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【16ビートで命を刻む君と、空虚めな僕のこと。】#4



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●前話




>>僕 #4

"職場のある新宿まで一本で行ける割に、地価がある程度安い" たったそれだけの理由で、僕は仙川という街を東京で暮らす最初の居住地に決めた。それなのに、僕が入社した年から会社はフレックスタイム制とリモート制の導入を始めた。そうでなくともインドア派の僕だ。会社にすら行かなくなったら、ほぼ家で過ごすことになる。こうしてほとんど使われることのなくなった新宿行きの定期で、久しぶりに改札をくぐり抜けた。

『都会の乗り換えも慣れた六月の正午
 下品な中吊り広告をボーッとただ流し込んでいた
 駅から二分 自動施錠のワンルーム
 君が茹で上げたパスタはいつも決まって柔らかいけれど好きだ』

イヤフォンから流れてくるのはMy Hair is Badのグッバイ・マイマリーだ。この曲がまるで自分のために作られた曲のようだとか、とんだ勘違いを起こすくらいにはもう自分が東京に馴染んでいたことに気付く。そんな、都会の乗り換えも慣れた六月の正午、それは突然訪れた。

最寄りの仙川駅から電車に乗り、新宿のABC Martに向かっていた。新しい靴を買うためだ。角の席を好む僕は電車に乗る時、角が空いていればそこに座り、空いていなければなんとなく立ちっぱなしで過ごしてしまう。3号車の右端から車内に入ると、ラッキーなことに角の席が空いていた。新宿までは20分ほどだ。適当に時間を潰そうとポケットからスマホを取り出して、ふと前を見た。

普段、奇跡だとか運命だとか、そういった類のぼんやりとしたものとは無縁なような毎日を生きてきた。だけど、今まさに僕の目の前で、その、奇跡とやらが起きた。

危うく取り出したスマホを落としそうになる。

あの子がいた。

昨日、夜道ですれ違っただけの、名前も年齢も何も知らないあの子。正直マスク越しに数秒間目があって、たまたますれ違っただけの人を、人は万が一にでも偶然が重なり合って再会したとして、覚えているはずがないとも思った。

だけど、なぜだか確信として「あの子だ」と、体に電気が走るような感覚で思い出すことのできる何かがあった。

どうしてかわからない。

たった昨日の出来事だったので、記憶に新しかったからというだけの理由なのかもしれない。だけど、京王線区間急行・本八幡行きの、この電車の今目の前の座席に座っているこの人は、間違いなく昨日すれ違ったあの子で、そう確信できる何かがあって、僕は、覚えていた。こんな偶然ってあるか。昨日は僕の方が、前から歩いてきた彼女にジッと見つめられた(気がした)が、今度は僕の方がスマホ越しにまじまじと彼女を見つめてしまった。

あまりにも驚いて、見つめすぎてやしないかと途中で我にかえってハッとして目を逸らすくらいには、ずいぶんと長い間、彼女のことを見つめていた。

その間、彼女についてわかったことは3つあった。

1つ目は、ワイヤレスイヤフォンが主流となり数年が経った今もなお、スマホにイヤフォンを直接差し込んで音楽を聴くタイプだということ(実際に聴いていたのが音楽であったかどうかは不明)。

2つ目は、スマホには目もくれずに、ずっとキョロキョロしたりジッと一点を見つめたりしながら車内での時間を過ごしているということ。一体、何を見ているんだろうか。そう思って彼女の視線の先に目をやっても、特に何もない。変な人だ。

そして3つ目は、昨日と、おそらくだけど、おそらく、服装が一緒だということ。黄色のTシャツに、ジーンズ生地のスカートに、スニーカー。

その時だ。僕の視線と彼女の視線が、バチッと交わった。それこそ本当に電気の流れたかと思った。だけどそう思っただけで、彼女は昨夜のように僕のことをジッと見つめてくることはなかった。

すぐに僕のあしもとの方に目線を落としてしまった。その後新宿までの数分間は、僕の心臓がいつもよりも早く脈打つだけで、他に何も起こらなかった。ただ、あの子が目の前に座っているということ以外は、何も考えられなかった。



>>私 #4

つつじヶ丘にある親友のマンションを後にした私は、京王線に乗った。あー、お腹いっぱい。昨日の夜、チーズタッカルビとチヂミを山のように食べた上に、朝ごはんにも余りをたいらげて、胃下垂の私のお腹はぽっこり膨らんでいた。イヤフォンをする。私の最寄りまではここからだと50分くらいかかるんだけど、それでもここはよく来る場所だった。

昨日の夕方、親友から「今さー、結婚式の引き出物の雑誌で頼んだホットプレート届いたんだけどなんか食べない?」と連絡が入った。

「行くー!」と一言返信し、つつじヶ丘に向かった。勤務先が新宿の親友は、"新宿まで一本で行けて、かつできるだけ地価の安い場所"という理由で、住居につつじヶ丘と言う地を選んだ。「仙川~つつじが丘エリアは、そんな理由で住む人が多いんだよ」と言っていた。

都心とは違った心地よさのある街で、私もこの街が好きだ。つつじヶ丘という可愛らしい名前も、親友にとても似合っていた。

昨夜は、どうせいつもみたくいっぱい食べるのだろうなと、つつじヶ丘のひとつ前の仙川で降りて、15分ほど散歩して向かった。

「東京は一駅分くらい余裕で歩ける」というのは、最近になって分かったことだ。駅まで迎えに来てくれた親友と合流し、駅前のスーパーオオゼキつつじヶ丘店で買い出しをする。

「で、何作るの?ホットプレートで。」

そもそもそれすら決めていないくせに、家にホットプレートが届いたというだけで集まれる気軽さが、昔から何ひとつ変わらずに心地よい。

店内をぐるっとしてみると、鶏肉の特売日らしかった。「ねぇ、チーズタッカルビするしない?」そう言って振り返ると、「うわー、久しぶりに聞いたんだけど、するしない。」と笑われた。

旧友に会うと地元の方言が自然と口からこぼれ出る。どう言う意味かうまく説明できないけれど、"しようよ!"と誘いながらも、"〜ってよくない?"と同意を求める、みたいなニュアンスで使う。「行くしない?」とか、「しないしない?」なんてものまであって、この手のネタだけで一生分笑えたりする。

久しぶりの親友とのご飯は、やっぱりとびきり美味しかった。

栄養士の資格を持つ親友の作る料理はいつも適当で、適当な上でものすごく美味しい。ちなみに栄養士の資格は大学時代に空きコマを使って片手間でとった。料理系の職に就くものだとばかり思っていたが、新卒から全く関係のない仕事をしているので、本当にただの趣味で栄養士の資格をとったんだなと驚かされた。

「これも入れるしない?」
「まだチーズ溶けてないしない?」

一通りの事柄に方言を添えてケラケラ笑いながら、適当に作った料理を適当な話をしながら食べる幸せを過ごした。 

幸せを噛み締めながら、帰りの電車の中でラジオアプリをスクロールする。土曜の深夜に放送される「レディオTokyo」を、毎週の楽しみに聴いている。

昨日は親友の「遅いから泊まっていきなよ」という言葉に甘えて、布団を敷いてもらい爆睡したから聴けなかったが、レディオTokyoは一週間無料で聴き逃し配信をしてくれている。再生ボタンをタップする。

先週送ったお便り、読まれるかな。

ラジオは、そんなワクワクもこみこみで楽しい。
オープニング曲はジョン・メイヤーのStop This Train.いつもはベッドの中で聴く"電車を止めてくれ"というこの曲を、電車に乗った直後に聴くのはなんだか新鮮で、クスッと笑った。 

「次は、仙川」

今日も電車は、いろんな人が乗り降りする。

ラジオから流れるStop This Trainと、パーソナリティーの声を聴きながら、その一人一人と、その人が履いている一足一足を交互に眺め、やっぱりメトロに乗っている人とは雰囲気が違うな、と思った。

いつ乗ってきたかわからないが、前の席に座っている少年のあしもとは、クロックスだった。やっぱりこの街には生活感が溢れている。そういえば、昨日もクロックス履いてる人とすれ違ったっけ。
裸足で歩ける風通しの良いこの街が好きだなと、もう一度思った。

また、この街に来よう。

「今度はホットプレートらしく、お好み焼きとかにするしない?」親友に、LINEを送った。速攻で既読になって、変なスタンプが送られてきた。あっという間に電車は新宿に到着した。日曜日の新宿は人が多い。

メトロの乗り換え口まで、ゆっくりと歩いた。




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