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理想と現実の差分を埋めていく

まだ25歳で、もう25歳で、
25年間生きていると世の中のことが少しずつ分かってきて、見えてきて、察してきて。

それでいてまだまだ気が付かないことがあったり、考え方が間違っていることに気づいたり。そんな起伏の激しい日々を送っている。

25歳にでもなると、いやでもちょっと先のことを考えてしまう。
もともと先に対して希望とか持たないようにしていた、というか持てていなかった人間だけど、生きていくんだったらそりゃ楽しい方がよくて。

ちょっとずつ「理想」を考えたりもする。
そんな時、理想とセットで顔を出してくるのが「現実」で。

理想と現実を並べた時に、
「ちょっと現実的じゃないな」と思って諦めたりもする。目標と妄想は違う、みたいな言われも耳にする。

現実的じゃない理想は諦めた方が手っ取り早い、そんな認識だった。


そういったことをぼんやり考えた時に、
「でも本当にそうなのかな?」とも思ったりした。

自分たちは自分たちでできそうなことを理想に掲げていくことで人生を過ごしていくのかな、って。目指せそうにないものは諦めた方がいいのかな、って。たしかにその方が楽だし、安定はするけど自分の人生にそんな受け身でいいのかな。

そんなことを思った時にふと、
人生って理想と現実の差分を埋めていくことなんじゃないかな
と思った。

思った、というかその方が絶対楽しいだろうな、って。

と同時に、
諦めてしまう理想なんて本当の理想なんかじゃないのかなとも思った。

理想って「なりたい」「目指したい」から理想なのであって、最初から目指している状態じゃないのは当然だ。その理想に近づくためにも、現実を、今を変えていって、理想に近づいていくことを楽しむのが人生なんだろうなと。

でもこうやって書くと「諦めてしまうのは自分が弱いからなのかな、、」と思っちゃうけどそんなわけではないと思っていて。それはまだ本当の理想に出会えていない、気づけていない、自分と向き合えていないだけなんじゃないかなって考える。

そう考えると、それと出会うためにいろいろと探していくのもそれ自体が楽しかったりする。


ちょっと視点を変えると、言葉だってそうだと思う。

ビッグマウスと言われる人の発言ってそれこそ理想と現実のギャップがあるわけだ。でもそれをあえて発言し、その理想と現実のギャップを埋めていく姿を周りに見せている。

理想だけ語って何もしない人は良くないが、語った理想に向けて今を動いている人の姿って超カッコいい。そしてきっとそういう人は本気で理想を目指している。


そんなカッコいい生き方をしたい。
まずは本気になってでも目指したくなる理想を見つけ、定め、そのための”今”を選択していく。

そういった理想と現実の差分を埋めていく人生を。



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