【テレスコープ・メイト】第8話 -理由-
【第1話】
【第7話】
17.ぼくたちの未来
「エイジュー、オリオン座流星群、ビデオ通話しながら一緒に見ようよ!」
延沢英寿のフェイスボックスのメッセージに、ショーンからのお誘いメールが届いた。延沢のアカウント名@eijyuuu15は、名前のヒデトシの漢字を音読みにしたものだった。そのため、海外アカウントの友達からは、エイジューと呼ばれることが多かった。
「わかった!『NAZAからの贈り物』は学校で使ってるタブレットで流して、スマートフォンでビデオ通話を繋げるよ。」
「そうしよう!ディーナもいるよ。」
「OK!」
日本とショーンの住むカリフォルニアの時差はマイナス18時間。学校が終わる、日本の午後4時頃にビデオを繋ぐと、カリフォルニアは前日の22時。ショーンとディーナのいる場所から見えるオリオン座流星群と、ニホンから見るオリオン座流星群は、時差があるおかげでビデオ通話をしながら、日本では見ることのできない時間にアメリカの流星群を見ることができた。
「ディーナ、流星群知らないんだって。」
「そうなの!?じゃあ、見えるといいね。」
「通話繋げる時、また連絡するね!」
ショーンの家には、2023年から、ディーナという新しい家族が増えたのだということを、前に聞いていた。ディーナはウクライナからショーンの家にやってきた難民の女の子なのだということ以外、詳しい事情は知らなかった。
◇◇◇
「2人は、ずっと仲良しなの?」
オリオン座流星群は、どれだけ運が良くても、1時間に10個から20個程度しか見ることのできない流星群だ。
それを、今か今かと待ち望む。
ビデオの向こう側には、ショーンの隣にちょこんと座るディーナの姿が画面に映っていた。
「そうだね。まだ、会ったことはないけど、仲良しだね。」
「ア、チ、ムーラ?」
ディーナの英語は、時々自動翻訳アプリで拾えないなまりがまじる。
「ん?なになに?」
「あ、阿智村のこと。去年、8歳の誕生日プレゼントとディーナを家族に迎え入れた記念に、日本の阿智村という場所に、星空キャンプに行ったんだ。」
ショーンが補足する。
「あぁ、阿智村かー。あそこは、日本一星のきれいな場所で有名だからなぁ。」
「エイジューは、阿智村に住んでるのかって、ディーナが聞いてるよ。」
「あぁ、僕は、東京だよ。日本の、東京っていう場所。」
「トーキョー。」
「そうそう、東京。」
「いいな、トウキョウ。・・いいな、メイト。」
「メイト?」
「メイト。」
「メイトって何?」
「んー、トモダチ?検索したら、friendってでてきた。イギリスとかオーストラリアで、親しい友人を表すときに使うって。」
「あぁ、ディーナのおばあちゃんがイギリスの生まれだもんね。」
ショーンがそう言うと、ディーナは、うん、と頷いた。
「ディーナ。ディーナの、メイトは?今、どこにいるの?」
英寿がそう聞くと、ディーナは、コクリと首をうなだれて、目にいっぱいに涙を浮かべて、「いない」とだけ、そう答えた。
「いない。」
「・・・そっか。」
「死んじゃった。」
そうか。
ディーナは、難民として、ショーンの家にやってきた女の子だった。
英寿は、言葉が、うまく出てこなかった。
「ディーナ?」
画面の向こう側で、ショーンはディーナのほうに体を向けて、しっかりとディーナの目を見た。
「ディーナには、大人になったら、なりたいものがある?」
「私には、大人になる未来が来るのかなぁ。」
「来るさ。」
「大好きだったメイトには、大人になる未来が、来なかったよ。」
「ディーナ・・・」
「お父さんも、お母さんも、おじいちゃんとおばあちゃんになる未来が、来なかったよ。」
「うん、、」
「なんで私だけ、大人になる未来が来るのかな。なんで私だけ、アメリカにいるのかな。なんで私だけ・・・大人になるなんてやだよ。大人になったら戦わなきゃいけないんだよ。守ってもらうためには自分も戦わなきゃならないんだよ。人を殺さなきゃならないんだよ。誰かが大人になる未来を、止めなきゃならないんだよ。」
「ディーナ。」
英寿には、ディーナの抱えるその傷の深さは、到底計り知れなかった。
戦争のない国、日本に、たまたま生まれた。
なんの疑問ももたずに、将来の夢を語ることのできる日本に生まれた。
同じ地球に、たまたま生まれただけなのに、英寿とディーナの抱える心の痛みには、こんなにも大きな乖離があった。
目の前で、どんな悲惨な光景を見てきたの?
どううやって、どんな思いでアメリカの大陸までやってきたの?
ディーナがたまたま生まれた場所が、戦争のある国でないといけなかった理由は何?
大人になったら戦わないといけないんだっていうふうに、そんなふうに当たり前に怯えて生きなければならないほど何か悪いことをしたの?
神様なんか、いないよね。
生まれてくる場所なんか、選べないもんな。
生きていく場所なんか、選べないもんな。
「エイジュー!!」
ショーンは叫んで立ち上がった。カメラを両手で押さえているのが分かった。
「エイジュー。僕ら、月へ行こう?
ねぇ、僕ら、あの月へ行こうよ。誰もいない、あの月に行こう。そして僕らだけで生きていくんだ。争いごとを起こす人なんか月に一人も入れちゃダメなんだ。なかよしでいられる人だけを月に招待するんだ。だけどゾウやキリンやライオンやイルカはどうやって連れていく?エイジュー・・僕たちで早く、ものすっごーく大大きな飛行機を作ろうよ。NAZAがよく言ってるだろう?ロケットは小さくって、必要なものを全然運べないんだって。だったら、イルカもクジラもゴリラもシマウマも、みんな乗せて月に行ける大きくて頑丈な飛行機を、僕らがつくろうよ!それで、、、それで、新しい星で、ずっと、暮らしていこう?地球の大切なものを持って、月へ、行こうよ。」
ショーンは泣きながら、英寿に訴え続けた。
「僕らは、月へ行くんだ。」
「・・ねぇ、ショーン、エイジュー。
私ね、月へ行ったら、将来の夢、持ってもいいかな。」
「そんなのさ、いいに決まってるじゃんね。」
「うん。いいに決まってるよ。」
「あのね。・・あのね、私ね。私は私の力で助けたい人がいるし、未来にはそれを待ってる人がいるって信じてる。
私には、妹がいたの。3年前に、生まれたの。病院でね、生まれるところを、見たんだ。助産師さんが、おいでってしてくれて。お母さん、とっても健康で元気だから、赤ちゃん、きっとするっと出てくるから、そばにいてあげていいよって。そばで見てていいよって、そう言われたの。そうしたら、本当にするってでてきた。
すっごく元気に泣いてたんだ。お母さんも、とっても元気だったんだよ。でもね、戦争が始まって、お父さんは兵隊さんになって会えなくなっちゃって、お母さんと妹と、ずっと逃げていたの。すっごく怖かった。どこにいたって何かが爆発する音が聞こえるの。叫び声とか怒鳴り声とか、すっごくすっごく聞こえるの。妹が、泣き止まなくって。一緒に隠れていた人達から、静かにしてって、毎日怒られた。それでも妹は泣き止まなくて、お母さんと私は、毎日、シェルターの中で、居場所が、なかった。そしたらね、お母さんが、急に、ちょっと待っててねって言って、出ていったの。2日、帰ってこなかった。なんであの時、一緒に私も出ていかなかったんだろうって、悲しくて悲しくて、何も考えられなくて、どうしようもなくて・・・
そしたらね、2日後に、お母さんが、いつもの優しい顔で、帰ってきたの。妹が・・・いなかった。どうしたの?って聞いたら、私のポシェットの中に、封筒を入れた。”あなたが、あなたとして、生きられる場所に行くわよ。”って。そんな場所があるの?って、もう、戦争は終わったの?って、いっぱい聞いたんだけど、お母さん、私の手を繋いで、歩き続けた。そしたらね、知らない場所についたの。その場所にいた男の人に、”この子のポシェットの中に、入っています。”って、そう言って、私に、その男の人と、手を繋ぐように言ったの。それでね、、、、お母さん、一緒に行かないの?って、何度も聞いても、お母さん、いつも、学校に行くときとおんなじようにね、”行ってらっしゃい”って、何度もね、何度も、、、、、」
それは、ショーンにとっても、初めて聞く話だった。
「眠っていたのかもしれない。忘れちゃったのかな。分からないけど、気付いたら、アメリカの空港にいたの。いろんな人が大勢いた。なぜだか私は、誰だか知らないたくさんの人達と一緒にアメリカにいた。食べ物をたくさんもらった。なんで、なんで私はここにいるの?お母さんは?なんで?どこに行ったの?何度も何度も聞いてもね、誰も答えてくれないの。
それから数週間経ったのか、時間とか、日にちの感覚がなかったけれど、しばらくして、ショーンのお父さんが、私に会いに来てくれた。今日から、家族だよって、急に言われたの。家族?家族って何?私の家族はウクライナにいるよ。私はなんでここにいるの?聞きたいことだらけだったけど、誰も、何も、教えてくれないの。分からないの。なんで私だけ生きているのか。
分からないの。なんにも。
・・・だけど、私ね、本当は、助産師さんになりたいと思っていたんだ。
妹が生まれた時からずっと、そう思っていたの。
生まれたら、死ぬ。
死ぬってことは、生まれた事実も確実にあるの。
その二つを大切にできる人になれたら、
生まれてから死ぬまでのそのあいだも絶対に大切にできると思うの。
そして、それを知ってるからこそ人に伝えられるし、伝えないといけないと思うの。少しでも生きることを大切にしてもらえると思うの。
本当は救いたい人が沢山いるよ。
身体もそうだけど、心も救ってあげたい。
そんな助産師さんになりたいって、夢があったんだったなってこと、もう随分、忘れちゃってたよ。」
「ディーナ・・・」
「月に行けたら、ね。助産師さんに、なってもいいかなぁ」
「なっていいよ、なろうよ!月に、赤ちゃんが生まれる場所、つくろうよ。月で生まれたら、その先はずっと安全に暮らせるよ。」
「うん、絶対。約束する。僕は、まず、NAZAで働く。月のこと、宇宙のこと、調べるよ。エイジューは、地球に残って、月まで行ける大きい飛行機をつくってくれ!ディーナも、助産師さんになるための勉強するんだよ。」
「おう!”月に行けたら”じゃ、ないよな。行ったら、だよ。行けるから。絶対、行けるから。」
「・・・ありがとう。私、この夢を持てて、幸せだよ。」
ありがとう。
ディーナは、ウクライナで今もきっと、生きているはずの母を思った。
泣くほど叶えたい大切な夢を持たせてくれて、ディーナを生んでくれてありがとう。夢に対して、なりたいことに対して、こうなりたいって思いすぎて泣けたことなんて初めてだった。こうなりたいって思いが強くて、でもまだそんなこと出来るはずない歯がゆさと、なってやるって強い思いがぐちゃぐちゃだ。お母さん、みててね。がんばるから。
ディーナは、ショーンの望遠鏡をのぞきながら、月を見て言った。
「私たち、きっと、テレスコープ・メイトだね!」
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そんなことがあったなんて・・・
聡一郎と伸弥は、延沢の過去を、初めて河野から聞いた。ショーンとの関係も、ディーナの存在も、何も、聞いたことがなかった。
「だけどね。」
河野は、聡一郎と伸弥に、あるデータを見せてきた。
「月でも地震が起きていると言うことが、分かったんだ。」
「え・・・?」
「延沢くんが生まれたのは2010年。ショーンが生まれたのは2015年。君たちにはあまり馴染みがないかもしれないが、2011年に、この国では、とても大きな震災が起こった。延沢くんは、その時の津波で、お父さんを亡くしているんだよ。お母さんの美智子さんが女手一つで育ててきたが、延沢くんのお父さんと旧友だった私に、相談してくることも度々あった。まだ1歳の延沢くんを連れて、夫を亡くして、被災生活を送るのはとても困難を極めたと思う。延沢くんは自身はまだ物心つく前だったから、あまり当時のことは記憶に残っていないんだとよく言っていた。美智子さんは、偉かったよ。延沢くんのことを、学校にもちゃんと通わせて、できるだけやりたいことをさせてあげたいって、ピアノまで習わせてあげていた。相談内容なんて毎回"
そんなこと”なんて思ってしまうことばかりだったけど、お母さんとしてみれば、息子のどんなことだって”そんなこと”じゃなかったんだろうなぁ。”お遊戯会で、出演時間3秒の『おこりんぼう』なんて役に立候補するんですよー”とか、ある時は”鼓笛隊でメロディオンに立候補したんですよ!”とか。いいじゃないか、と言うんだけど、美智子さん、子育ては分からない、大変だって、いつも、笑いながら言っていたなぁ・・・思えば、延沢くんが結婚した美佐さんも、美智子さんに随分よく似た女性だった。好きだったんだろうなぁ、お母さんのことが。」
「河野さん。・・・どうして延沢さんは、美佐さんとリッカちゃんと、家族の縁を切る必要があったんですか?」
「巻き込みたく・・・なかったのかもしれない。」
「巻き込む・・・?」
「そうだ。月震がくることが分かると、延沢は、真っ先に私のもとへデータを見せにきた。日本の最高峰の耐震技術を月でも応用できないか研究させてくれ、と。まだ月のレゴリス(表土)をどこまで掘り進めていいのかも未知だったから、私は反対したんだ。でも、ライドテントを設置する時点で、彼は引かなかった。”安全な場所でないと、意味がないんです”と。彼は本当に、月を平和で安全な場所に、したかったんだろうなぁ・・・」
「だからと言って、なぜ、縁を切らなければならなかったのですか・・?」
「ノアを、守るため、だったのかもしれないな。」
「ノア・・・?」
「ショーンとディーンの、子供だ。」
◇◇◇
【企画書】
なぜこの作品を創りたいのか、という自分の中の道標を見失わないように、IntroductionとProduction noteを書きました。
◇◇◇
【第9話】
【マガジン】
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。