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長寿研究の民主化を目指す「VitaDAO」 - 分散型科学の先端事例

基礎研究支援の新しい形

社会実装までに時間のかかる基礎研究にはこれまで、運営費交付金をはじめとした公的資金を中心に、企業との共同研究費や寄付金などが充てられてきました。近年では、クラウドファンディングのほか、現在進行中の「10兆円ファンド」のようにファンド運用益を充てる形など、財源の多様化が進んでいます。

なかでも最近、IP(Intellectual Property)を分散型組織で管理することを通じて研究費獲得を実現する組織「VitaDAO」が注目を集めています。VitaDAOの本質は、研究費獲得方法というよりは研究開発の新たなエコシステムを提案する点にありますが、ここでは研究費獲得の観点から彼らの取り組み[1]について整理していきます。

VitaDAOが解決する課題

VitaDAOは2021年4月、Tyler Golato氏とPaul Kohlhaas氏を中心に、下記課題の解決を目指し立ち上げられました[2]。

  1. 長寿研究(Longevity research)領域の研究資金不足問題
    長寿研究領域では、レイターステージの研究への投資は比較的進んでいるものの、研究初期の資金は著しく不足しています。また、当該領域のリーダー的な研究室が研究費を獲得しやすい状況にあり、研究領域内における研究費の「選択と集中」も進んでいるようです。

  2. 既存の研究開発システムの弱点克服
    既存の研究開発システムでは、少数の人たちが研究データを独占して保有しています。実際に、企業とアカデミアの共同研究では、企業が研究成果の利用用途を規定するため、論文や特許が公開されず特定企業に知見が貯まっています。初期段階の長寿研究は税金で行われているにも関わらず、企業が本格的に共同研究を開始すると、ステークホルダーに研究開発データの共有をさまたげるインセンティブが働き、領域内のコラボレーションと透明性が失われます。その結果、情報を持たない研究者や開発者は公開情報を断片的につなぎあわせて開発研究を進めざるを得ない状況になります。

上記を引き起こす要因のひとつが、IPのビジネスモデル構造です。VitaDAOでは長寿研究における新しいビジネスモデルを構築、つまりステークホルダーのインセンティブ設計を再構築することで、研究開発の加速(=研究資金の拡充、コラボレーションの促進)を目指します。

VitaDAOの仕組み

それでは、VitaDAOはどのような仕組みなのでしょうか。VitaDAOが公開している図をもとに整理していきます。

How VitaDAO Worksより引用

1. DAOメンバー

VitaDAOエコシステムの生命線になるのが「VITAトークン(VITA)」です。VITAの保有者(DAOメンバー)はその保有数に応じて下記の権利を得ることができます[3]。

  1. VitaDAOのリソース展開に関する決定権

  2. VitaDAOが生成または所有する研究開発データおよびIPをだれにどのように商業化するか決める権利

  3. VitaDAOの特定の研究開発データやIPにアクセスする権利

VITAを保有するには、VitaDAOの発展に貢献し得る仕事をする、研究開発データまたはIPを提供する、資金を提供するといった方法があります。現在は合計64,298,880VITAが発行されており、この値は歴史上最も長生きした人物であるJeanne Louise Calmentさんが生きた時間(122年と164日:約64,359,360分)に基づいているようです。なおVITA価格は$1.80/VITA(2022年5月7日現在)となっています。

2. IP

VitaDAOは個々の研究開発プロジェクトに関連するIP権を直接保有します。IPは「Molecule[4]」の開発するIP-NFTフレームワークを用いて、NFT(Non-fungible token)として保有されます。これによりライセンスや特許といったIPの所有者は、IPをNFTに添付して、新しい所有者に数秒以内に譲渡できるようになります。また機密性の高いデータは、NFT保有者のみがアクセスできるように保護・難読化することができるようです。

3. 研究室

研究室は、研究開発プロジェクトのデータ資産(進捗報告書、生データ、所見等)をVitaDAOに提供することで、VitaDAOから研究資金を得ることができます。

4. 製薬企業および第三者

製薬企業および第三者は、VitaDAOに研究資金を提供することで、IP(ライセンス)を保有することができます。

5. Ocean Marketplace

VitaDAOは、個々の研究開発プロジェクトに関連するIP権に加えて、資金提供した研究開発プロジェクトから得られたデータ資産や研究成果も所有することになります。VitaDAOはこれらの資産を管理しながら、DAOメンバーやその他の人々が利用できるようにし、Ocean Marketplaceのようなデータマーケットプレイスで収益化します。

なおVitaDAOでは、データ資産を下記のように分類しています。

  1. 公開データ資産:全てのDAOメンバーが閲覧可能なデータ。メンバーはこれらのデータパッケージをデータマーケットプレイスに掲載することに対して投票できる。

  2. 知財データ資産:IP権の出願を損なう可能性があるため難読化されるでデータ。出願後、データマーケットプレイスに掲載される可能性がある。

  3. プログレスデータ資産:DAOメンバーに進行中の最新研究情報を提供することを目的としたデータ。一定レベルの難読化が施されており、IPそのものを損なう可能性のある情報は隠蔽される。データマーケットプレイスには掲載されない。

DAOメンバーの重要なミッションは、研究開発データを収益化できる形に整理してステークホルダーにつなぐことであり、それを非中央集権的な組織で実行しているところがユニークな点です。

世界初のIP-NFTを用いた研究資金調達

2021年8月19日にコペンハーゲン大学のScheibye-Knudsen Groupが世界初のIP-NFTを用いた研究資金調達に成功しました[5]。調達の大まかなフローは下記です。

  1. VitaDAOがScheibye-Knudsen研究室のIP-NFTの購入を提案する。

  2. DAOメンバーはプロポーザルに投票し、Scheibye-Knudsen研究室と共にプロジェクトの詳細や支払いスケジュールを決定する。

  3. VitaDAOからScheibye-Knudsen研究室への支払いが完了した段階でプロジェクトを開始する。

  4. Scheibye-Knudsen研究室は、データ資産の提供を開始する。

  5. DAOメンバーはVitaDAOのワーキンググループの支援を受けながら、データの利用方法を決定し、データ資産の商品化を進める。

Moleculeのプロジェクトページには、下記のように研究背景や内容、プロジェクトのタイムラインについて記載されています。

Scheibye-Knudsen Group ではこれまで 、機械学習によりデンマーク国民保健サービス処方データベースに登録されている50年以上にわたる480万人の処方箋10億4000万件を分析し、特製の薬を処方された人と彼らの生存率との関連性を見出すことに成功しました。その結果、寿命に強い影響を与えると思われる10種類以上のFDA認可薬を特定しました。

健康寿命を延ばす化合物を発見することは、病気の進行だけでなく社会的にも大きな意味があります。また、2,000億ドル以上あると言われているアンチエイジング市場の規模を考えると、商業的な観点からも魅力的であるといえます。

今後は、下記の流れで研究を進めていく予定です。
【前臨床試験1】ミバエとヒトの細胞での試験 - 12-24ヶ月(進行中)
→ 同定された薬剤が老化の特徴を抑制する能力を持つことを実験室環境でテストする。
【前臨床試験2】マウスモデルでの試験 - 12-18ヶ月間
→ 細胞株での化合物の最適化を行い、マウスでの加齢による減弱のテストを行う。
【臨床試験1】ヒト試験 - TBD
→ 健康なボランティアで化合物の加齢抑制効果を検証する。

Moleculeのプロジェクトページを要約

上記の内容はDAOメンバーに向けたプロポーザルとしてもまとめられており[6]、DAOメンバーによる質疑・投票が2021年7月に先行して行われた結果、IP-NFTを介した研究資金を獲得することができました。

実際のプロポーザルのページ。公開情報で誰でも閲覧することが可能です。

今後の展望

VitaDAOの取り組みに代表されるこうしたムーブメントは分散型科学(DeSci: decentralized science)と呼ばれており、中央集権的に進められている学術研究・研究開発に対して非中央集権的に進められている点が特徴的です。VitaDAOの場合は、研究者のみによるガバナンスではなく、DAOメンバーがプロジェクトの管理に参加できる点が非中央集権的であると言えます。

このような兆候は、暗号通貨が盛りあがりを見せた2017年前後から出てきており、当時からEINSTEINIUMのようにトークンを活用して研究を加速させるプロジェクトが動いていました。ICOバブルに付随する諸問題により一度は停滞していましたが、2021年以降から違う形で上記のような「研究の民主化」のムーブメントが起きようとしています。

本記事で紹介したVitaDAO[7]は現状創薬研究にフォーカスしていますが、社会実装を目指さない基礎研究にも展開できる可能性はあるように思います。次回は私たちの運営する「academist」の経験をもとに「NFT×研究」の可能性を整理していきます。

参考資料

  1. VitaDAO Whitepaper V1.0

  2. Announcing VitaDAO — The first publicly owned decentralized IP collective

  3. What are my rights from holding VITA tokens?

  4. Molecule documentation

  5. Announcing the First VitaDAO Research Project: The Longevity Molecule

  6. VDP-5 Scheibye-Knudsen Lab Funding Proposal

  7. より詳しい最新状況は VitaDAO Community and Treasury Report 2021 

Special Thanks

この記事の作成にあたり、蛭子誠さん、坂本光士郎さん、新倉雄一さん、宮崎拓也さんには、研究者の立場から貴重なコメントをいただきました。また濱田太陽さんには、VitaDAOの活動に関わる立場から有益なコメントをいただきました。この場を借りてお礼申しあげます。


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