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『小説「めしやエスメラルダ」3 工作員ヤンへの鎮魂』より抜粋

年末企画、自薦、短編フィクションからの宣伝、最後になりました(もう他にないので)、ちょうど1年前に書き始めたものからの抜粋です。

「私の味(サボール・アミ)」、「スモール・アワーズ・オブ・モーニング」「工作員ヤンの日本潜入記」を読んでいただいた方へ。

それらの登場人物が、メシーヤ(救世主)ならぬ東京は下町のタコス屋「めしやエスメラルダ」に集結してがやがやする総集編?です。全5話で短いです。

ついにシンイチシリーズのサーガがここに完結する!(なにそれ?と誰も知らないと思いますが)、この連載の最後で彼も安らかな最期を迎えます。



第3話「工作員ヤンへの鎮魂」からの抜粋


「みなさん、今日はヤン君のために集まってくれてありがとうございます。さあ、まずは、タコスをたべてください。お店のおごりです」

長髪にあごヒゲで、白いシャツをきているのでますますイエス・キリストみたいなヘスースが、エスメラルダに集ったみなにそう促した。

(中略)

進行役がいるわけでもなく、誰ともなく、生前のヤンを回想する発言が始まった。

喪服のような黒のスーツに白のブラウスを着た、ヤンのバイト先の株式会社のおとでの上司のユキが言う。

「ヤン君は仕事の部下という関係というより、これまでの人生で私の唯一の弟子なんです。

私、趣味で三味線弾くんですけど、ヤン君と、何度もいっしょに、どどいつ演奏で老人ホームをまわったんです。

ヤン君、おじいちゃん、おばあちゃんに大人気でしたね。

ある時、ヤン君、満州生まれのおじいちゃんに、突然、両手をぐっと掴まれて、大声で『申し訳なかった』と絡まれたときはどうなるかと思ったら、ニコニコあの調子で、『どいたしまして』と返したので、大笑い。

あー、ヤン君、会いたいなあ」

ヤンと語学学校の同級生のチリ人のカルロスが言う。

「ヤン君、ぼくが不良にからまれたのを救ってくれました。カンフーみたいなすごい動きでした。3人をやっつけた。ぼくはかれをだいすきでした」

次々と思い出は尽きない。

話は続いた。

(中略)

宴たけなわの頃、オーナーシェフのヘスースが静かに言う。

「みなさん。ひとつおはなしさせてください。

ちょっとへんな話です。

実は、私、不思議な霊感がひとつだけあるんです。

でも、それは、あまり役に立たない霊感なんです。

死んだ人が、訪ねてきてくれているのを、感じることができるんです。

でも、話したり、見えたりはできなくて、その存在を、匂いのような、雰囲気のような気配を感じ取るだけなんです。

こんな、オカルトちっくな話がきらいなひとには、すみません。こわがらせるつもりはありません。

私が8才のときにメキシコで母を病気で亡くして、その1年後くらいに、母来てくれたのを感じたんです。それだけです。それ1度だけなんですが。

でもね、今、また、感じてます。鼻が感じてます。

ヤン君、来てくれているんです。

秋の干し草みたいな、稲刈りのあとの田んぼみたいな、香ばしい香り。

これ、生前のヤン君からも感じていた香り。今、嗅ぎ取れるんです。感じるんです。

でも話はできない。

それで、半分は真剣に、半分は信じなくてもおもしろいかなという興味なんですけど、これ、みてください、メキシコから持ってきた「タブラ・デ・グイジャ」なんですけど、日本でなんと言いましたか」

こっくりさん」亜紀代が大きな声で言う。難病の闘病中で体調に波がある常連の30代の女性だが、今日は元気いっぱいだった。

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