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【テレスコープ・メイト】第2話 -Twōtter、サービス終了!?-


#2 Twōtter、サービス終了



5.『あの言葉』


アカリが『テレス』のベランダから最後にオリオン座流星群を見たのは、2070年、小学校4年生の、秋のことだった。


「そろそろ帰るか。」


今年もきれいなオリオン座流星群が、肉眼でよく見えた。

アカリツヅミは、5歳のあの秋の日の夜に、父からもらった天体望遠鏡テレスコープを順番に覗き込みながら、はしゃいでいた。

『お前たちは、テレスコープ・メイトだ!』

そう言われたあの日から5年の月日が経ち、2人は10歳になっていた。

これまでの5年間、毎年オリオン座流星群の日には雨が降らず、『テレス』のベランダからは、きれいなオリオン座流星群を観測することができた。


ピコンッ


アカリ、見て見て。めちゃくちゃキレイに撮れたから、Twōtterにあげた!」

ツヅミは得意げに、撮影した写真をアカリに見せた。



「ほら、帰るぞー。」

ツヅミに向かって、父・速手伸弥ハヤテシンヤは、声をかける。流星群はもうとっくに過ぎ去り、もう帰る支度を始めていた。


「えー!まだ此処にいたい!」

そう言ってなかなか帰ろうとしないツヅミを、伸弥は困ったような顔をして抱きかかえた。

「やめろっ!!おろせよー!」

ツヅミは、咄嗟に抵抗する。もう、10歳なのだ。父に抱きかかえられるような年齢ではない。アカリの前で、まだ子供のような扱いをされるのも、気にくわなかった。

「それじゃあ、聡一郎、また、明日な。」そう言って、伸弥はベランダの扉を開けた。

「あぁ、また明日。明日って言っても、もう今日だけど。」

聡一郎は、時刻がもう0時を回っていることを確認し、ツヅミの頭をポンポンと柔らかく撫で、またね、と言った。



観念したように、しぶしぶと帰っていくツヅミと伸弥を見送り、『テレス』のベランダには、アカリと聡一郎だけが残った。


しばらく2人で、流星群が過ぎ去った後の夜空を眺めていた。



「あのな、アカリ。」

聡一郎が、静かに口を開いた。

アカリの名前は、『ホシ』と書いて、アカリと読む。」


「うん。」

アカリは頷く。


ホシが放つ、何億光年分の輝きがね?

誰かが、ふと、夜空を見上げた時に見つけるきれいなそのアカリが、誰かにとっての、道しるべみたいにうつることがあるんだ。それは、何にも代えがたい、尊い煌めきであることを、父さんは、よく知っている。父さんの仕事はね、そういう大切な輝きを、守る仕事なんだ。人がずっと、ホシと仲良しでいられるように。そんな研究をしている。」

「うん。・・僕は、『テレス』で働く父さんのこと、かっこいいと思ってる。」

聡一郎は、そうか、と言うと、アカリの頭を撫でながら、続けた。

「だからね、アカリ。お前に、このホシの光、『アカリ』と名付けたんだよ。父さんにとってアカリは、大切な宝物で、それと同じように、この宇宙のホシも、大切な、守るべき宝物なんだ。」

聡一郎が、なんの話を始めようとしているのか、アカリには分からなかったけれど、黙って静かに聞いていた。何かとても、大切なことを言われている気がしていた。

アカリ?もし。もしも・・・ね。その、大切な宝物が壊されようとしたときが来たら、父さんは、その、壊そうとしているものと、闘いに行かなければならないんだよ。」

「・・・ホシが、壊されるの?」

「もし、壊されそうになる時がきたら、の話。」

聡一郎は、アカリの頭を撫でながら、優しくそう言った。

「僕も、行くよ!」

アカリはそう言って立ち上がる。

「お父さんが行く時には、僕も一緒に行くよ!ホシが壊されるなんて嫌だ!ねぇ、どのホシ!?そんなの、ぼくが守るよ!」

アカリを眩しそうに眺め、聡一郎はつぶやいた。

「そうか、アカリが、ホシを、守るのか。」

そうか、そうか。と、その後も聡一郎は何度もそう呟き、そしてアカリを抱きしめて、静かに、こう言った。


「じゃあ、アカリ。もしもの時は、お願いしようかな。


父さんが、どうしても困ったら。

どうしても困ったら、その時はアカリに、アカリのこと、よろしく頼む』って、ちゃんと、お願いするよ。」



「・・・僕のこと、よろしく頼む・・?」

「そう。だけどこれは、暗号だ。誰にもばれないように、父さんは『アカリ』って言うけれど、その時の『アカリ』は、アカリ自身のことではなくて、『壊されそうになっている星がある』という意味だ。アカリへの、合言葉だ。」


合言葉――。

聡一郎にそう言われ、アカリの心は、少しだけ、ワクワクした。

「『アカリのこと、よろしく頼む』は、『ホシのこと、よろしく頼む』って、そういう意味だってことでしょ!?」

「そう、正解。だけど、バレちゃダメなんだぞ?」

聡一郎は、いたずらっこのような目で、アカリにそう言った。


「わかった!その時は、僕に任せて!!」

アカリは、両手を丸く筒の形にして、目にもって行くと、天体望遠鏡テレスコープを覗き込む真似をした。

「頼もしいなぁ。」

聡一郎は、本当に愛おしそうな目で、アカリを見つめた。



その時だった。

「僕も行くよ!!!!!」

急に声がして、後ろを振り返ると、伸弥と先に帰ったはずのツヅミが、開けたままだったベランダの入り口に、息を弾ませ立っていた。

「あれ?ツヅミくん。伸・・・あ、お父さんは?」


聡一郎は、驚いて、そう問いかけた。

「お父さんが、トイレによるっていうから、廊下で一人で待っているのもつまらなくって、こっちで待ってることにしたんだ。それでさ、静かに戻って来て、アカリのこと驚かそうと思ったのにさ。」

なんだか今にも泣きそうな声で、ツヅミはそう言った。

「ずるいよ!アカリアカリの父ちゃんも、2人だけの秘密の話なんて、ずるいよ!」

ずるい、ずるい、と繰り返すツヅミが、アカリにはおかしかった。

ツヅミ、本当は夜の廊下で一人待ってんの、怖かっただけだろー」

そう言ってアカリは、ツヅミのほうに向かって走った。

「ちげーよ!!」


アカリは、聡一郎から、何かとても重い大役を、任されたようだった。一人では到底抱えきれないような、とても重大なことを、言われたような気がしていた。

ツヅミの声が聞こえた瞬間、正直、心から、安心していた。
そして、ツヅミがそれを聞いてくれていた、ということが、アカリにはとても心強く、ただ、嬉しかった。



ホシが壊れたら・・・?


そんなことが、本当に、あるのだろうか。


もしそんなことがあるのだとしたら、どの星だろう。

アカリは、図鑑に出てくるホシ達を思い起こしながら考えた。

僕一人で、なんとかできるようなことなのだろうか。

それともツヅミとなら、守れるのだろうか・・・。



聡一郎が、冗談を言っているようには思えなかった。


そして、その夜が、4人で見た、最後のオリオン座流星群の日となった。


変わったことと言えば、その数日後に、聡一郎が、前任の延沢から『テレス』の社長の座を託され、社長に就任したこと。そして、延沢が、翌年の春、日本人初・月移住者として、月に正式な住所を持ち、住み始めたことだった。


―――――――――――――――――✈︎



それは、ある日、突然、無くなった。

今まで僕らの生活の中心に張り付いていて、暇を持て余していたり、何か調べごとをしたり、ふと感情を吐露したくなった時に使われていた。

地震の最新情報を教えてくれるスピードは、時にニュース速報なんかよりも早く、フォローもしていない1秒前まで知らなかった赤の他人が、頼んでもいないのに世界中のトレンドや速報を教えてくれた。見なかったら思い出さなくてもすんだはずのあの子の日常なんかも勝手に流れてきた。そんな、ごく普通の生活の切り取りと、世界中の出来事が雑多に絡み合う、そこは、そんな場所だった。

大統領も、スポーツ選手も、モデルも、寺の坊さんも、みんなやっていた。

ユーザー数30億人。

だけどそれは決して、ユーザー数がイコールなわけではない。

1人1台以上所有しているスマートフォンの中には、各自アプリケーションごとにアカウントを複数個持っていることが当たり前で、多くの人が用途によって使い分け、皆が、幾人もの異なる【自分】を持っていた。

だから、本当のユーザー数は、誰も知らなかった。


ただ、多くの人が利用しているアプリだという認識だけはあった。


そんなアプリが、ある日、突然、無くなった。


『Twōtterは、本日でサービスを終了致します』

その、たった一言の表示だけで、誰しもが、そのアプリを使うことが出来なくなった。

これまでに投稿したすべての言葉が、この、ネットの海に放流されたまま、一世を風靡したこのアプリに、ログインすることが出来なくなった。

ブームは呆気なく閉幕し、ただ、人々が投稿した無数の【言葉】だけが、インターネット上に残されたままとなった。



―――――――――――――――――✈︎


6.Twōtter、サ終。


アカリツヅミが生まれた2060年は、人類が初めて月移住を成し遂げた歴史的な年で、その最初の月移住者は、アメリカ出身のショーンという男だった。

ショーンは、総ユーザー数30億人のアプリ「Twōtter」の創設者で有名だが、元々はアメリカで宇宙開発をしていたことから、『テレス』の元社長である延沢とは、古くからの友人でもあった。『テレス』は、アカリツヅミの父の会社だ。

ショーンが月に住むと決めた当時、移住する期間については、「移住実験」と名を打って、まずは1年間と、そう言っていたはずだった。しかし、アカリが中学3年生になった2075年の現在もなお、彼は月に住み続けている。ゆうに15年間もの時を、月で暮らしているということになる。

住所は「月ーA001」というらしい。

おそらく、月の中での、一等地なのだろう。中継される映像を見ると、安全で、裕福な暮らしをしていることが分かった。


「えー、ショーンは、2060年、初めて月に住所を持ち、本格的に居住を始めた一人目のアメリカ人です。」

1限目の社会科の教師が、最も熱い話題の単元の授業を進めている。



息を切らせて自転車を漕いだおかげで、2人は何とか授業には間に合った。しかし、頭の中は、さっきの会話でいっぱいだった。


最近、各地で飛行機の墜落事故が起きていること。

宇宙開発事業を担う『テレス』の社長で、かつ、今回の飛行機墜落事故の事故原因究明班のはずの父が、こんな大変な時に、わざわざ家に戻ってきていたこと。

もし、それが、アカリに”あの言葉”を伝えるためだったとしたら――。

居ても立っても居られなかった。



キーンコーンカーンコーン


いつの間にか、授業が終わっていた。

「おい、ツヅミ・・・」

すかさず話しかけようとしたところで、周りのクラスメイト達のどよめきの声量がそれに勝った。


「ねぇ、Twōtter、開けないんだけど!!」

「ほんとだ、俺も」

「マジで!?なんで?またバグー?」


キャハハ、という声、チッという誰かの舌打ち、何度も読み込みをトライする機械音。


アカリ、お前も?」

ツヅミは怪訝そうに後ろを振り返った。

アカリもTwōtterアプリを開いてみる。

「うん、開けない。」


「最後に投稿したの、何だったか覚えてる?」

「えー忘れた〜」

「アタシ元カレと踊ってる動画とかあげたままなんだけど〜」

「それなー」

「それでいうとさぁ」

「え?なに?」

「死んじゃった、よね…?」

「あー…ね。」

「ノア?」

「ね。」

「ショーンの娘?」

「そうそう。」

「ショーンって誰だっけ?」

「Twōtter作った人でしょ。」

「あー。」

「でもさ、うちらのせいじゃないんだから。」

「世界中、みんなアンチしてたし。」

「てか、あれ、最後は結局ノアも悪くない?」

「それな?みんな言ってた」

「だからアプリも消えたんかな。」

「まぁ、終わったんだから大丈夫っしょ。」

「てかさー、次、授業なんだっけー?」


Twōtterが、終わった!?


アカリは、焦っていた。


父さんが言った、『アカリをよろしく頼む』というあの言葉。

それを言う日が本当に来ることを、まだ信じて疑わなかった頃、一度、父さんに聞いてみたことがあった。



「ねぇ、もし”あの合言葉”を言ったらさ、僕はまず、何をすればいいの?」

「ん、なんの話だ?」

『テレス』の社長となり、日々多忙を極めていた聡一郎は、アカリの話にあまり取り合ってくれなくなったと、なんとなくそう感じていた。

「あの言葉だよ!『アカリを、よろし・・・」

だからたまに、アカリは敢えて父の気をひこうと、あの話をした。


アカリ?」

そこまでいうといつも、ようやく手を止めてくれたから。


それだけで、良かった。


だけど、その日は、急に真剣な眼差しでアカリのほうへ振り返り、急に、こんな話をし始めた。


「父さんが、本当に”その合言葉”を言う時がきたらな、その時は、父さんのTwōtterを見るんだ。」



・・・Twōtter?


「そこに、書いておく。全部、書いておくから。」


それだけ言って、聡一郎はまた仕事を始めた。


意外な答えだった。

そんな、世界中の人に見えるような場所に、何を書くというのだろうか。

分からなかった。

だけど、もしもいつか、聡一郎から『あの言葉』を言われても、何も手だてがないというよりは、マシだと思った。

それだけが、もしもの時のための、唯一の手掛かりだと思っていた。


それなのに、


Twōtterが、終わった・・・!?


これじゃあ、答えが、探せない―――。




6.サクラダリッカ



アカリは、理科室へと走っていた。

アカリ、どういうことだよ!?」

後ろを追いかけるツヅミは言った。

「父さんは、Twōtterに全部書いておくって言ったんだ。なのに、こんなにも各地で飛行機が墜落して、父さんが『あの言葉』を残して、ついにTwōtterまで閉鎖・・・!?何かある。絶対に、全ては繋がっているだろ!?」


「だからって、なんで理科室なんだよ!?」


ツヅミ。」

アカリは、階段の踊り場で立ち止まる。

アカリが急に止まるので、ツヅミアカリにぶつかりそうになりながら足を止める。


「サクラダリッカだよ。」


「どういうことだ・・・?」


「・・・入学式の日のこと、覚えているか?」


「あ・・・」



ツヅミも、思い出していた。

―――入学式。

『あの言葉』を、聡一郎が口にしたのは、実はこれが初めてではなかった。入学式の日にも一度、『あの言葉』を言った日があったのだ。それなのに、何も起こらなかった。

あの日のことだ。


◇◇◇


当時、アカリの父が務める『テレス』の宇宙開発事業部は、ロケットエンジンを旅客機に応用する技術を研究する部署だった。

地球から宇宙ステーションまでわずか10分でたどり着くロケットエンジンを使って、Beeningのようなジャンボジェットにお客さんをたくさん乗せて、乗客全員を安全に宇宙の旅へといざなう―。それが父の夢だと、アカリはずっとそう聞かされて育ってきた。

しかし、内閣府「宇宙省」とテレスの宇宙開発事業が締結してから、少しずつ開発意図が変わっていった。宇宙政策担当大臣から、『テレス』に声がかかったのは、ロケットエンジンを使った旅客機を、まずは「地球上で流通させる」というのが、国が世界に先駆けて行いたい事業の一環だったからだ。

Googlemap上を行き来するかのように、気軽に世界の主要都市間を20~30分で結ぶことができたなら、世界各国はまさにすべてが「隣国」となる。

日本は、それを世界に先駆けて実現したかった。

「いいか、アカリ。父さんの研究でいつか、アメリカやヨーロッパまで30分で行けるようになるんだぞ。」

いつの間にか聡一郎は、「地球から旅客機に乗って宇宙まで行けるエンジンをつくる」ことよりも、「より早く別の国へ行ける飛行機をつくる」話ばかりするようになっていた。

そして、アカリが小学校高学年にもなると、「役員会議」だとか「大臣との会食」だとかの理由でいつの間にか、オリオン座流星群の日に『テレス』に連れて行ってもらうあの約束も、なくなっていった。

いつも忙しそうにしている聡一郎を横目に、アカリ自身も、オリオン座流星群の日に、『テレス』に行っていいのかという確認を、もう、口にもしなくなっていた。


アカリツヅミ、聡一郎、伸弥が、久しぶりに4人で顔を合わせたのは、中学校入学式の日のことだった。

小学校の卒業式には、聡一郎も伸弥も、仕事で行くことが出来なかった。


ツヅミくん、大きくなったね。」

聡一郎は、久しぶりのツヅミの姿に微笑んだ。


「どうも。」

ツヅミも、慣れない学生服姿に、どこかぎこちない。

アカリツヅミも、もう中学生なんだなぁ。」

伸弥は嬉しそうに、動画を回す。

「おじさん、昔から好きだよね。動画撮るの。」

「そうだろ?おじさんは、なんでも記録に残すタイプなんでね。」

2073年の世界では誰も使っていないような、小さな四角い黒の箱のようなものがついた棒を、伸弥はよく持っていた。昔流行った、ゴープロ、というものらしい。



「お久しぶりです!」

入学式が終わって、校舎を出ようとしたアカリ達を見つけ、廊下の向こうの方から駆け寄ってくる教師がいた。

「リッカちゃん!!!」

伸弥は教師に向かって、大きく手を振る。

「伸弥さん、”リッカちゃん”は、やめてください。生徒の前です。」

「あぁ、そうだね。これから3年間、どうぞよろしくお願いします。」

聡一郎と伸弥は、桜田立花サクラダリッカに向かって深々とお辞儀をした。


桜田のことは、アカリツヅミも、よく知っていた。

桜田は、聡一郎たちの会社『テレス』がまだ駆け出しの小さなベンチャー企業だった時代に、同じ社宅に住んでいた延沢の愛娘だ。いつの間にか、名字が変わっていた。

「延沢のおじさん、元気?」

ツヅミは桜田に向かってそう質問する。

「元気、元気。父は、もう月に行ってから3年かな・・・?」

なんとなく桜田が、聡一郎の横顔を伺ったような気がしたが、そのまま話を続けた。

「そうだ、理科の授業ではね、お父さんに衛生で繋いでもらって、月についての講義をしてもらう予定でいるの。実際に、リアルタイムで映像が見られるのよ。月に来てみたい中学生は、大歓迎!って、張り切ってた。楽しみにしていて。」

アカリツヅミは、それぞれに頷く。


「・・・田邊さん。」

桜田は、改めて聡一郎に向き直って、一礼、深々と頭をさげた。


「この3年間、父が急に社長を田邊さんに任命してからずっと、『テレス』を守ってくださって、あの・・・本当にありがとうございます。父が、、、その」


それ以上は言わせまいと、聡一郎は桜田の言葉を遮るようにして言った。


「リッカちゃん。・・・あ、桜田先生。アカリたちを、よろしく頼みます。


「・・・はい。」



・・・” アカリを頼む” !?

この時、聡一郎は、確かに『あの言葉』を口にした。


アカリツヅミは、顔を見合わせる。

ただの、話の流れか?




聡一郎からあの話をされてからというものの、信じられないような話だと思っていたけれど、それでも、アカリツヅミは、どこかで信じてもいた。

本当に、あるのかもしれない。

どこかでホシが、何者かによって壊されそうになる事態が。

そこへ向かって、ヒーローみたいに、父は助けにいくのだ。

だって、父は、ロケットエンジンを造るような、すごい人なんだから。

そんな風に、想像もした。


しかし、アカリがテレスのベランダで聡一郎から『あの言葉』を言われてから、何も起こらないまま、3年の月日が経った。その間、聡一郎がそれを口にすることは一度もなかった。

「なーんだ、なんにも起きないじゃん。」

アカリツヅミも、『あの言葉』のことを、どこか、絵空事のようにとらえ始めていた。父から『合言葉』だなんて言われて、少し喜んだ自分も、なんだかバカみたいにすら、思えていた。


それが、ここに来て、3年ぶりに4人が顔を合わせた日に、聡一郎の口から『あの言葉』が聞かれたのだ。


・・・!?

父さんは、何かを伝えようとしているのかだろうか。

本当に、合言葉なんだろうか。


分からなかったけれど、アカリツヅミは、『テレス』社の公式Twōtterや聡一郎の個人アカウントを、注意深く見た。

しかし、本当に、何も起きなかったのだ。

それからの日々も普通に続き、聡一郎も伸弥も、何事もなかったように職務に励んでいた。


「やっぱり、本当は、ホシが壊されるなんてそんなこと、なかったんだよ。」

ツヅミとその話になるたびに、アカリは悲しいような、悔しいような、そんな気持ちになった。


あの日、テレスであの言葉を言った時の父の表情には、嘘など何も含まれていない確かさがあった。


なんなんだ!?

嘘なのか??


じゃあ、なんで父さんは、あんな話をしたんだよ・・・


中学3年間、アカリはずっと、そればかりがひっかかり、胸の内から消えなかった。


◇◇◇



理科室に向かう廊下で、アカリは声を潜めてこう言った。

「あの日、あの入学式の時、確かに父さんはあの言葉を口にした。何も起こらなかったから、会話の流れでそう言っただけだろうって、そうやって何度も何も無かったんだって思ってきたけど・・・

でも、桜田先生が言いかけていた何かだけが、ずっと、どこか引っかかっていたんだ。」

「うん・・・だよな。それに今、情報を知っていそうな人も他にいない。他をあたれないなら、桜田先生のところへ行くしかないか。」


2人は、頷き、走り出した。



―――――――――――――――――✈︎



【 企画書 】


なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。



◇◇◇



【 第3話 】


【 マガジン 】


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。