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柳原良平主義〜RyoheIZM 38〜

切り絵と、上野リチの授業


恩師の影響

自身の切り絵について柳原良平は、京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)時代に教えを受けた、上野リチに影響を受けているかもしれないと言った。

それで上野リチという存在を調べるうちに、この人がいなかったらひょっとすると柳原の切り絵は生まれなかったのでは?とまで思えてきた。彼女の授業内容や教育方針が、とても画期的だったからだ。

上野リチという衝撃

上野リチとは、フェリース・リチ・リックス(1893〜1967)というオーストリア人女性で、グスタフ・クリムトたちの前衛芸術運動から起き、生活全般を芸術化した20世紀デザインの先駆けとなった『ウィーン工房』出身のデザイナーとして知られる。

彼女は草花や鳥、星や魚などをモチーフに、時に華やかな色彩のコントラストによる、時に抑えた発色の上品かつ抽象的な文様などを次々と考案し、テキスタイルを中心に多くの作品を残した。

1925年には通称『アール・デコ展』と呼ばれた『現代産業装飾芸術国際博覧会』にて銅賞を獲得し、ウィーン工房というより世紀転換期のウィーン文化を代表するデザイナーにまで上りつめ、同年に建築家・上野伊三郎と結婚。日本に移住し、”上野リチ”と名乗った。

ユニークな授業

京都に住み、京都市立芸術大学で教鞭を取るようになった彼女は『色彩構成』の授業を担当し、柳原ら学生に独自の教えを施した。以前のコラム(第13回)でも書いたが、大学で柳原が学んだ色彩構成の授業は、貼り絵や切り絵という手法を使って行われた。

学生には前もってドロ絵の具で、色をつけた紙をいくつか作らせておき、授業ではそれらの紙をハサミで切ったり手でちぎったりし、それらを台紙に貼り付けるやり方で、たとえば「祭」といったような身近な課題を与え、作品を作らせた。

個性こそすべて

柳原は「事前に作る色紙自体がそれぞれの好みの色になるわけだから、そこで色彩感覚が個性的に育つ」と、彼女の授業を振り返っている(『季刊装飾デザイン21』(学習研究社))。

何より個性を重んじた上野リチだけに、学生に対しては、授業の準備段階から個性を求めていたことがわかる。そのうえで彼女は、他人の作品はもちろん自身の過去作品や、自然それ自体の模倣も含め、すべてにおいて”倣う”、または”写す”ことを否定した。自身の作品を学生に見せなかったのも、個性を追求させるためと言われる。

課題としての切り絵/貼り絵

柳原は、この切り絵/貼り絵の手法それ自体について、筆を使って絵画に取り組むのとは違った発想が必要になることを発見したようで、その効果について、同書では次のように語っている。

「筆で色を塗る代わりに色の紙を使って絵をつくるのだが、塗るように写実的にはいかない。大まかな色と形をつかんで大胆に表現することを覚える」

色の数が限られており、細かい線なども使えないことから、実際に貼り絵や切り絵に取り組むと、勝手の違いに戸惑うであろうことは、容易に想像ができる。半ば強制的にシンプル化やデフォルメが求められるこのやり方は、当時学生だった柳原にとって、その後に素晴らしい作品を生むための、かけがえのない訓練となったように思えてならない。

中学時代から模型製作を行なっていた柳原にとって、ハサミで紙を切るのは得意中の得意。積極的に課題に取り組んだ。しかし、そんな柳原を見て上野リチは、ハサミの使用を禁じ、手でちぎることを命じた。器用に走るな、大胆にやれという教えだった。その教えどおり、紙を手でちぎって作品作りに向かうようになった柳原を、彼女は「それで良い」と誉めた。

ルーツの継承

上野リチはウィーン工芸学校時代、フランツ・チジェクの「装飾形態学」を2年間受講している。そこでは基本的な造形要素の取り扱い方を学んだのち、動物や植物など自然を観察し、その形態や色、さらには動きの特性まで分析することが求められたそうだ。

そこまでしたうえで単純化や自身の創造性を加え、再構成することが求められ、それらを統合し作品化した。そうして磨かれたセンスこそ、どこまでも自分の感性で新たに表現する力、つまり彼女が称するところの”ファンタジー”だったという。

柳原の切り絵は、誰の何にも似ていない。ウィーンのデザイン文化を築いた偉大なデザイナーである上野リチの精神をしっかり受け継ぎ、切り絵を通して柳原は、柳原流の”ファンタジー”を表現し続けたのだと思う。(以下、次号)



※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。                       
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参考文献
・『季刊装飾デザイン21』(学習研究社)

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