足の裏を地面から離したい。
小さい頃はなんでだか、高いところが好きだった。
公園の木を登って降りて。
家の門から飛び降りて。
ブランコがぐるりと回転する手前まで目一杯に漕いで。
「どんな子ども時代でしたか?」
と聞かれれば、
「足の裏が地面から離れている時間が長い子どもでした」
と答えるなあ。
ただいつからか僕は高いところに登らなくなった。
いつからだろうかと思い返してみると。
そうだ、家族で東京タワーに登った時のことだ。
東京タワーの展望台は床がガラス張りになっているところがある。
そこから下界の景色を眺めることができる。
のんびり眺めていればいいものなのだが、
あろうことか、僕の姉はそのガラス張りの床の上を飛び跳ね出した。
しかも跳ねながらケタケタと笑っている。
小学校に入る前の幼い僕は猛烈に怖かった。
「姉ちゃんが落っこちて死んじゃう」
本気でそう思った。
今でも覚えている。
無論、床の強化ガラスが小学生が跳ねたくらいで割れることはないのだが。
小さな僕にはそんな理屈はわからなかった。
終いに僕は泣き出した。
てんやわんやの大泣きだ。
それでも跳ねるのをやめない姉。
むしろ僕が泣くのを見て、どんどんエスカレートする。
ケタケタとガラスの上を飛び跳ねて笑う姉とワンワンと泣き喚く僕。
側から見れば異様な光景だったろう。
そこで僕の記憶は終わっている。
だけども、これは僕自身がガラスの上を跳ねて怖くて泣いたわけではない。
姉が跳ねて「落っこちるかも知れない」と思って泣いてしまったんだ。
つまり、自分のことじゃなく他人のことを思って泣いてしまった。
都合のいい解釈かも知れないが、このときに僕は人のことを思って泣くことができるようになったんだ。
これが僕が辿れる中で「他人のために泣いた」一番古い記憶だ。
まあなんだ、このときに少し「大人」になったんだろうな。
そして同時にこの時、「高いところ=誰かが危ない目に遭う場所」という刷り込みが頭の中にできた。
高いところに登れば誰かが危ない目にあう。
僕はそれが怖くなった。
少し大人になった僕。
他人の心配をできるようになった僕。
僕は誰かが怖い思いをする高い場所を、その時から怖がるようになったのだと思う。
少し大人になるのと引き換えに、高いところを怖がるようになった。
その後からだろう。
僕が高いところに登らなくなったのは。
というか高いところをことさらに怖がるようになったのは。
僕は今は高いところが苦手だ。
ジェットコースターもディズニーランドの易しいやつでもダメだ。
落ちる瞬間に写真を撮られるタイプのジェットコースターがあるでしょ。
あれに乗るとみんなが手をあげて笑顔で写っている中で、僕だけが壮絶な顔をしてレバーにしがみつき受け身をとっている。
あれは笑えない。
まあそんなこんなで高いところが苦手になっていた僕だけれども。
さっき言ったみたいに少し大人になることと、高いところが怖くなるということがセットだったんだけども。
ってことは僕の中では。
「大人になること」が「高いところに登らなくなるということ」というひとつの刷り込みが自分の中にあるんだと気がついた。
高いところに登らない人、足の裏を地面につけている人は「大人」。
つまり、足の裏を地面につけているうちには僕は「大人」なんだろうと思う。
まあそうだな。
かつて地面から足の裏が離れている時間が長い子どもだった頃が少し懐かしい。
普段の生活をしていて、嫌に「うわあ、自分は大人ぶってるなあ」と感じることは多い。
大人数で食事をするときに"空気を読んで"食べたいものを我慢したり。
年上の人の"顔色を伺って"発言したり。
ほんとはやりたいことがあるけども"先のことを考えて"断念したり。
何かにつけて大人にならなければいけない時がある。
嫌な感じだ。
特に大学もこの学年になると"大人"と関わる機会が増えてそんな対応を迫られる時が多い。
大学の後輩と関わる機会も多く、大人であることを求められる。
「察して先に動け」みたいなね。
頭ではそれが「嫌だ」って言ってるのに、押し殺して大人になる。
自分の感情に嘘をつく。
そんなときに僕は猛烈な自己嫌悪に陥る。
「思ってることとやってることが違うじゃないか」
頭の中の僕が糾弾する。
はあ、疲れたよ。
まあなんだ。
そんな時に僕は足の裏を地面から離すようにしている。
嫌に大人になろうとしているなと感じるとき。
そんな自分に嘘をつく自分に嫌になった時。
足の裏を地面から離すようにしている。
足の裏が地面から離れると子どもの頃に戻れるみたいだ。
他の誰のことも考えずに、楽しさだけに浸れていたあの頃に。
「子ども」だったあの頃に。
「大人」じゃなかったあの頃に。
高いところはまだ苦手だけれども。
足の裏を地面から離すことは好きだ。
木を登ったり降りたり。
少し高いところから飛び降りたり。
ブランコを思いっきり漕いでみたり。
足の裏を地面から離すことが好きだ。
大人を忘れて、子どもの頃に戻ることができるあの時間が。
ryota
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