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410字ショート「工作員ヤンの日本潜入記」からの抜粋


「3話 ふりかえるとよみがえる、あの記憶」から


チシャは5才だった

広南チワン族自治区のニャ族の村でそれは起こった

自らの言語を捨て去ることを拒否した父親と兄は、強制収容所から帰らぬ人となった

母は心労で寝込んで2ヶ月で死去、中学生だった姉は自殺した

チシャは、政府系孤児院へと引き取られ、16の時に政府軍養成所にはいる

強い決意

復讐。そのために、自分は生きる

焦るな。感情を押し殺し、実行できる時まで生き延びる。周りを欺け、信用させろ

二十歳のとき工作員の訓練を受ける。語学教官には下手クソと怒鳴られたが、潜伏訓練の教官からはたどたどしいほうが本物っぽいと褒められ抜擢され、日本に潜入する

ヤン・ツゥハー(揚子河)という中国名をもらい、留学生として東京の語学学校に在籍、怪しまれぬようバイトをして、指令を待つ。潜伏は5年

「イラシャイマ~セ」、カウンターを布巾で拭きながら言う

「ヤンくん、挨拶いいね」牛丼屋チェーンの店長にはけっこう気に入られている

(408字)


「初めての鬼 【毎週ショートショートnote】工作員ヤンの潜伏記 7」から

工作員ヤンに初めての任務が発令される

清除員(スウィーパー)

バイト先の居酒屋で急用ができたとエリサに言って下宿を出る

埠頭の倉庫へ向かう



縛られて意識がない中年の男

訓練どおり、脊髄に鋭利なワイヤを差し込み、心肺停止にする

そしてポンプにつないだチューブを動脈に繋ぐ

血液を抜くと腐乱が遅れ、死体処理が容易になる

「活け締め」、教官はそう言っていた

日本人が考案した、効果的で残酷な死体処理だと


液体抽出を完了し、死体を冷蔵庫に移す


任務以外の余計なことは命取りだが、気になって男の上着のポケットを探る

身分証明があった

公安警察、山田六郎

「覆盖脱落」、身ばれの工作員がやむなく消したのか


任務執行では心を鬼にしろと、教官は言っていた


不思議なことに無感情だった
非現実的な夢のようだった

色即是空

眼の前の存在に実体はないと釈迦は説いた

留学生揚子河としての虚構
チワン地区ニャ族の孤児チシャとしての真の存在

初めての殺人
もう戻れない
鬼になってしまった

(408字)


「違法の健康【毎週ショートショートnote】工作員ヤンの潜伏記 11」から


同棲中の恋人、楽しいバイト、優しい人達、これまでにない健康

すべて完璧だった

それらが違法な潜入工作員としてのカバーであることを除いては


エリサが日本海を見たいと言う

ヤンは運転免許を持っていた

訓練で特殊車両まで操作できたが、日本の普通免許に書き換えた


9月のある日

牛丼屋の店長の軽自動車を借りる

早朝出て、高速代節約、下道を14時間かけ北陸に着く

途中、ヒマワリ畑で箱にお金をいれ花を買う


夕日を見るため、自殺の名所の先の崖をめざす

あたりは暗くなり始めていた


山道に、エリサがひとり歩く初老の女性をみかける

ヤンに車を止めてという



おばあさん、どちらまで?
乗っていきませんか

女性は驚くが、深く頭をさげて、軽自動車に乗る



私はボリビア、ヤンはお隣の国、留学生です

ハジメマシテと、ヤンは向日葵を一輪、女性にわたす


女性は、ぎごちなく微笑むと、それを受け取る


自殺名所で女性は降りる


ボリビアの祖母に似てた

寂シソウ、ダッタナ

日本海に沈み行く夕日をみながら、そう話した


藤田瞳美、68才

スリランカ人の夫を脳卒中で亡くし、店も人手に渡り、自分もがんにかかっていた

死のうと思った

でも、手にしたヒマワリを見ていたら、それは違法

もう少し、生きてみようと思った

(498字)



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