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ホーミー教室完結編

2回目のホーミーのレッスンを終えた。
仲間が増え、初回の時には無かったテキストを入手しただけで、これといった進展はなかった。
「うえぇ」という志村声をただひたすら、繰り返し、「うえぇ」という発生については、なにも考えずに繰り出せる。「うえぇ」に関しては上達している。ただ、「うえぇ」の上達が、ホーミーの上達なのかは定かでない。ホーミー先生は、僕の上達した
「うえぇ」を
「アザラシでもだせないんじゃない、
             そのうえぇ。」
と、誉めてくれてるので、まあ、よいのだろう。
はてさて、そんなこんなで、あっという間に一週間は過ぎ、また、ホーミー教室の日はやって来た。前回から増えた仲間たちも、一人も欠けることなく出席している。
この三回目のホーミー教室で、その内容は急展開することになった。
いつもは場末のスナックのママのような服装のホーミー先生はその日、モンゴルの衣装で登場した。
なんでも、ホーミー先生が若い頃、モンゴルの草原ステイをしたときに、現地の人にもらったという
デールだかビールだかちょっと記憶が定かではないが、そんな名前の、チャイナドレスをごっつくしたような衣装を身にまとい現れたのだ。
教室開講3回目にしてこの変身。残り5回で、どうなっていくのか、こうご期待、といった感じだ。
先生は、その衣装で教室に入ってきたものの、まだ一言もしゃべらない。
我々四人も、まだ打ち解けてもいないその状況も手伝い、黙ったままだ。
先生の強烈な先制攻撃に、みな、やられてしまっている。
すると、先生はなにも言わないまま、突然、
「ういぃぃー」
と、言い出した。
それは、かなりの低音だった。
我々が練習させられた
「うえぇ」
とは明らかに違うものだ。
突然、衣装で現れて先制のジャブを放っておきながら、強烈なストレートまでぶちこんできた。
1ラウンドKOを狙っているかのようだ。
すると、
先生の発する低音の「ういいぃぃー」の中に、
金属音のようなものが聞こえてくる。
「ひょろろろろー」
という感じだ。そして、そのひょろろろろは、
高くなったり引くくなったりする。
すなわち、先生は、ういいぃぃーという低音とひょろろろろーという高音を同時に出しているのである。
その発声というか歌唱というかというものは1分ほど続いた。 
発声を止めた先生は、我々を見渡し、
「これがホーミーよ!」
と、誇らしげに云い放った。
我々は、誰からというわけでもなく、
ただなんとなくパラパラと拍手していた。
「さあ、今日から、本格的にレッスンよ!」
と、これまでのレッスンは本格的ではなかったというような旨のことを云い、その日のレッスンが始まった。
先生曰く、
「ういいぃぃー、は、声。その声を出しながら、ベロで洞窟を作るとそこに音が跳ね返って・・・」
というような説明をしてくれたが、やはり、毎度のことだが、なかなか難解な解説だ。
生徒のおばさん二人も、30男も、首をかしげながら、ひたすら発声を繰り返していた。
皆が皆が、バラバラに練習する様は、
まるで教室とは呼べない状況だった。
ところがである。
「できたー!!!」 
と30男が叫んだ。
「皆さんお静かに!林さん、やってみて。」
と、先生が言った。
(この男、林というのか・・・)
と思ったのもつかの間、
林が、
「ういいぃぃー」
と始めた。なかなか、ドスの効いた「ういいぃぃー」である。
林は、時々、息継ぎしながら、
ういいぃぃーを結構な時間、出し続けた。
(全然、できないじゃん・・・林よ・・・)
等と考えていると、
林のういいぃぃーの中に、蚊の鳴くような音が混じり出した。
「そう!それよ!それ!」
先生がそういうと、
「ありがとうございます!!」
ぶっきらぼうな男に見えていた林だったが、先生に誉められて、とても無邪気に嬉しそうにしている。
先生のホーミーにくらべ、林のホーミーは、
僕にもできるのではと思わせるものだった。
それからまたしばらく、自主練習が各々続いたのち、二人組のおばさんの傍れが、
「先生、あたしもできたかも!!」
といったので、皆、練習の手を止めた。
「じゃあ、やってみて。女性の林さん!」
(え!?この人も林?!)
まさかのダブル林である。
女の林は、緊張するわとかなんとか云いながら、
「ういいぃぃー」と言い出した。
男の林よりも、当然のことながら、女性らしい「ういいぃぃー」だ。
すると、その発声からすぐに、べつの音が聞こえ出した。
男の林よりもはっきりと聞こえる。
「見事だわ」
先生がそういうと、
女の林はとても嬉しそうだった。
男の林は、明らかに自分よりもうまく発声できている女の林に対し、すこし、悔しそうな表情を見せていた。
「あたしも、あたしも!」
女の林の連れの女性が手を上げた。
「あら、なになに!?皆さん、すごいじゃない」
と先生は云いながら
「はい、じゃあ、小林さん、やってみて。」
(なに!こ、こばやし?!)
男の林と女の林と女の小林・・・。
もはや、林ではなくジャングルである。
僕以外のクラスメイトが全員、木にまつわる名前だとわかったところで、
小林もまた、上手にホーミーをやってみせた。
女の林と女の小林は、
やったね、と、云いながら、おばさん特有のハイタッチをしている。
「さあ、残りはあなたよ。」
と、先生が僕に促してきた。
みな、なかなか上手だなあと思いながら聞いていたが、じつは、僕もすでにできていた。
ただ、発表が遅れただけだ。
なんといってもまだ3回目のレッスンである。ここでやれてしまっては、残りの5回をどの面下げてやり過ごせばよいのか、そんなことを考えていた。
でも、僕以外の生徒がみんなできたとなった今、僕も、できないフリをしている理由は微塵もない。
「先生、僕もできたっすよ。音階も上げ下げできるっすよ」
というと、
「あらあなた、そんなにバーベル上げて大丈夫?」
と、バーベルとハードルを間違えたであろう先生の言葉も無視して、
僕はホーミーを奏でた。
そして宣言通り、音階を上げ下げしてみせた。
それを聞き終えた先生か
「みなさん、ホントに見事だわ。」
とみんなを誉めてくれたところで、3回目のレッスンは終わった。
その後のレッスンで、
みな、すぐに音階も上げ下げできるようになり、
とりあえずは「ホーミー教室」なので、
レッスン開始20分くらいは、みんなでホーミーをやって、残り時間は、先生のモンゴルでの体験や、モンゴルの絵本のようなものを読んでくれたり、
ときには、身の上話などでもりあがった。
男の林も女の林も女の小林も、僕よりも年齢が上のこともあり、なかなか、紆余曲折ありながら生きてきたようだ。ホーミー先生に関しては、若い頃はかなりのヤンチャで、付き合っていた男がヤクザになったので別れたらしい。いくらヤンチャでも、極道の女になるわけにはいかなかったようだ。
そんな先生は、20歳くらいまで、
「横浜のトラ」
と呼ばれていたそうだ。
レッスン、最終回には、元横浜のトラは、クッキーを焼いてきてくれた。
そのクッキーは、モンゴルとは関係なく、
その昔、男勝りにヤンチャだった先生が、唯一、女としての矜持を保つための最後の切り札として焼いていたお菓子、それが、そのクッキーなのだそうだ。
なんとも重たいクッキーだが、食べると意外にも優しい甘さでおいしかった。
そんなこんなで、ひょんなことから受講することになったホーミー教室だったが、終わってみれば、
クラスメイトとも仲良くなり、先生にもよくしてもらい、僕なりに、楽しめた、そんなクラスだった。
それとは別に、僕が当初、申し込んだはずの中国武術は、物品の販売をめぐり、なんだか、トラブルになっていた。
「ああ、ホーミー教室でよかったんだなあ・・・」
と、思った、20歳位の時のおもいでばなしでした。
またみんなで集まりましょうね!と別れて25年、あのメンバーとは一度も会っていない。みんなどこかで、ホーミーをやっているのであろうか。



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