20代最後に子宮頸がんで全摘になった話


この記録が、子宮全摘(やその他婦人科の手術)にビビっている人の、ちょっとした安心材料になりますように。

こんな人は読むのをお勧めしません…

①子宮取るのが無理すぎる人
作者はさっさと取ってくれスタンスだったから…

②見てると気持ち悪くなる人
当日に元気を取っておいてね

③コミカルな感じが受け入れられない人
ちょっと空元気に見えるかもしれませんがいたって平常運転です
(職場の先輩にも、『お辛いのに平然を装われて…』と絶句された、ごめんなさい先輩。これが平常です……)



2024年、1月。

28歳、育休中。
息子が産まれて1年2か月が経つ頃だった。
生理再開から半年ほどのある日。

やっべえ生理きた。

一日目に全部の量が出た。
伝わる?これ。
伝わんない?

「破水みたいだなー」ってのが第一印象。
えらくシャバついた感じ。
いつものが「どろ…」って感じだとしたら
今回のは「じょば!」って感じ(伝われ)

初日にすんごい量が出たので、
わあこれはやばいぞと、スーパーめちゃんこ安心ナプキンつけて寝たら、
翌日には砂漠になっていた。

ん???

まあ一日で終わったんならいいか(鼻ホジ)


2月。
前回と同じシャバシャバ生理。

なんでもかんでも夫に話す私は、これすらも
「ね~なんか変なんだけどォ~」くらいのノリで、夫にあけすけ話していた。
子供もいるのでなかなかすぐに病院に行く気にならなくて(いけよ)
変なの~まあ痛くないし~産後だし~と言い訳をつらつら並べていた。
…ところ、俺が見とくから行ってこいと。
ありがたや、ありがたや…
ついでに、出産でやってなかった子宮頸がんの検査(2年に1回助成で受けられるやつ)しとくかあ~。

そんな軽めのノリで内診を受ける。
なんかホルモンバランスの指導も受ける。
へ~えごま油がいいんだ。へ~、低GI?とかなんとかでアガベシロップがいいんだ~。へ~。
帰りに買いました(チョロい)

次回は検査結果だけだと言うので、子供を連れてきても大丈夫そうだと判断して、
1週間後の受診の時は、子供を小脇に抱えて行きました

ところ、

「ちょっと内診台へ」

へ???
子供は???
「あ、そのままでいいですよ」


そのままとは????(対面抱き、NOT抱っこ紐)

結局そのままぐりっぐりやられました。
子供は泣きはしないものの
腹をばいんばいんされながら股をぐりんぐりんされるのは恐怖でしかなかった
(看護師さん、子供を落ちないように支えてくれてありがとう…)


検査ひっかかりました。

「明日大病院行ってくださいね」
明日っすか?????
「うん、明日」

次の日。夫が職場に子供を連れて行ってくれた(ありがとう)
家からすぐそこの大病院でおおよそ3時間待ち、検査がやってきた。

結論から言うと、この時の診断はCIN3(高度異形成)
子宮頚(子宮と膣を繋ぐところ、産道になる部分)は、膣の方にちょっと出っ張っているんだけど、
そこに異常な細胞が3か所あるとのこと。


子宮頸がん精密検査


内診は20分。痛い20分。なんか酢酸をかけたり細胞を削り取ったりする、クソほどいたい内診だった。もう二度と味わいたくない。
この酢酸の検査や、削り取った細胞を観察して、がんかどうかを判別する。

子宮頸がんにはいくつかのステージがある。
(専門ではないので間違ったことを述べる恐れがあり、詳細は割愛する)
簡易的な検査での結果『高度異形成』は、異常な細胞が表皮にとどまっているもの。CIN1→2→3と進行する。
この時はCIN3の診断だったが、この次のステージは『子宮頸がん』であり、そうなってくると追加手術が必要。
CIN3の段階でも、子宮の入口を円錐型に切除する手術を行って、CIN3の部分を取り除くことでちょっと心配が減るね、って感じ。



結果をまた待つことになった。
私はこの時「がんだったら、ガーンって言うぞ」と、強く意気込んでいた。

この時の私の心境について触れておく。
私は帝王切開で息子を産んだ。
出産予定日の5日後のこと。コロナ禍で熱が出て(コロナは陰性だったが)、40週を過ぎていて、小柄なのでこのままでは頭がつっかえるので帝王切開にしましょうと言われた。
熱が出た時点でなんかそんな気はしていたので、
「はい、じゃ切ってください」とサラ~~っと決まった。
手術は2時間後ですと言われ、夫の方がなんかアセアセしてた。

そんな経験もあり、覚悟はさっさと決まるタイプなのだ。
子宮頸がん検査した段階から「最悪、がんだな。ガーン」って思ってたので、なんというか…想像の範囲内だった。

前回、鬼の内診を行った綺麗なお姉さん先生に説明を受ける。
「優酸さんの子宮口の、こことこことここが…」
(まだか…ガーン!ポイントはどこだ…)
「ここなんですけど、これは…」
(どこだ…!いつなんだ!)
「で、円錐切除術して、それを細胞診にかけて…」
「あ、まだガンってわかんない感じですか?」
「そうですね」
私のとっておきのガーンは次回に持ち越しとなった。

円錐型に切り取った細胞を、さらに詳しく12分割して検査にかけて、がん化しているかどうかを見るらしい。
このとき、切り取った中にすべての異常細胞が含まれていれば、「取り切った」としてちょっと通院したら元の生活に戻る。
が、切り取った断面に異常細胞が残っている場合、おそらく体内に異常細胞が残っているので、そうなった場合は子宮全摘か、短いスパンでの検診を行っていくとの説明を受けた。

「全摘ってしてもらえないんですか?」
私の頭の中で『短いスパンでの検診+続く生理+結局いつか手術するやろ』と、『全摘』を天秤にかけたところ、『全摘』に全振りした。勢いあまって前者が散り散りになるくらいには。
「優酸さんお若いので!!!!!!!!!!
なんやその圧は。
「いやあ、もう一人産んだし、二人目望んでないっす」
「いやお若いので
「え~?う~ん。」
「これから変化していくかもしれませんよライフスタイル、お若いですから
「はあ…う~ん…まあ…全然子宮要らないけど…」

結局押し切られて(?)、円錐切除術を行うことになったのである。

円錐切除術、当日

1泊2日の入院である。
出産以外では初めての入院。ドキドキ。わくわく。

前日からほぼ飲まず食わず。頭痛持ちなので、水を飲めない間の頭痛が非常につらかった。
麻酔は下半身だけなので、帝王切開の時よりも範囲は少ない。
小一時間の手術。麻酔もあるので怖くなかった。


手術のことを書くので、苦手な人はスクロールして飛ばしてくださいね…。

脊椎麻酔は本当に気持ち悪い。吐きそうになる。
薬を入れるのを緩めてもらったのか、効きが悪く、右足の感覚が残ったまま手術が行われた。
麻酔してるのにね、足が動くんですよ。触られるのもわかるし。
冷たさで麻酔の効きを確認する時、左足は冷たさレベル0/10なのに、右は冷たさレベル3/10って感じ。
麻酔科の先生がぺたぺた冷たいのを当てて私に聴き、「もうやっちゃおう」と。
やっちゃおう!?!?!?!?!
痛みが若干わかるまま手術になった。
マジでつらかった。
膣をこじあける道具で骨盤ごと拡げられる感じがマジで痛かった。
円錐に切除する器具の、バチバチ言うたびに痛かった。
切ったところをバーナーで焼いて処理するの、痛かった。
マジで痛かった。
激萎えですよ。激萎え。入ったときは「ちょっとわくわくする」とか言ってたのにね。終わったころにはミイラになってた。
全摘してくれれば1回で済んだのにとめちゃくちゃなことばかり思っていた(ちなみに今でも思ってるマジ痛かった)





はい。手術パート終わり。

入院中は、尿道カテーテルも入ってるし、点滴もあるし、なかなかご飯食べられないしで、まあ不自由だったけど、手術中が激萎えだったんで、割とすっきりしていた。
麻酔が切れても、別にそんなに傷口が痛いこともなかった。すぐ歩けたし、トイレも行けたので、さっさと退院。
1歳ちょっとの暴れん坊将軍にのしかかられるなどしながら、検査結果をまた待つことに。


2024年、3月。ガーン!発覚

それから生理(やはりシャバ)のために間を少しばかり開けて、3月末に受診結果を聞きにいった。
この時息子連れ、10時半に予約だったのに13時過ぎに呼ばれる。
ぜったい受付忘れてる!と若干むかむかしていたが、診察結果を聞くとそんなことどうでもよくなった。

「優酸さん、今日もお待たせしてすみません」
そんな素敵な女医さんに言われたら許すほかない。へにゃへにゃした笑顔で「大丈夫です~大変です~」みたいなことを言った。
ガーンポイントを探りながら、長ったらしい検査結果を聞く。

「断片陽性だったので、CIN3の部分が体内に残ってます。切り取った子宮の内部ですが一部、ガンでIa1期なので、体内に残ってるCIN3もちょっと怪しいかなって感じで…」

「なので(子宮)取っちゃってもいいかと」
「取ります(即答)」

今思えばこの回答の前が絶好のガーンポイントだったのだ。
でも、取るかどうか聞かれて即答してしまった。
つまり私は「ガーン」を言い逃した。


ガーン!!!!!!!!(ここで消化)


ていうかなんだったんだあの「お若いので」攻撃。
がんになった途端あっさり取るじゃねえか。(そりゃあそうじゃ)

切り取った細胞の内部には3か所の異常があった。
①全部取り切れている高度異形成、
②全部取り切れていない高度異形成(断片陽性)
③全部取り切れたがん(Ⅰa1期・一番小さいサイズ)
で、③が発生しているので、この②も今後ガン化する恐れがあるし、見えない奥のところですでにガン化している可能性もあるとのこと。
病院によって違うかと思うけど、これが全摘のおすすめ理由。

私はもう来月には職場復帰。フルタイム出勤。
一回目で全摘してくれれば仕事に穴開けなくてよかったのに…お若くなければ…!!!とは何回か思った。
(でもきっとお医者さんも、あなたのせいで産めなくなったとか言われてきたんだろうな。大変だっただろうな…)

手術の日程はその後、職場の予定を考えながら相談することになった。
「夏休み取れるから7月がいいです」と言ったし、
それも上司に言っちゃったし、
先生も「まあ5月か6月かな、あんまり急ぐようなステージじゃないので」と言っていたのに、その後「4月末でどうですか?」と4月直前に言われ、上司もびっくり。私もびっくり。

GW前に手術しちゃえば仕事の穴も最小限で済むかも…と思い直し、結局4月の末、全摘手術となった。


2024年、4月。全摘手術。

4月1日から、子供は保育園へ、私は職場へ。
(個人的には育休は地獄だったので、仕事がめちゃくちゃ楽しかった)
激務をこなしていると、4月24日があっという間だった。

自分の仕事は誰かに代わって貰えるものじゃないので、
さっさと退院して職場復帰することにした。
1か月休めば代わり出せるよ~と言われたけど、その間無給なのは
育休明けとしては非常にイタかった。

退院予定日の3日後から出勤予定にした。(実際、出勤した)

今だから言いますけど、即職場復帰、やめましょうね。
休みましょう。
3週間後に出血してまた入院しますからね。


全身麻酔、腹腔鏡手術。入院は5泊6日。
入院の二日目、朝の8時半に手術が決まった。
夫「こんなに息子と離れるの初めてだね」
私「確かに……(一人になれる喜びを噛みしめながら)」
夫には5日間育児をやって貰わないといけないが、夫はすごく育児ができる人なので、まったく心配はなかった(本当にありがとう)

入院の前にMRIしたり採血したり、2回に分けて通院した。
MRIはうるせえ。
まじでうるせえ。
ずっと同じ音が鳴るのかなと思っていたら、
『シュワンシュワンシュワン』(常に鳴ってる)
『ガーーーーーーー』(時々鳴るクソデカノイズ)
『サクッ サクッ サクッ』(色んな方向から鳴る、なんか切られてるみたい。こわい音)
と、思ってたより数倍はうるさかった。
閉所恐怖症の人は無理ってのがよく分かった。毎回やってたらなりそうだもん。
指輪を外し忘れてそのまま入ったんだけど、指輪のあたりがぶぉん…ぶぉん…と振動した。ちょっと怖かった。

入院1日目

はっきり言って絶食するだけなので暇暇暇。
動画みて、絵描いて、ごろごろして過ごした。
ふつうは覚悟を決めるんだろうけど、私はとにかく平日が忙しかったので、溜まっていたゴロゴロ欲を満たせて、満足して速攻寝た。

入院2日目

朝から夫が来てくれた。今回は手術の最初から最後まで院内に居ないといけないらしい。
大変だねえと他人事みたいに言ったら、「あんたのほうが大変でしょうよ」と返されてびっくりした。自分の手術なのに一番関心がない私。まあ私っぽくていいよね。夫と別れる時も「じゃあね~ばいば~い映画でも見てな~」って感じだった。(実際3本見たらしい)

手術室に入って台に横たわる。
いろいろな器具がくっついて、酸素マスクをかぶせられた。
入院前の色んな手続きの中で、手術中の音楽何がいいですか?という項目があったので、
自信満々に「10-FEET」って書いたんだけど。
ラジオみたいなので曲の種類を選べるだけだった。そりゃあね。
当日はなんか知らん曲がほんの少しの音量で流れていた。
ああ爆音で火とリズム聞きたかった。
「これから麻酔入っていきますねー」
と言われて10秒くらいして、意識を失った。


全身麻酔って、「目を閉じて開けたら手術が終わってた」みたいによく聞くじゃん?
きっと「わあ!!終わってる!!!」ってなるのかな、と勝手に想像していた。
が、私の場合は「めちゃくちゃよく寝た、なんならまだ眠い…ああ…眠い…」だった。
夫の話では、目が覚めた(覚める前?)時、
私「寒い…」
看護師「電気毛布いる?」
私「ワカンナイ……」
と話していたらしい。覚えてない。

長い長い夢を見ていて、ふわ~と起きたらなんか夫がいた。
「あ、手術だったんだっけか?あ~ねむ。今何時?ねむ…Zzz」
と、話す気力もなくそのまま何度も寝落ちした。
夫に起きてきた、とか、なんかちょっと話した記憶はあるけど、とにかく眠かったことばかり記憶にあって、会話のほとんどは覚えていない。
16時だって言ったのと、手術は4時間~5時間の予定だったけど麻酔が切れるまでを含めて6時間かかったとか、そんなことを夫がぼやいているあたりは覚えている。
痛みはなかった。痛み止めのおかげかもしれない。
足には血栓防止のバルーンが付いていて、尿カテ、点滴がついていた。

息子のお迎えのため、夫が帰宅した。
手術開始から大体9時間くらい。だいぶ麻酔が切れてきた。
足が動くようになって、看護師さんからは横になったりしてできるだけじっとしないでね、と注意された。
何分かごとに、ぼわぼわ眠ったり起きたり。
痛いとかはあまりなかったが、熱があって暑いのと、尿カテのせいで横になる時の違和感がすごいのと、点滴の針が痛いのと。
30分に一回くらい、起きては寝て、起きては寝てを繰り返した。

その間にどうもTwitter(現X)で「起きてきた。ふわー。眠い」と呟いていた。
記憶にない。起きてないやんけ。
麻酔のおかげで、いつも飲んでいる睡眠薬もなしに、ふわふわ何度も寝落ちてちょっと気持ちよかった。

入院3日目

朝になり、食事が出た。おかゆ。半分。
昼ご飯から常食。半分。
夜ご飯、半分。
あんまり食欲がなかった。
この日、起き上がる練習をしてみたけど、ふらふらしてだめだった。
本当に心の底から尿カテを抜いて欲しかったんだけど、翌日に持ち越しになった。

入院4日目

今思う。尿カテ一番しんどかった…。
麻酔のせいか、何度も寝落ちていたんだけど、ついに夜中にすっかり覚醒してしまった。
尿カテでなんか違和感のある股。寝返りするたびにツンツンする。
点滴の針があるせいで左向きにしか寝られない。
何か知らんけどおしりにめちゃくちゃデケエ湿疹。かゆい。(医者にこれはひどいと言われるくらいの特大湿疹、原因不明。多分尿取りパッドで荒れた…)
30分に1回、冷や汗かいて起きる。なんとかすぐ眠るんだけど、また30分で起きる。
長い長い夜だった。

朝になって、絶対もう尿カテ抜きたいマンと化していた。
なんとか歩いてトイレにGO。
もうOKですよと尿カテをぶちぬかれ、点滴も終わり、かなり自由の身になった。
この時は原因不明の熱と、多少の腹傷の痛さと、なんかよくわからん倦怠感で、ダウン気味だった。

夫を通じてようやく息子とビデオ通話ができた。
スーパーキュート。
体力を使わずにかわいい息子を画面越しに見られるなんて幸せだなあ…。
お風呂も入っておらず、歩くのがやっと、受け答えもなんかボンヤリの私。
この時、「これまずくね?退院3日で働ける感じじゃない」と、自分の選択が間違っている気がした(間違ってます。休みなさい

入院5日目

翌日すっかりましになって、歩いて売店まで行っておやつ買った。
シャワーも浴びてすっきり。着替えも出来た。尿カテが取れた喜びであちこち歩いた。じっとしてなさい。
夜のビデオ通話ではすっかり元に戻り、顔色よくなったね~と夫も喜んだ。私としても「働けるな」と謎の元気が湧いてきていた。(休みなさい)

退院

午後に退院になった。術後の内診は痛かったけど、もうこれとはおさらばなんだ…と喜びを噛みしめた(が、のちに出血で再び入院となる

久々に対面した息子は、最初こそきゃあきゃあ泣きながらしがみついてきたが、5分もしたらテレビに食いついていた。薄情ッ!!


それから、夫が仕事で居ない土日は義実家にお願いして子供を預けたり、一緒に行動してもらって、無事に?30日に職場復帰を果たした。
術後の痛みはほとんどない。おへその傷がちょっと痛いのと、ズボンで締め付けられるので、しばらくはゆるめズボンとサスペンダーで過ごした。
麻酔による頭痛が前回も今回もあって、それだけ少し苦労したけど、二日くらいで治った。
あと笑かされると痛い。これは1週間くらい続いた。
1週間もすれば、触らないかぎり痛くない。
一か月後には傷跡の検診があるので、それだけ済んだらもうこの通院生活とはおさらばだ。
そう思っていた。

3週間後の出血

意気揚々と仕事していた火曜日の事。
仕事が終わり、車で帰宅中、えらくオリモノがでる感覚があった。
子宮取っててもオリモノは出るので、ライナーをつけていたんだけど、
その日はなんかすごく出る感じがした。
あのシャバシャバ生理っぽい感じ。破水っぽい感じ。
何~~?なんかキモ~~~と思いながら、車を停めて立ち上がると、
シートにシミ。

「うわーーーーーーーまじかーーーーーーー」(実際に言った)

あのシャバ生理のときも一回あった。
ライナーとか少ない日の生理用品つけてても貫通して椅子を汚した。
「え生理???」と一瞬思ったが子宮はない。
明らかに傷口の出血である。

たまたま積んであった子供のおむつを引き裂いて股にあてがった。
近くの薬局のトイレに駆け込んで夫に電話。
トイレに行くとTHE レバーが出るわ出るわ。あっという間に血の海。
痛くはない。ただあふれ出る血。

18時前の出来事だった。
お迎え帰りの夫に車に乗せてもらい、「こりゃ入院だわ」と思って入院の支度をして救急外来へ行った。

結構待たされたので20時くらいにようやく診察してもらえた。
手術の時の先生とは違う産婦人科のおじちゃん先生。優しいトーンで、大変落ち着きながら、
「わー。これは………出てるねえ……思ったより……」
とぼやいた。思ったより出てるときのリアクションじゃないんよ。
「今日帰れない感じですか?」
「うん。圧迫止血するね」
と地獄の内診が始まった。

ガンガンになんか突っ込まれて、ぎゅーっと押し付ける感じで止血すると血が止まったらしい。
止血用の器具を持ってきてもらう間に、ちょっと休憩ね、と中にガーゼを詰めて、内診台の足を閉じて下げてくれた。
…ところ、その間にシミシミしてしまい、お尻全面に血が溢れた。
「先生。なんかすごいつゆだくです」
「あらあ。ほんとだあ。思ったより多いねえ…さっきのなんだったんだろう…」
あの時は「なんてふわっとした態度なんだ!焦らないのか!」と思ったけど。今思い返すと一番焦ってなかったの私でしたね。「あ、なんかお尻が。しみしみしています。わー。すごい。すごい出てます」とゆるゆる実況しているのは私の方でした。すみません。

話によると、縫い合わせたところがはがれているのではなくて、
縫い合わせた一番端の断片のところがごくわずかに出血しているとのこと。
動脈性?の出血で、鮮血、さらさらしていて、拍動はない(脈に合わせて出る感じのことっぽい。太い血管の場合は脈に合わせて吹き出す)
なので、圧迫止血で止められそうだけど、どうも出血量が多いのと、一回で止まらなかったので、一泊入院して、だめなら縫い直し。

二回目の圧迫止血が始まった。
マジぶっ飛ぶかと思った。
ぎゅんっぎゅんに詰め物して、「絶対ベッドから動かないで、それやったら出血するから、絶対安静ね」と、採血された…内診中に…

ストレッチャーで、救急室のベッドスペースに入れられ、
点滴の針(1回ミスった)、採血(さっきミスったらしい)をやって、
心電図はかって、CT取って…。
急ぎ足だったけど、まあ、それはいい。
それはいいんよ。

麻酔なしの尿カテはまじできつかった。

入れられてから、ずーっと尿意MAXおしっこ行きたいの状態。痛いし、チクチクするし。入れる時クッソ痛かった。
気が狂いそうだった。
そんな中天井の模様のなかにあきらかな犬を発見した。
それだけが喜びだった。


病室に移ったのは21時過ぎ。
睡眠薬をもらうために23時頃まで待機した。
泣きそうになった。おしっこいきた過ぎて。出てんのに。
手術二回もやってさあ、泣きたくなったのこのタイミングが初めてだよ。
とにかく尿カテはつらい。
睡眠薬貰ったらさくっと眠れ、翌日には違和感も減り(痛かったけどね)
出血もなしということで、尿カテ取って午後には退院となった。

これを書いているのは4日後。
少ない日用のナプキンをつけているけど、ほんのりと赤黒い血が付く時が時々ある。
拭くとちょっとピンクい。
流石に今回は3日仕事を休んだ。

医師からは「術後3週間での出血だから、できてきたかさぶたが取れるから、たくさん動いたとかじゃないと思う。次はどうなるかわかんないから仕事しないでね」と言われた。
見た目にはわからないけど、いつ出血するかわからない。
走るの禁止、重いもの持つの禁止、ていうかまず家事すら禁止。当然仕事禁止。

術後の過ごし方のせいではないと言われたけど、休めるなら休んでください、ガチで。


やっと終わった~。

まああと1回検診はありますけど。
これでさっぱりガンとはおさらばって感じです。
一件落着。

手術2回入院3回でしんどかったことランキング
1位 尿道カテーテル
2位 内診
3位 点滴の針

手術よりきつい。
特に尿カテはとれても変な感じが残る。
いまだに頻尿です。

入院に持っていくといいものランキング
1位 でっかいフック+小さいハンドバッグ
2位 顔拭きシート、ドライシャンプー
3位 枕、ストローで飲めるペットボトルキャップ

大きいフックだとベッドのフレームにかけられる。
そこに小さいバッグをかけて、イヤホンとか飲み物とかを仕舞っていました。これが便利なんだなあ。点滴の棒(なんていうの?吊るすやつ)にもひっかけられるので、売店行きたい時などに便利。
顔拭き、ドライシャンプーは言わずもがなのすっきりアイテム。
枕は、5泊6日くらいなら持って行ってもよかったかなって思ってる…。結構しんどかった。痛い。
ペットボトルのキャップは出産時の入院にもおすすめされてました。ありゃあいいぜ。

あとお金に余裕があるなら個室一択です(出血時緊急だったので個室になった、快適だった)


もろもろの費用
・円錐切除…4~5万
・子宮全摘…9万~10万(高額医療費制度使用)
通院は、最初の検査から数えると6回くらい。検査いっぱいした日でMAX9000円。平均したら4,5000円かな?
出血の入院はまだ請求されてないので後日。

検査、受けなね。


HPVワクチン、高校生の時に打たなかった人です
あの時は後遺症で動けなくなるなどのニュースが印象に強くて(ワクチン怖かったのもあり)、打たないと自分で決めました。
打たなかったからガンになったとは言いません。
が、打ってない人は子宮頸がん検査に忘れず行くといいと思います。

だって出産してる2年半の間に問題なしからガンまで行ってますからね。

子宮頸がんは、生理とか性交渉での自覚症状が早く出る印象にあります。
シャバシャバ生理も(医師はガンと関係ないと言っていたけど)これが無かったら通院してなかったと思います。

20代でガンって言うとみんな私以上に傷ついてくれる(優しいね)んですが、私はむしろVerが上がったな~すごくない?内臓一個ないのすごくない?アハ~~って感じなので、手術のことに関しては隠すこともないです。
普通はとてもセンシティブな話題なので、みんな触れないでくれていますが、ここはインターネットの世界なので。攻撃する意図さえなければ、根掘り葉掘り聞いてくださって構いません。

せっかく20代で珍しくガンになったので(?)、インターネットの海に経験談を流したい。そんなnoteでした。
ああ、今後60年くらいどうか健康でありますように。






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