅々も網羅する遍在性を御持ちなので、どのような状況でも信者の声は御聴き取りになられます。聖天様の御耳に達するのですから、当然四部大将様をはじめ御眷属方も知ります。聖天様の御意向も知らずに、待つことをせずに我儘言う信者を御眷属方が良く思うことはありません。

 御眷属方は余程非禮でなければ大きな障りをもたらすことはありませんが、こうした聖天様への無禮は見過ごされないのです。故に物事が何故か滞ったり、急に目の前に障壁(現実的・精神的な)が出て来たり等々、戒めを與えます。気付けば戒めも解かれますが、そうでないと二進も三進も行かなくして分からせようとされます。

 聖天信心においては、いったん願をかけて希望を言ったら後は全面委任して、自身の生業などなすべきことに集中して、聖天様の最善のギフトを期待して、楽しみに待つことが肝要です。さすれば御眷属方も頑張って御働き頂け、すべては速やかに圓満になっていくのです。

 聖天信心は最末世で最上の信心ですので、信心の貴い御縁に感謝し喜悦して、聖天様と御眷属方に全き信頼をおいて日々、大乗の御教えを学び、実践して、一所懸命に生業に精を出すことに努めるのが良いのです。他の神佛を禮拜することも宜しいですが、禱願の軸は常に聖天様で行くことも大事です。至心合掌

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