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【推しの子】騒動に見るデマを訂正するために必要なコストの高さ及び効果的な批判のやり方

大人気アニメ・漫画の【推しの子】が唐突に騒動に巻き込まれました。現在は鎮火しかかっていますが、今回の件でも、デマを否定するために時間的に、あるいは労力という点において多大なコストが必要とされることが浮き彫りになりました。

発端となった木村響子氏の一連のツイートには多数の間違い、そして批判をするならばやってはいけないことが含まれており、大変に問題の多い発言でした。

まずは、彼女の発言を引用した上で、何が間違っているのかを指摘していきます。

(この記事においては、女性プロレスラーという言葉は、『テラスハウス』に出演なさり、その後、自殺してしまわれた女性を指すこととします)

2023/6/1 記事を一部修正及び追加。
2023/6/1 一部修正。論旨はそのままです。

デマによる作品への攻撃

事実関係においては、何一つとして合っているところがありません。

1 実際の『テラスハウス』事件と【推しの子】恋愛リアリティー編とにはほとんど共通点がない


恋愛リアリティーショーに出演していた女性プロレスラーが自殺してしまった、所謂、『テラスハウス』事件の概要を書き出すと次のようになります

・複数の男女がシェアハウスしている
・出演者は社会人・大学生(20代・30代が主な年齢層)
・女性プロレスラーが炎上したきっかけは、プロレスラーとしてのコスチュームが男性の同居人の不注意により縮んでしまったことを発端とするトラブル
・女性プロレスラーは男性が着用していた帽子をはたいた
・女性プロレスラーはコスチュームを破損してしまった同居人との和解はしていない
・女性プロレスラーはSNS上で誹謗中傷を受けた
・炎上したきっかけ・帽子をはたいたことなどについては番組側の指示があったことを木村響子氏自身が証言している
・自殺方法は薬剤によって発生させた硫化水素ガス

では、【推しの子】の恋愛リアリティー編の概要を同様にまとめて見ましょう

・複数の男女が同居していない
・出演者はその大多数が高校生。(MEMちょのみ実年齢が25歳の自称高校生)
・作中で炎上したキャラクターである黒川あかねは舞台女優をしている高校一年生
・炎上したきっかけは男性キャラクターにくっつきすぎる女性の友人を振り払おうとした結果、その日に限って付けていたネイルが女性の友人の顔に引っかき傷をつけてしまったこと
・女性の友人とは即座に和解
・和解シーンが放送されずにSNS上で炎上。
・ただし、番組側の指示は無し
・飛び降り自殺をしようとしたが未遂。
・主人公の一人に救われて炎上も鎮まった

共通点を挙げるならば「恋愛リアリティーショーに出演した女性が自殺を試みた」という程度にしかなりません。

この程度の一致点では「実際にあった話をそのまま使う」「丸パクリ」とは言えません。

この程度の一致点を「丸パクリ」と言っていいならば、『銀河英雄伝説』は『三国志演義』あるいは『三国志』の丸パクリですし、『イーゴリ遠征物語』は『オデュッセイア』の丸パクリと言うことになってしまいます。(注1)

もちろん、そんなことを主張しても通るわけがありません。

また、【推しの子】の作中の恋愛リアリティーショーの番組名は『今からガチ恋始めます』というもの。

この番組名と出演者の年齢層が高校生であることを考えると、モデルになっている恋愛リアリティーショーは『テラスハウス』ではありません。

ただし、モデルになっていると思しき恋愛リアリティーショーでは大きな問題は起こっていなかったようですので、ここでは、番組名を具体的に明かすことは控えておきます。(検索すればわかりますよ)

「恋愛リアリティ番組の構造、問題、番組でおきたことなど」が「私たちが無事取材などで語った詳細がそのまま 使われている」というのも明らかに間違っています。

番組の構造、即ち、同居しているか否か、出演者の年齢層という点に一致しているポイントはありません。

番組でおきたこと、即ち、女性プロレスラーと【推しの子】のキャラクター黒川あかねとにそれぞれ起きたことも違います。

したがって、「取材などで語った詳細がそのまま使われている」というのは成立し得ません。

木村響子氏自身が発言している「フィクションでも問題提起できる」ということを、まさに【推しの子】がやっているのです。

命日云々に関しても、このケースでは配慮が必要であるとは到底考えられません。

もし、【推しの子】のキャラクター黒川あかねのモデルが自殺なさってしまわれた女性プロレスラーであるというならば、配慮も必要になるでしょう。

ですが、黒川あかねと女性プロレスラーとの間には共通する特徴がありません。身体的な特徴、経歴も異なっています。

つまり、黒川あかねのモデルは自殺なさってしまわれた女性プロレスラーではあり得ません。少なくとも「黒川あかねのモデルは女性プロレスラーである」と同定できる根拠はありません。

これらの事実から、【推しの子】は『テラスハウス』及び女性プロレスラーとは無関係です。


2 作品への事実無根の攻撃は誹謗中傷


上記で示したように木村響子氏の【推しの子】への攻撃は、事実に基づいていないものでした。

ところで、木村響子氏による【推しの子】への攻撃には「売るため 話題になるためなら 手段を選ばないやりくち」「心から 軽蔑します」「フィクションでリアリティを表現できないならば 制作側の腕の問題では?」というものも含まれています。

木村響子氏は自身のこういった表現を次のように考えているようです。

四枚目の画像にはこうあります。
「私の発言はやり方に対しての軽蔑なので誹謗中傷とは違います」

さて、それでは警察庁による「誹謗中傷」の定義をチェックしてみましょう。

このページには、はっきりと、こう書かれています。

※ 誹謗中傷とは、悪口や根拠のない嘘等を言って、他人を傷つけたりする行為です。インターネット上で誹謗中傷の書き込みをすれば、内容によって名誉毀損罪や侮辱罪等の刑事責任を問われる場合があります。

https://www.npa.go.jp/bureau/cyber/countermeasures/defamation.html

「悪口や根拠のない嘘等を言って、他人を傷つけたりする行為です。」

「手段を選ばないやりくち」「心から 軽蔑します」「制作側の腕の問題では?」などという表現は誹謗中傷に該当すると考えるのが自然ですね。

誹謗中傷ではなく批判あるいは感想だったという言い訳もこの際、通用しません。

木村響子氏自身が「見るなと止められています」「前後とかストーリーとかの 問題ではないです」と【推しの子】をちゃんと観ていないこと、物語の問題ではないことを表明してしまっています。

批判するならば、ちゃんと観てからにすべきなのは言うまでもありません。

また、観てもいない物語の感想を言うことも出来ないでしょう。(見る前の印象を語ることは出来ますが)

「誹謗中傷が原因で自殺してしまった方の遺族に、誹謗中傷が原因で自殺を試みてしまった女性が登場する物語をちゃんと観ろというのは酷過ぎる」という御意見もあると承知しておりますが、ちゃんと観ることができないならば、無視してしまえばいいのです。

観てもいない創作物を批判することが不当であることは、誰にとっても平等です。

私は、「木村響子氏は【推しの子】をちゃんと観るべきだった」と主張しているのではありません。

「批判するならばちゃんと観るべきであり、それができないならば無視すべきだった」と指摘しているのです。

さらには、「手段を選ばないやりくち」「心から 軽蔑します」「制作側の腕の問題では?」などと作者を誹謗中傷することは不必要だったはずです。


デマを批判するために必要なコスト


今回の記事において列挙した【推しの子】と『テラスハウス』事件の相違点の洗い出しは、私だけの調査によるものではありません。 

このように、【推しの子】と『テラスハウス』事件の相違点から【推しの子】劇中の黒川あかねへの誹謗中傷の文言に至るまで、複数の方が検証に当たっています。

※労力・時間的コストを惜しまず、検証にあたられた方々にこの場を借りて、敬意と謝意を表します。有難うございました。

デマを流布する側には、コストは必要とされません。思いついたこと、聞いてきたことを述べているだけです。

ですが、デマを検証し、否定するには多大なコストが要求されます。

今回のケースでは、『テラスハウス』事件と【推しの子】の双方をチェックし、その細部に至るまでを比較してはじめて「両者には似ているところがほとんどない」と言えるわけです。

こうした作業には、時間的なコスト・根気・労力が必要です。デマを発信し流布する行為とそのデマの具体的な誤りを検証し把握する行為とは非対称なものであって、どうしても後者は後手に回ってしまいます。

デマの発信・流布が先にあって、デマへの訂正作業は後になるという構造があるので、後手に回るのは当たり前なのですが、デマが流布するスピードに対しても訂正作業は後手に回りがちです。

デマを根絶するためには想像を絶する根気が必要になることもあります。

例えば、”クリストファー・コロンブスがその航海計画を批判されたのは、当時の知識人が地球は平面であると信じていたから”というデマは、少なくとも200年近い命脈を保ってしまっています。(注2)

一度定着してしまったデマを根絶するのは不可能に近いかもしれないと思えるほどです。

【推しの子】に関してのデマもそう簡単には消えてくれないかもしれません。

最も効果的な批判のやり方


5月31日現在でも木村響子氏は自説を撤回しようとしていません。

私自身の体験にもよるものですが、デマや陰謀論を発信・流布する人が自説を撤回する事例は極少数と言えると思います。

木村響子氏が自説を撤回する気になるかどうかはわかりませんが、少なくとも私は彼女が自説を撤回することに期待しておりません。

木村響子氏は現時点において、理のある異論・反論をブロックしています。

故に、この先も木村響子氏が自説を撤回することは無いものと仮定しても良いでしょう。

異論・反論に耳を貸さない、自説の根拠を挙げることもしない、そういった人達に対しての有効な反論方法について、私は、過去に記事にしております。

直接の議論はこれを避けてください。その間違いを、淡々と、かつ人身攻撃に堕することなく指摘し続けてください。

人身攻撃は詭弁の一種であり、詭弁が反論に含まれてしまったとき、その反論は説得的ではなくなります。

木村響子氏自身やその属性、身体的特徴を攻撃するのではなく、木村響子氏の主張を批判するのがベストです。

あくまでも主張への批判に留めてください。

人身攻撃は説得的な反論・デマ及び間違いへの指摘には不要というだけでなく有害なものです。

デマを訂正するためのコストはデマを発信・流布するためのそれよりも遥かに高くつきます。

有志が多大なコストを支払って手に入れた論拠とそれに基づく論理が本来の説得力を発揮するためにも人身攻撃などの詭弁は絶対に使わないでください。


この件については書いておきたいことが他にもありますが、今回はこの辺で終わりにしておきます。以下は注釈ですので、無視してくださってもOKです。



注1……『イーゴリ遠征物語』は12世紀末のキエフ大公国の文学作品。ノヴゴロド・セヴェルスキー公イーゴリ・スヴャトスラヴィチがポロヴェッツ(テュルク系遊牧民)に対して実行した遠征に基いている。
『オデュッセイア』は古代ギリシアの長編叙事詩。英雄オデュッセウスがトロイア戦争勝利後に海洋と地震の神ポセイドーンの怒りを買って故国イタケーに還れなくなり、彷徨い続ける羽目に陥ってしまった話とそれにまつわるオデュッセウスの息子テーレマコスの話、妃ペーネロペーの話、不在中にペーネロペーに求婚しようとした男達への報復などが語られる。
この二つは「主人公が苦労の末に妻のもとに帰還する」という点が一致している。

注2……コロンブスの航海計画が批判されたのは、無謀なものであったからで地球平面説に基くものではなかった。
当時の知識人にとって、地球球体説は常識の範疇にあるものであって、論点になることはあり得なかった。
当時の地理書では、距離をアラビアマイル(1マイルは2177m)で記述していたが、コロンブスはこれをイタリアマイル(1マイルが1480m)で解釈してしまった。
このために地球の周長を短く想定してしまい、西回りでのアジアまでの距離も著しく短く想定してしまっていた。
コロンブスの船団は、最大のサンタマリア号でも100トン程度の船であって、他の2隻は60~80トン程度と大きな船ではなかった。このため、水と食料を十分に積載することができず、アジアに辿り着く前に飢えと渇きで船員達は死んでしまうものと想定され、そのためにコロンブスの航海計画は当時の知識人たちに反対されたのである。
実際、コロンブスの船団は、その航海中、水と食料の不足に悩まされていた。
誤解されがちだが、コロンブスの目的は「西回りでアジアに到達すること」であって、「新しい大陸を発見すること」ではなかった。
コロンブスがカリブ諸島に到達し生還できたのは、新しい知見に基づいたためでもなければ入念な航海計画があったからでもない。
コロンブスにはそれらはハッキリと欠けていた。
彼が生還できたのは、アジアの遥か手前に南北アメリカ大陸が存在するという地理的な幸運に恵まれたからである。(南北アメリカ大陸の住人にとっては災いのはじまりであったことは言うまでも無い)

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