見出し画像

語学の散歩道#15 ルビの指環

ルビの魔法は、赤く輝く紅玉ルビーのごとし

7月の誕生石、ルビー。
ルビーの石言葉は、その色から情熱、愛情、勝利などがあるらしい。

これにルビのを嵌めると、情熱パッション愛情ラヴ勝利ヴィクトリーと輝きが加わる。
環の素材を換えれば、情熱パッション愛情アムール勝利ヴィクトワールとその色もまた変化する。


日本気象協会のホームページの記事によれば、

 漢字の横につけられた、小さなフリガナ(ルビ)のお話。その由来がルビーであることを、ご存じの方も多いと思います。
 かつてイギリスでは、活版印刷で使われる活字を、大きさに応じて「ダイヤモンド活字」「エメラルド活字」「ルビー活字」などと名づけていました。それが明治時代の日本に導入され、フリガナに使う大きさの活字(ルビー活字)が、次第に「ルビ」と呼ばれるようになっていったというのです。

<日本気象協会HPより抜粋>

ということで、ルビーとルビは全く無関係ではなさそうである。

四大宝石の一つでもあるルビーだが、同じ四大宝石に入るサファイアはどうかといえば、私の調べた範囲では見つけられなかった。


明治時代、新聞記事に使用されていた活字のサイズは5号(10.5ポイント)だったそうで、振り仮名に使われる7号活字(5.25ポイント)が、イギリスでルビー活字と呼ばれていた5.5ポイントの活字サイズに近いことからルビと呼ばれるようになったということである。

ちなみに、イギリスの活字の名称を少し抜粋してみると…

3.5ポイント:ブリリアント
4.0ポイント:ジェム
4.5ポイント:ダイヤモンド
5.0ポイント:パール
5.5ポイント:ルビー(アゲートとも)
6.0ポイント:ノンバレル
6.5ポイント:エメラルド

すべての活字サイズに宝石の名称が付けられているわけではないが、欧米各国にはそれぞれの活字に名称が存在するのだそうだ。


さて、この中でもとくによく知られているルビー活字は、日本では「ルビ」として印刷時における「フリガナ」として定着した。ルビの用途としては、おもに難読漢字や読み方が複数あって意味が異なる場合などに使用される。たとえば、「人気のない」という言葉は、このままでは「にんきのない」と読むのか「ひとけのない」と読むのか区別がつかない。文脈を持ってしても区別がつかないことがある。そこで、両者の意味を区別するために「ルビ」の登場というわけである。

ところが、最近では本来の読み方ではない「読み」をする場合に「ルビ」を使用する場合が増加している。とくに多用されているのが、漫画である。


『日本人の知らない日本語』(著者:蛇蔵&海野凪子)というコミックエッセイは、外国人の視点から見た日本語が発見できるという点でも非常に面白い作品だ。

外国人が日本語を学ぶきっかけになったものとして漫画やアニメなどを挙げる人が、とくに若い世代に多い。そのため、えてしてこれらを媒体にして日本語を覚えていく人が多いのだが、なんといっても最大の壁は「漢字」の存在である。ひらがなやカタカナはなんとか読めても、漢字の読みとなると壁が高くなるし、書くとなれば妖怪ぬりかべ以上にその高さは増す。
(ぬりかべの身長は約3mらしい。)

もちろん、漢字の読み書きは、これを母国語としている日本人でも一筋縄ではいかないため、子供の頃から「修行」をする必要がある。正しい日本語を学ぶのは国語学習の基本である。だから、読めない漢字に遭遇した時は「ルビ」(手書きの場合は「ルビ」とは言わない)などを頼りにしながら徐々に覚えていく。国語の教科書は、よほどのことがない限り「正しい」日本語が掲載されているはずなので、作者の意図的な使用は例外として、特殊な読み方をする漢字はほぼないだろうと思う。


一方、こうした訓練を積んでおらず、漫画などの「特殊」な日本語から学習を始める外国人にとって、これは大問題である。前掲の本の話に戻ると、やはりこのあたりに触れたエピソードがある。

例えば、フランス人のルイ君が「私は本気マジだ」と言い、任侠映画マニアのフランス人マダムのマリーさんが「辞書に拳銃ハジキという単語がありません」と言っても、正しい日本語を知っていれば、それらが「特殊な読み」だということは容易に想像できる。しかし、日本語を初めて学ぶ人にはおそらくこの違いがわからないし、日常生活において言葉の誤用につながる危険もある。

そして、これが小説ともなると、ますます「正しい読み」と「特殊な読み」の見分けがつきにくくなり、読者の国語力が問われることになる。こうした「特殊な読み」に対するルビは、著者によって意図的に作られた造語も含まれるため、さらに複雑化する。

とはいえ、小説や漫画で使用されるこうした特殊なルビは、むしろ雰囲気を出すには効果的な面もあるのだ。もちろん、あくまで「正しい読み方」がわかっていることが大前提である。


「特殊な読み」の有用性は、とくに外国語翻訳において、それが最強の武器になり得ることでも証明できる。私はこれまで日本語以外の言語で「ルビ」が使用されているのを見たことがないが、これは日本語の利点であると思う。


今年の夏、早川書房さんの「夏のKindleセール」で、エド・マクベインの「87分署シリーズ」の邦訳が半値になっていたのに乗じて、全56巻のうち54巻(邦訳はなぜか54冊のみ)を一括購入してしまった。これで私の積読が1.3倍に膨れ上がってしまったわけだが、紙の本はもはや手に入らないうえ、試し読みをしたところさまざまな点で面白い発見ができる作品だとわかった。そこで48時間悩んだ末に、とうとう誘惑に負けてしまったのだ。おかげさまで退屈しらずの日々である。


さて、「ルビ」の話をしていた。
今回は、この作品を例に、ルビの使い方をいくつか見てみたいと思う。ただし、原作は1956年からシリーズ第1巻が刊行され始め、早川書房から邦訳が出版されたのが1959年だから、言い回しがいくぶん古い印象は否めない。しかし、当時の「警察小説」というジャンルがどういうものであったかを知る意味でも本作はとても興味深い作品である。

以下は、本シリーズの記念すべき第1作『警官嫌い』からの抜粋である。


まずは、単語を翻訳した漢字に「英語の読み」をそのまま「ルビ」に振った例である。

「・三八口径らしい」
刑事はいいながら、ホルスターに入った拳銃をもっとよく調べた。
「そうだ。刑事用拳銃デテクティヴ・スペシャルだ。こいつも証拠札をつけとくかね?」

<『警官嫌い』エド・マクベイン(ハヤカワ・ミステリ文庫)より>


「87分署シリーズ」は、アイソラという架空の街を舞台にした警察小説であるが、そのモデルはニューヨークらしい。アメリカの州警察の制式拳銃は州ごとに異なっており、現在のニューヨーク市警(NYPD)の制式拳銃はグロック17またはグロック19だそうだ。ここでいうデテクティヴ・スペシャルはおそらくコルト・デテクティヴスペシャルで、グロックと異なりリボルバー式の拳銃である。おもに麻薬取締官や私服警察官(すなわち刑事)に支給される護身用の拳銃だ。もし、この単語にルビを振らなかった場合、拳銃の種類を想像することはできないし、制服警官との銃の違いを考えたりすることもないだろう。

しかし、こうしてルビが振られることによって、単なる三十八口径の銃ではなく、刑事用の銃であることがわかり、犯人捜査上での手がかりとなる可能性も出てくることになる。


次は、原書の単語を日本語に変換するに際してルビが必要になった箇所である。

「近ごろは余禄よろくはどうだい?」
もう一人の殺人課の刑事が訊ねた。
「よせやい」
キャレラはにべもなく答えた。
「うまい汁は誰かがみんな吸っちまってるか。
死体おろくからは何も出てこねえからな」

< 前掲書より抜粋。以下同じ >


初めはmoney 余録body 死体の言葉遊びかと思ったのだが、その後すぐ、killing 殺し(=死体)に、もう一つの意味である「(賭け事などでの)大儲け」を掛けているのかもしれないと思い直した。後者の方がありそうな話だが、原書が入手できなかったため原文の単語は謎のままである。

さらに、余録は「正しい読み」だが、死体は違う。「おろく」とは、おもに山で遭難した死体を指す登山用語で「南無阿弥陀仏」の六文字、「おろくじ」に由来するのだそうだ(諸説あり)。余談ながら、溺死の場合は「土左衛門」と言う。
この場面の遺体は山での遭難死体ではないが、原文の言葉遊びに合わせて翻訳されたのだろうと思われる。この手の言葉遊びは実に翻訳者泣かせだと思うが、うまくハマった時の高揚感は推して測るべしである。

ついでながら、これらのルビはどちらも「ひらがな」である。翻訳や出版の知識がないからこれは単なる私の推測にすぎないが、英語の発音をそのままルビにしたわけではないから「ひらがな」になっているのだろうと思う。


今度は、同じ言葉遊びでも「ルビ」を効果的に使うことで原文がより楽しめる使い方である。

「英語で話してくれないか」
ブッシュが愛想よくいった。(中略)髪はもじゃもじゃで乱れている。まるで賢明な創造主が、その名のブッシュにふさわしく、彼の頭をくしゃくしゃの藪にしたもうたみたいである。しかもその髪が赤。いま着ているオレンジ色のシャツと恐ろしくチグハグな色だった。


ブッシュという人物と藪の言葉遊びである。ここではbush 薮という単語をそのまま「読み仮名」にしているので、ルビはカタカナ表記である。


この作品にはほかにもいろいろと面白い「ルビ」の使い方があって、「記者ぶんや」や「ばらす」、「麻薬ヤク」という日本の警察小説やドラマで使われるスラング的な言い方(この場合のルビはカタカナもあるらしい)や、「淫売通りラ・ヴィア・デ・プータス」、「銃器不法所持取締サリヴァン法」のように英語の単語がわかるように原文ままの読みで「ルビ」が振られているものもある。


こんな具合に、本作は原作者と共に翻訳者の遊び心が詰まった作品になっている。

そして私は、本筋よりもこの「ルビ」のにハマってしまった。


というわけで、エンディングは、もちろんこの曲



♪ noteを始めて、二年の月日が流れ去り…

こうして書き続けてこられたのも、あっちこっちニッチな記事を読んでいただいた皆さまのおかげです

トゥルル、トゥ〜ルトゥル、トゥ〜ルトゥル、トゥ〜ルトゥルトゥ… ♪


※トップ画像は日本気象協会HPよりお借りしました。
https://tenki.jp/suppl/okuyuki/2016/07/01/13501.html

<追記>
記事執筆後のベストタイミングで早川書房さんから秋のKindleセールのお知らせが!
(もちろんミステリ以外も開催中。個人的に好きなジャンルを選んでしまいました…)


<語学の散歩道>シリーズ(15)

※このシリーズの過去記事はこちら↓


この記事が参加している募集

英語がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?