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IPO準備/上場会社でひと工夫 Part.07 - 取締役会の "変容" にひと工夫 -

 IPO準備会社と上場会社。それぞれ立場は違いますが、意外にもその悩みどころや解決策に共通点があります。ここではその " ひと工夫 " をご紹介します。
 今回は、「取締役会の変容」についてのひと工夫です。



取締役会に「変容」が求められるとは?

 以前の記事「IPO準備/上場会社でひと工夫 Part.06 - 「取締役会の実効性」のひと工夫 -」では、「コーポレート・ガバナンス・コード(以下「CGコード」と言います)」(株式会社東京証券取引所、以下「東証」といいます)の「第4章 取締役会等の責務」を引用して取締役会の実効性をどう評価していくかをご紹介しました。

 取締役会は会社の経営判断を行う重要な機関ですので、CGコードには「上場会社による透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を促すことにある」とあり、上場会社には単に法令遵守等のルールに縛られたうえでの経営を求めておらず、むしろ迅速・果断な意思決定を促すための体制(機関設計、組織、ルール等)作りとその自主性が求められています。これに加えて、皆さんは「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」(経済産業省、以下「経産省」といいます)の改訂が2022年07月19日にあったことをご存知でしょうか。CGSガイドラインの改訂は、特に監査等委員会設置会社または今後監査等委員会設置会社に移行をお考えの会社、またはIPO準備中の会社の皆さんにとって必見です。


 CGSガイドラインのエグゼクティブ・サマリーの「2.ガイドライン改訂の方向性」(2-3ページ)を引用します。

2 ガイドライン改訂の方向性
◼︎ ガバナンスの改革を通じた中長期的な企業価値の向上と執行側の機能の強化

‒ 「攻めのガバナンス」の実現が掲げられてきたが、コーポレートガバナンスの改革が会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与する経路には、例えば以下のようなものがある 。
①優れた社長・CEOを選ぶことなどにより、経営陣自体の強化を図ることで、中長期的な企業価値の向上を図る
②経営の意思決定過程の合理性を確保し、経営陣による大胆な経営判断を後押しすることで、中長期的な企業価値の向上を図る
③取締役会が経営陣の作成した経営判断の軸となる戦略を検討し、適切な資源配分を実現することで、中長期的な企業価値の向上を図る
④市場からの評価や投資家との対話を通じて経営を改善することで、中長期的な企業価値の向上を図る

‒ 中長期的な企業価値向上に向け中心的役割を果たし、経営の一元的な責任を負うのは、社長・CEOら経営陣であり、そのためにどのようなガバナンスの仕組みを作るのかが、問われることとなる。

特に、ガバナンスの要である取締役会を機能させることを通じ、優れた経営者を選び出すとともに、そうした経営者が、企業文化の変革、リスクを取った長期投資の実施、事業ポートフォリオの見直し等を通じて企業価値の向上を強く意識した経営を行うことをエンカレッジすることが重要である。

(出典:CGSガイドライン・サマリー2-3ページ)

 このCGSガイドラインの「1.検討の背景」に「本ガイドラインは、 このような指摘や評価も踏まえて 、コーポレートガバナンス改革が各企業の覚悟と取組を支援するものであると考え、提言を行う」とありますので、今後、特に上場会社の経営方針や取締役会の運営等に大きな影響を及ぼす内容かと思います。特に経産省が提言する各ガイドラインは、各業界等に大きな影響力を持っており、ときにはスタンダードルールとして用いられることがあります。有名なものは「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」(2004年10月制定/2017年05月30日廃止)で、この個人情報の保護に関するガイドラインはその後発足した個人情報保護委員会が定めているガイドラインに引き継がれているなど、その影響力の大きさをご理解いただけるかと思います。


 お話しはCGSガイドラインに戻ります。

 CGSガイドラインで、取締役会に変容が求められることを提言しています。その部分を引用します。

3 取締役会の役割・機能の向上
◼︎「 監督」の意義

コーポレートガバナンス改革では取締役会を核とする監督機能の強化が重視されてきたが、その「監督」の意味が誤解されているおそれもあることや、社外取締役が相当程度増えたことを踏まえ、改めて「監督」の意義について整理を行った 。

‒ 社外取締役が一定程度増え、取締役会による個々の具体的な業務執行決定の範囲が限定的となる場合において、取締役会に期待される「監督」とは、経営陣が策定し、取締役会が決定した経営の基本方針や戦略に照らして、指名・報酬の決定を通じた経営の是非の判断やパフォーマンスの評価を行うことが中核となる。

‒ 取締役会による「監督」とは、単に執行にブレーキをかけたり、不祥事を自ら発見することではない 。適切なリスクテイクや社内の経営改革の後押し、リスクテイクをしないことのリスク(不作為のリスク)を提起することも含まれる。

‒ また、取締役会は資本市場からどう見られているかを意識し、自社の企業価値への評価を理解しなければならない。社外取締役が監督を行うに当たっては、株主等のステークホルダーの利益に資するかどうかの視点も持つことが重要である。

‒ 相当数の社外取締役が含まれることとなると、必然的に、伝統的な取締役会からは変容を求められる。 このような取締役会で議論する際には、株主等のステークホルダーに説明できるものであるかの確認、専門性・経験に根ざした助言を行うことや、株主から経営に関する提案があった際に 、経営陣に対して真剣に検討するよう説得力をもって主張する、そうでない場合は株主に対して説得力を持って経営陣が対応することを支持するなどの目的意識を持つことが有益である 。

(出典:CGSガイドライン・サマリー4ページ)


 CGSガイドラインは、昨今の監査等委員会設置会社への移行等により社外取締役が増えていくことを踏まえての提言となります。皆さんご存知のとおり、社外取締役は就任前の10年以内に、その会社や子会社の業務執行取締役ではなかったことが就任の要件ですので、もちろんその会社のこれまでの状況、社風等を詳細にはご存じない方です。そのような社外取締役が就任すれば、それぞれ専門性・経験を踏まえた監督と助言を行いますから、取締役会の運営ルールや雰囲気、会社運営等が変わるものです。変わり方自体はその会社次第ですが、そもそも「変容する必要がある」と求められています。

 それでは、どのような変容を取締役会に求められているのかを確認しましょう。



【変容1・モニタリング機能を重視したガバナンス体制】

 CGSガイドラインの中で、取締役会には典型的な姿を2つ挙げています。

  • ( A )取締役会を監督に特化させることを志向するモデル

  • ( B )取締役会の意思決定機能を重視しつつ取締役会内外の監督機能の強化を志向するモデル

 上の2つのうち、CGSガイドラインでは(A)を有益としています。この背景には、監査等委員会設置会社への移行と経営と業務執行の分離を勧めたい意図があると推察しますが、この(A)を有益としている理由はCGSガイドラインに記述されていますので、ぜひご参考にしてください。ただし、必ずしも(A)がBest Choiceだとは限りません。そこはCGSガイドラインでも「自社のガバナンス体制は、企業により選択されるべきものであるが、上記の点にも留意しつつ、いずれのガバナンス体制をとるのか、それに適した機関設計はどれかについて、会社が自覚的に選択し、その理由について株主等のステークホルダーに説明できるようにすることが望ましい。」(出典:CGSガイドライン18ページ)とありますので、皆さんの会社で十分に検討して体制構築していくことが重要だと考えます。


 さて上の取締役会の典型的な姿にある「監督」の言葉の定義は、CGSガイドラインでは次のように説明しています。

従来、日本の取締役会における「監督」とは、経営陣の個々の業務執行の状況について、報告・資料の提供等を求め、その適否を審議し、不適切を認めたときは是正を命じることが含まれると考えられてきたが、そこでは個々の具体的な業務執行の内容まで取締役会で決定することを通じて監視を行うことが基本的には想定されている。

(出典:CGSガイドライン9ページ)

 これまで取締役会のメンバーは、社内で事業・業務を遂行する、または業務等を担当する取締役でしたので、個々の具体的な業務執行の内容まで取締役会で決定するなど細かい点まで決定することができました。しかし社外取締役の就任が増えていく中で、社外取締役はそれぞれの専門・経験等を踏まえた確認や指摘等をしますが、個々の具体的な業務執行の内容まではわからないことが多く、そのため従来の取締役会のかたちを維持して取締役会の運営を行うことが困難となりました。そこで今後取締役会に求められる姿として、

取締役会による「監督」とは、単に執行にブレーキをかけたり、不祥事を自ら発見することではない。適切なリスクテイクに対する後押し、社内の経営改革の後押しや、リスクテイクをしないことのリスク(不作為のリスク)を提起することも含まれる。
また、取締役会は資本市場からどう見られているかを意識し、自社の企業価値への評価を理解しなければならない。社外取締役が監督を行うに当たっては、株主等のステークホルダーの利益に資するかどうかの視点も持つことが重要である。
関係者はこれらの点を広く認識する必要がある。

(出典:CGSガイドライン10ページ)

 取締役会が今後求められる監督機能に「適切なリスクテイクに対する後押し」等が含まれることから、社外取締役が担うモニタリング機能は非常に重要です。そのためには、皆さんの会社が今後向かっていきたい会社の方向性(経営方針)を明確にし、会社の弱み(Weakness)を洗い出したうえで、これらに合った社外取締役に就任していただくこと。また社外取締役の皆さんは、会社の方向性と会社の弱みに対してご自身の専門と経験等を大いに活かし、にも他リング機能として働いていただくことが必要となると考えられます。そういう意味で、取締役会による監督機能は、業務執行を担当する取締役が行う監督と社外取締役の監督の役割が大きく異なることにご注意ください。



【変容2・監査等委員会設置会社に移行する意義】

 CGSガイドラインに「監査等委員会設置会社へ移行する際の検討事項」として次のように提言しています。

◼︎監査等委員会設置会社へ移行する際の検討事項

社外取締役を増やそうとする企業などが監査等委員会設置会社に移行する流れが強まっていることを踏まえ、監査等委員会設置会社への移行を実効的なものとする上で重要な検討事項を整理した。

‒ 執行のスピードとリスクテイクの必要性や、社外取締役の増加により取締役会に求められるものが変容することも踏まえ、自社の取締役会の役割・機能の見直しがなされることが重要 。 個別具体的な業務執行事項の決定を執行側に大幅に委任し、取締役会を監督に特化させることが十分に検討されるべき。

‒ 監査等委員会の意見陳述権と任意の指名委員会・報酬委員会の関係については、不必要な競合が生じないよう、監査等委員会が任意の指名委員会・報酬委員会の決定手続の適切性を中心に確認したうえで、各委員会の判断を踏まえて監査等委員会としての意見を形成することが考えられる。

監査の実効性を高めるべく、内部統制システムを利用した監査を主体とし監査の実効性を高めるべく、内部統制システムを利用した監査を主体としたうえで、監査等委員会と内部監査部門の連携強化や、内部監査部門の強化を図ることが重要(監査役設置会社、指名委員会等設置会社においても有効な取組)。

(出典:CGSガイドライン・サマリー5-6ページ)

 このように提言されると、なんだか「監査等委員会設置会社への移行」を勧めているような感じになりますが、取締役会の機能や姿勢またはステークホルダーがその会社に求めている取締役会の機能や姿勢はそれぞれの会社で異なりますので、一辺倒に監査等委員会設置会社に移行することが良いとは限りません。逆に、監査等委員会設置会社に移行するにしても、または移行せずそのままでいるにしても、上の引用で挙げている検討事項3点について今後の会社の方向性を踏まえて社内で十分に検討する必要があると思います。特に、ステークホルダーからみれば、取締役会の機能の強化・拡充はもちろん重要視しますし、必要であればこれを会社に求めてくるでしょう。また、取締役会の機能や姿勢はいったん決めたからといって、未来永劫そのままで良いわけではありません。社会の状況、ステークホルダーが会社に求めるものが変化すればそれに応じて見直しが必要でしょう。また皆さんの会社自体も経営方針が変化することがありますので、これに応じて見直す必要もあります。

 このように、いつ取締役会の機能や姿勢を見直すことが求められるかわからない状況ですので、監査等委員会なのか?監査役会なのか?という機関設計が重要なのではなく、いつでも見直しができる体制づくりと、監査の実効性を高めるための監査・監督機能を充実させていつでもリスクの未然防止・回避やリスク発生時の迅速対応と再発防止に対応できるような体制づくりが求められていると考えます。


 今回は、取締役会に変容を求められるときのひと工夫をご紹介しました。
 取締役会にいつ・どの程度の変容が必要なのかはわかりません。それが社外から求められるのか、または会社として今後の方向性を踏まえて変容が必要なのか。社外から求められることは事前に想定することが難しいですが、会社の今後の方向性を考えて中長期計画を策定する際には、取締役会の変容の必要性が見えるかもしれません。その際は、ぜひ今回ご紹介しました経産省のCGSガイドラインを参考にして検討することをお勧めします。



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