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【ボイスドラマ】貴女の写真(自作小説スピンオフ)

短編連作「連理の契りを君と知るシリーズの、本編には関係のないライトなお話です。

声優さんにお願いして声を入れていただきました^^
もともとボイスドラマ用の脚本ではなく、こちらのイラストに合わせて書いたものなので、ちょっと頭に浮かびづらい部分もあるかも…?

2019年3月制作


サムネイルイラストと内容は関係ありません。音声をお楽しみください。

※BGMと音声が出ます。

-cast & staff-
椿月の声:ししゃも
誠一郎の声 :醒哉昂
神矢の声:ロティア
音声編集:tatupiyo
企画・原作・シナリオ・イラスト:瑠璃森しき花



▼テキストだとこんな感じです。

「これは……どうされたんですか?」

 館長室の机にひっそりと飾られた一枚の写真が、誠一郎の足を止めさせる。

 椿月に尋ねる彼の視線は、目の前のそれに釘付けにされたままだ。

「ああ、これね」

 彼の言葉に、椿月はほのかに頬を赤くする。

「前に、辰巳が館長の知り合いの写真家さんのモデルになるって話をしたじゃない? 良かったら私もって館長が言ってくれて。素の姿のままで、撮ってもらったの」

 隠し切れない気恥ずかしさが、彼女を饒舌にさせる。

「辰巳の写真は大きく伸ばしてポスターにするから何枚も印刷したんだけど、私のは館長の持ってるこの一枚だけね」

「そうなんですか……」

 説明を聞いている間も、誠一郎は写真から目を離せずにいた。

 じっと見つめられていることに耐えられなくなり、椿月は写真立てをパタリと伏せる。

「あんまりじぃっと見られると、恥ずかしいわ」

 誠一郎はそう言われてはじめて、自分が穴があくほど夢中で見ていたことに気づく。可愛らしく唇をとがらせる彼女に、「すみません」と詫びた。

 でも、本当に目を奪うほど美しく、可憐な横顔だった。誠一郎でない他の人でもきっと、見入ってしまったことだろう。

 伏せられた写真立てに後ろ髪を引かれながら、誠一郎はその場を立ち去った。



 後日。

 劇場を訪れた誠一郎は、自分がでかでかと写されたポスターを満足げに眺めている神矢に出会った。

 ひとしきりその撮影のエピソードを聞かされた後に、「そういえば」と神矢が口にする。

「俺が撮り終わったあと、館長が呼んだのか椿月も来てさ。一枚撮影していったんだよな」

「見ました。その写真」

 もうぼんやりとしか思い出せないけれど、称える言葉をも失わせる力を持っていたことはよく覚えている。

「お、センセーも見てたのか。綺麗だよなー、あの写真。館長が自分用に一枚貰っただけで、椿月は恥ずかしいからって貰わなかったんだよな」

 と、そこまで話してから、一言付け加える。

「まぁ、実は俺、一枚持ってるんだけど」

 えっ、と振り返った誠一郎の視線と、ニヤリとしながら待ち構えていた神矢の視線がぶつかる。

「椿月に渡す分として用意してあった物を、行き先が無くなったから俺が勝手に引き取っただけだけど」

 口許に試すような笑みが浮かんでいる。

「センセー、欲しい?」

 案の定もたらされた問いに、誠一郎は反射的にがっつきそうになる衝動を抑えて、努めて冷静に答えた。

「……頂けるなら」

 神矢としては誠一郎が動揺するところが見たかったのに。その不満は彼を少し意地悪にさせる。

「んー、どうしよっかなー。センセーが大してそんなめちゃくちゃ欲しいってんじゃなかったら、別に他の奴に譲ってもいいんだけど……」

 神矢の意地の悪いセリフに、もっと強く態度に示すべきだったのかと誠一郎は後悔を覚える。だが、そういうことを表出させるのはあまり得意でないし、今更どうにもできない。

 悪戯な笑みを湛えながら、神矢は言葉を続ける。

「そうだなぁ。まぁもしセンセーが、センセーんちの書庫にある『独逸文学大全集全巻』とかくれるなら――」

「差し上げます」

「早っ!」

 神矢が最後まで言い終えないうちに、被さる早さで承諾した誠一郎。

 あまりの即断ぶりに、神矢は驚き、腹を抱えて笑う。

「あれ、一応は以前の師匠から譲り受けた物とか、貰い物だろう? それを即決するなよ。ちょっとは悩めって」

 舞台の上での気取った表情とは打って変わって大笑いしている神矢。

 誠一郎としては、笑われる筋合いなど無く、それを即答できるくらい欲しいと思っているというのに。

「はぁ、笑った笑った。冗談だよ。俺、独逸語なんて読めないし。アレはセンセーにやるよ」

「アレってなぁに?」

 突然、誠一郎の背後からひょこっと顔を覗かせたのは、椿月だった。

 話し込んでいる二人があまりに楽しそうに見えたので、気になってこっそり近付いて声をかけたのだが。

「わっ! 驚かすなよ、椿月」

 実は話題の中心だった彼女が突然現れたことにビックリした神矢が、胸を押さえて呼吸を落ち着けようとする。誠一郎も同じくらい驚いたが、すぐに会釈をした。

 驚かれたことに驚いた椿月が目をしばたたかせ、小首をかしげている。

 とまどっている様子の彼女に、神矢はこう説明する。

「アレってのはー……、センセーが師匠から譲り受けた本を全部手放しても手に入れたいもの、らしいよ」

 それを聞いて、「まぁ」と驚いた椿月。

「そんなに欲しいものがあるの?」

 と、誠一郎を見上げて尋ねる。

「それじゃ、俺は稽古があるから。あとは二人でごゆっくり」

 端整な顔に作られる完ぺきなほほ笑みを残して、神矢はその場から去っていった。

 誠一郎には到底処理しきれない爆弾を置いていったまま。

 去っていく神矢の背中。顔は見えないけれど、誠一郎には、彼が意地悪な笑顔を浮かべているようにしか思えなかった。

 椿月が誠一郎の着物の袖をくいくいと引っ張る。

「ねぇ、誠一郎さん。何が欲しいの?」

 見つめあった彼女の円らな瞳が、誠実な答えをねだる。

「え、ええとですね……」

 なんと答えたらいいのか。こういう、口先でどうこうというようなことは本当に苦手だというのに。

 本当のことを言うのは恥ずかしすぎる。かといって、すべての大事な本を差し出しても手に入れたいものの代替物など、そう簡単には思い浮かばない。仮にも小説家の端くれだというのに、自分の発想力の貧困さに呆れてしまう。

 それでも、こうして彼女に何かをねだられるのも悪い気がしないと思ってしまうのは、自分がおかしくなってしまったからなのだろうか。

 誠一郎は頭を全力で回転させながらも、思考の片隅でぼんやりとそんなことを考えていた。


(終わり)



短編連作「連理の契りを君と知る」
掲載ページのご紹介

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