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みちのく津軽ジャーニーラン266km完走記 その9 この漢、底が知れん! (49.5km日本海拠点館~95.5km鰊御殿 後編)

イマココ
イマココ


制約と誓約

過去2度出場した「短い方」において、いずれもこの55km地点から67.6km亀ヶ岡遺跡、そして95.5km鰊御殿までの道のりで完全にダレてペースを見失ってしまった底辺ランナーの俺。しかし、今回は「長い方」でチームメイトをゴールさせるというミッションがある。こんなところでダレるわけにはいかない。俺は次なるカードである「ヒロポンのよもやま話その1 恋バナ」を切った。極限状態においては、どれだけ気を紛らわせる手段を持っているか?、が勝負を分けることもある。俺はありとあらゆる苦難の想定をして、数十の気の紛らわせ術を脳内に格納していた。ただ前述の通り、そのままヒロポンに恋バナをさせていては、長い道中、あっという間に話が終わってしまう。全ての恋愛に関する話が、「え?目が合ったら向こうから来ますよ?」で終わってしまう。そこで、電柱ゲームにおける「7本走って3本休み」の「3本休み」の間だけ話をしてもらうことにした。

ヒロポン「あれは大学1年の夏休みの話だったんですけど・・・」
俺「はい、スタート!」

(電柱7本分走る・・・)

俺「ここまで!ナイスラン!」
ヒロポン「ナイスラン!ここまでキロ8分10秒です。いい感じです。で、続きなんですけど、大学1年の夏休みに当時の仲間とキャンプに行きまして・・・」
俺「はい、スタート!」

(電柱7本分走る・・・)

俺「ここまで!ナイスラン!ナイスペース!」
ヒロポン「いや、もうほんとにここらへんいいペースですよ。これならキロ1分ずつぐらい貯金できますね。で、大学1年の夏休みに男3、女3でキャンプに行った時の夜にですね・・・」
俺「はい、スタート!」

(電柱7本分走る・・・)


このように、本来なら1恋愛あたり3秒ほどで終わるはずのヒロポンの恋バナを、可能な限り薄く長く伸ばすことによって、我々一同はかなり多くの時間、気を紛らわせることができた。俺とエンディはそんな進まないヒロポンの話にも十二分に興味を示し、「ほんでほんで?」と少しずつ先を促しながら聞いていたが、「他意のない族」かつ知性とデリカシーがないマッキー(デリナシー)は、「で、その子とは〇ッたんすか!?」と大声でいきなり本題に踏み込んでいた。こういうときはコンクルージョン・ファーストじゃなくていい。

「制約と誓約」。自らの行いや思考に深く強い制約を課すことによって、誓約(コミットメント)した目標に対して向かう力を増大させる。イチローは誰よりも早く球場に向かい長時間カラダのケアを行うことで、20年以上に渡り最多安打数を常に競う打者として活躍した。CR7はおそらくサッカー界で最も厳しいトレーニングと食事管理をすることにより、歴史に名を残すサッカー選手となった。我々はヒロポンの講和時間に厳しい制約を課したことにより、誓約した266km完走、のための前半の勝負所である鰊御殿に15時間で到着という目標に近づくことに成功していた。

「制約と誓約」 Source:みんな大好きHunter×Hunter


マッキー in Trouble

センター試験に出るのでみんな読みましょう

55km地点のコンビニから67.6km亀ヶ岡遺跡の12.6km区間は、全体の距離からすればほんの一部に過ぎない。また、ここまでは極めて順調に来ている。しかし、過去2回俺が苦戦した区間だけあって、今回も俺たちの中にいくつかの暗い影を落としつつあった。一つは、結構な向かい風。確実に体温を奪うレベルで風が強く吹いており、俺も何度か坊主仕様のヅラが飛ばされそうになったぐらいだった。用意してあったウィンドブレーカーを着ることで事なきを得たが、前に進むスピードが分かりやすく低下するほどには、強く吹いていたと記憶している。もう一つは、やはり疲労。電柱ゲームでペースを保ててはいたが、やはり至極単純に「俺たちはもう既にかなり疲れている」という事実は否定し難く、なかなかに俺たちを悩ませた。

そんななか、マッキーが遅れ始めた。序盤から「体格が違うから歩幅が合わない」ことを理由に後ろに行ったり前に行ったりしていたマッキーだったが、ここに来て明らかにマッキーは遅れるようになった。10m後ろ20m後ろという次元ではなく、100m200m、いやそれ以上に離れることも頻繁にあった。電柱ゲームすら、もはや同じタイミングではできなくなっていた。後から聞いたら、嶽温泉を出た直後ぐらいから既に膝の痛みがあったり、そもそもいつも通り走れない体調の異変があったりと、いくつかの不安要素を抱えていたらしいのだが、この時はそんなこと知るよしもない。もうダメか、まぁ67.6km亀ヶ岡遺跡か、最悪でも95.5km鰊御殿で休んでいる間に合流するだろう。タイム的には余裕はあったが、体力的に余裕がある状態ではなかったので、俺たちはそのままのペースを刻んだ。マッキーは完全に見えなくなった。


マッキーのことは心配だが、俺たちは俺たちで他人の心配ばかりをしていられる状況ではない。体力が底を尽く前に、少しでも前に進んでおかねばならない。気を取り直して何度か電柱ゲームを重ねる俺たち。「でさぁ、ヒロポン」、横にいるはずのヒロポンに向けて話しかけると、なんとそこには視界から完全に消えてたはずのマッキーがいた。え?マッキー?なんで?だってお前、さっき見えなくなったじゃん?マジ?マジでなんで???山王工業のエース沢北に幾度ぶちのめされても都度這い上がり、ついにはライバルを凌駕するに至った時の湘北のエース・流川を見て、かの名キャプテン赤木剛憲氏はかつてこう言った。「この男、底が知れん!!!」俺もこのときマッキーに対して全く同じ感想を持った。エンディも無表情に驚いていたし、ヒロポンも恋愛話を中断するぐらい驚いていた。「いやー、きついっすわ!ち〇こ!」と叫ぶデリナシーなマッキー。どこにそんなエンジン積んでいやがったんだ。大迫より半端ねぇ!

Source:スラムダンク29巻ぐらい

マッキーのあまりにも桁外れの脚力に、しばし言葉を失った俺たち。驚きもそこそこに、再び電柱ゲームを開始する。そしてまもなく、マッキーはまた遅れ始めたのであった。少し粘った後、あっという間に視界から消えていってしまった。やはり無理が祟ったか・・・。仕方あるまい、俺たちに追いつくためにあれだけのダッシュをカマして、無事であるはずがない。大丈夫だマッキー、あと5kmほどで現れるはずの亀ヶ岡遺跡か、その先の鰊御殿ではきっと合流できる。俺たちは仲間だ。お前と必ずゴールする。だからいずれ追いついてこい。待ってるぞ。
 

そんなことを思いながら、横を走っているはずのヒロポンに話しかけると・・・それはまたも視界から完全に消えていたいたはずのマッキーだった。「いやー、きついっすわ。ところでヒロポン、その子は何カップだったんすか!?」と大声で叫ぶデリナシーなマッキー。山王工業のエース沢北に幾度ぶちのめされても都度這い上がり、ついにはライバルを凌駕するに至った時の湘北のエース・流川を見て、かの名キャプテン赤木剛憲氏はかつてこう言った。「この男、底が知れん!!!」俺もこのときマッキーに対して再度全く同じ感想を持った。エンディも再度無表情に驚いていたし、ヒロポンもまた恋愛話を再度中断するぐらい驚いていた。

Source:スラムダンク29巻ぐらい 好きな選手は一之倉

開いた口がふさがらない俺たち。もうダメだと思ったのに、一体なんなんだお前は。確かにマッキーの走力が高いことは知っている。俺たちの中で言えば、常勝漢・エンディの次ぐらいに走力はあるだろう。直前の野辺山ウルトラ100kmもなかなか良いタイムできっちり完走している。それにしても、この60km以上走ってきて疲労困憊の状況で、視界から消えるほど遅れて、それでなかなかのペースを刻んでる俺たちに追いつくなんて・・・。オオターニサーンより半端ねぇ!

・・・と思ったのもつかの間、マッキーは今度こそ本当にいなくなった。もう、俺たちについてくる力は残っていないようだった。後ろを振り返ってもライトすら見えない。完全に終わったか。しかし大丈夫だマッキー、俺たちは仲間だ。あとほんの数km先の亀ヶ岡遺跡か、鰊御殿までにはきっと合流できるはずだ。お前がよしとするペースで来い。とりあえず、先に亀ヶ岡遺跡で待っている。あそこでは20分ほど休む予定だ。お前のペースでも十分に追いつくぞ。視界から完全に消えたマッキーに、俺はエールを送った。

 
電柱ゲーム、ポールゲーム、街灯ゲームを駆使して、疲労をだいぶ溜め込みながらも、なんとかスタートから9時間45分で67.6km亀ヶ岡遺跡まで着くことができた。完璧である。亀ヶ岡遺跡は、エイドの手前に巨大な土偶が祀られている。土偶は無表情、チームメイトのエンディも負けないぐらい無表情。これはどっちが無表情かを比べないとねなんて話をしながらエイドに向かうと、「ほらやっぱり!」と大声で近づいてきた漢がいた。はるか後ろにいて、視界から完全に消えたはずのマッキーだった。

「はぁぁぁぁぁぁ!?」俺たちは驚嘆の声をあげた。だ、だって、お前、後ろに消えたじゃないか!?なんで前にいんの?てかなんなの?マジでなんなの?全く意味が分からない。え?え?どういうこと?え?着いたの5分前?は?マジ?なに?どゆこと?すごすぎを通り越してすごすぎない!?マッキー曰く、我々が途中で道を間違えたらしく、正しい道を選んだマッキーはその間爆速で追い上げて途中で抜き去り、事ここに至る結果となったらしい。しかしどう見ても間違えたと言われている道は大したロスになっていないし、そもそも視界から外れるほど遅れていたマッキーが、俺たちより5分ほど前にエイドについていたという事実が、なんど計算しても信じられない。山王工業のエース沢北に幾度ぶちのめされても都度這い上がり、ついにはライバルを凌駕するに至った時の湘北のエース・流川を見て、かの名キャプテン赤木剛憲氏はかつてこう言った。「この男、底が知れん!!!」俺もこのときマッキーに対して再々度全く同じ感想を持ったし、エンディも再々度無表情に驚いていたし、ヒロポンもまた恋愛話を再々度中断するぐらい驚いていた。一体どんな脚力をしてやがるんだ、この漢は。マジであり得ない。

Source:スラムダンク29巻ぐらい 憧れは丸ゴリ

この頃から、俺とエンディとヒロポンの間では、マッキーへの尊敬の念から、あだ名ではなく「古間木選手」と呼ぶようになっていた。以後はぐれることがあっても、「古間木選手はどこですか?」、「古間木選手のことは気にしないでください。大丈夫です。」、「そうですね、古間木選手ですもんね」といったような会話が繰り広げられることになった。ちなみに前述の通り、このエイドには巨大な土偶が祀られている。無表情なエンディが土偶に似ているという説は兼ねてからあり、それをいじってはきたものの、いやほんとにそこまで似てるはずないやんけ、と心の中では思っていた。あくまでパロディや、と。ということで念のため確認したら、瓜二つどころか瓜八つだった。

どちらが本体でどちらがスタンドか分からない
最近笑顔の練習を積み重ねてきたというがやはり似ている
せっかくなので2on1
さらに3on1

このエイドではしっかりと補給をし(もっと早くくればうどんがあったらしいのだけれど、この時間はそばしかなく。そばアレルギーの俺は悶絶)、しっかりとストレッチをし、時間に余裕があったため5分ほど仮眠もすることができた。28km先の95.5km鰊御殿を目指すための準備をしっかりすることができた。やっぱり4人がしっくりくるぜ!なお、さんざんエンディのことを土偶土偶と言ってきたが、最終的にこのレースでの土偶No.1(圧倒的無表情)を勝ち取ったのは、ネイティブ・ボーン・土偶のエンディではなく、新たにライジング・土偶として台頭した漢だった。またその話は後ほど出てくる。


夜明け、一路鰊御殿へ

67.6km亀ヶ岡遺跡を出たのは、午前3時頃。前日17時にスタートした俺たちは、約10時間動き続けてきた計算になる。目標とする95.5km鰊御殿までは、あと約28km。これを5時間で行けば良い。兼ねてから考えていた通り、ここで鰊御殿到着目標時間を、15時間から14時間半に変更した。巻くことができた時間の分だけ、鰊御殿で休むことができる。さぁ、いこうか。

正直、この28kmの区間の序盤はあまり記憶がない。2つだけ覚えていることがあって、夜に弱い俺にしてはほぼ眠気に襲われなかったことと、コンビ二が意外と遠かったということだった。レースの直前まで寝まくるというプランは明らかに俺のコンディションを上げており、1晩目はどうやら眠気に悩まされることがないまま乗り越えることができそうだった。コンビニは80km地点手前らへんにあったと記憶している。何を食べたとか飲んだとかも、なぜか全く覚えていない。そうこうしているうちに、少しずつ空が白んできた。1晩目は俺たちの勝ちだ!


ここまでの所頻繁に遅れていたはずの古間木選手は、今度はなぜかさっさと先に行ってしまった。大丈夫、古間木選手のことだから、後ろに行っても爆速で追い上げてくるし、先に行ってもどこかで会えるだろう。それまでのあまりにも不安定な走りに対する不安感はどこへやら、俺たちは古間木選手への圧倒的な信頼を胸に、前を向いて走っていた。太陽の光というのは、やはり我々人類にとって不可欠なエネルギーを含んでいるのだろう。どうということはないのに気持ちは明るくなり、足取りも軽くなる。疲れているはずなのに、それまで感じていたような重さがなくなっていく。14時間半で鰊御殿、14時間半で鰊御殿、14時間半で鰊御殿!前回18時間もかかった鰊御殿に、そんな理想的なタイムで到着できそうな現実が嬉しい。俺は、かの土偶に失礼なぐらい、笑顔になっていた。十三湖が見えてきた。風が強烈に吹く、十三湖大橋を登る。「短い方」だと、このあたりを通るのは夜の時間。過去2回この橋を登ったが、今回ようやく十三湖の全景を視界に収めるにいたった。そうか、今まで知らなかったけど、お前はこんな顔をしていたんだな。あと少しで鰊御殿だ。

経験値は財産になるが、記憶違いは障害になる。俺の記憶だと、十三湖大橋を越えたらすぐに鰊御殿への分岐に入るはずだったが、どうやら全然違った。大橋を越えてから5kmほども進まないと分岐は出てこず、口に出して言うことではないので黙っていたが、俺は結構消耗していた。あれ?あれ?想像していた距離が想像を超えていたとき、想像をしていなかった場合よりも疲労感が増す。なんか一気に疲れてきた。とはいえ、だいぶ先に行っていた古間木選手にも合流することができ、今度こそ本当に鰊御殿に向かうための分岐にたどり着くことができた。
 
本当にあと少しで鰊御殿だ。思えば、3年前はここで17時間ぶりにカイザーと会ったんだった。「鰊御殿までは絶対に一緒に行こう」スタートの時にそう言って共に走り始めた俺たちは、しかしたったの3kmで半永久的に別れることになった。「先に行っててください!あとで追いつきます!」そう言い残してコンビニのトイレに消えたカイザーは、その後爆速で俺を追いかけた。しかしその時、俺は俺で別のコンビニでOPPにハマっていた。そんなことに気づかず爆速を続けたカイザーは、その後すっかり俺のことなど忘れ、鰊御殿にあっという間にたどり着いて爆睡し、折り返してくる道すがら俺と再会したのであった。俺と再会したときのカイザーは、「ああ、あなたもこのレースに出ていたんですね」といったような面持ちだった。多分、俺のことは忘れていたのだろう。仕方ない、この漢はこういう人間だ。ていうか色んな意味で人間じゃねぇ。。

「シャワー浴びたいから僕先いきますわ!」そう言い残してまたも俺たちを引き離して先に行ってしまったのは古間木選手。序盤に先に行くメンバーに対して舌打ちしていたエンディも、この頃には菩薩の表情になっており、全てを赦すようになっていた。徐々に、徐々に鰊御殿が近づいてくる。もう14時間半での到着も確実なものと言って良い。地面に大きく書かれた矢印に従い、左に曲がると鰊御殿が見えてくる。やった。やったぞ。序盤最大の目標である鰊御殿に、予定していた15時間から30分も巻いて到着することができた。「おつかれさま!」、「いらっしゃい!」、「ゆっくり休んでね!」スタッフの方々もあたたかく出迎えてくれる。最高だ。

「勝ちました!」俺は久々に勝利宣言をした。実に、7時間半ぶりの勝利宣言だった。

***
退かぬ、媚びぬ、省みぬ!
我が生涯に一片の悔いなし!

羅王







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