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流れる音

私の住んでいる場所には、大きな川がない。

20年ほど前、妻籠の宿に泊まった時、近くに川があったのだろう。川の流れる音が思いの外よく聞こえた。途切れることのない音。一緒にいた母は、朝「だんだん怖くなってきて、あまり眠れなかった」と言っていた。私も、あの川の音が印象に残っている。

先日、朝、洗濯物を干しにベランダに出ると、あの川の音が聞こえた気がした。「え?」と思って意識をそちらに向けると、通勤する車のタイヤ音が途切れることなく聞こえていた。「あぁ、人の流れていく音か」と、思った。ずっと聞こえていたはずなのに、なぜ気になったのかは分からない。

次の日の朝は、雨がザーザー降っていた。それはそれで途切れることなく流れる音だった。自分が安全で快適な場所にいて、雨を眺めたり、音を聞くのはいいものだ。台風が来たりして、普段おとなしい小さな川の水量が突然増えて、ゴウゴウと音を立てて流れるのは怖い。

今日は、小雨が降っている。
私は部屋に留まる。
時々ベランダに出て、外の流れる音を聞いている。