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みちのく津軽ジャーニーラン266km完走記 その8 疲れた時こそリズミカル!(49.5km日本海拠点館~95.5km鰊御殿 前編)

イマココ
イマココ

一口大のサイコロステーキ

49.5km日本海拠点館まで、頑張ってスタートから7時間で着きたかった俺たち。しかし、ペースを着実に刻めたのが良かったのか、予定より20分速く6時間40分で着くことが出来た。勝った。勝ってしまった。俺は横にいたエンディに微笑みかけた。エンディも、普段は無表情なのに微笑んでいた。多分。

戦友(とも)とともに大好きなソフトクリームを前に、とても嬉しそうな微笑ンディ


補給に関しては、エイドがある日本海拠点館ではなく、その1km手前のローソンでしっかりと済ませていた俺たち。エイドの存在は限りなく有難いが、1%でも勝利の確率を高めるため、感謝をしつつ物資豊富なローソンを使うのがサムライ魂流。弱者が生き残るには、取捨選択をする必要がある。特に俺はレースが進むと、エイドに置いてあるものから順に食べられなくなる。よって、少しでも味や食感を選べるコンビニの活用は、死活問題と言えるほど重要だ。エイドの方々に御礼を言って、日本海拠点館を後にした。夜間は日本海拠点館のトイレが使えないため、エイドから800mほど先にある公衆トイレで、久々のOPPをした。またまた「歩幅が合わないので先行ってます!」と言って先を進んでしまったマッキーは置いておいて、この公衆トイレ横の広場で俺たち3人はゆっくりとストレッチをした。俺は、エンディとヒロポンの2人に言った。「勝ちました。勝ってしまいました。早めに設定した目標に対して、さらに20分のアドバンテージです。もはや優勝です。」266kmのレースでたかが50kmを走ったぐらいで何を大げさなと思うかもしれないが、こうやって小さな成功を承認し分かち合うことは、過酷な目標達成の道程ではとても大事なことだと思う。

ちなみに、普段から人に対して丁寧に接するエンディが、珍しく押しつけがましく皆の分を買ってリアルに押し付けてきたのがこちらの筋膜ローラー。50kmも走ると一般的な人間の感覚としては限界に達しており、筋肉はそれ相応に酷使されている。その緊張と疲労を開放してくれるのがコレ。我々ギリギリランナーにはなかなかに効果的で、エンディがわざわざ背負ってきたこの棒を奪い合いながら、今後の作戦を練った。


この頃から、俺たちが「〇〇まで△△なペースでいけば間に合う!」、「それはもう勝ち確定ですね!」と大声で話しているのを、近くで聞いて参考にする参加者の方が増えてきたように思う。「ほう?このペースなら完走ですか?なるほどなるほど・・」と道行く紳士たちに声をかけられた。みちのく津軽の「長い方」はA級やS級、最低でもB級妖怪ぐらいの走力を持つ参加者ばかりなので、基本的には「鰊御殿まで14時間」、「ふるさと体験館までキロ9分」、「ゴール目標は45時間」といったようなおおざっぱな目標設定をしている方が多いように見える。また多少おおざっぱな目標でも、それを実現する実力があり、多少ズレても修正する脚力も持ち合わせているから問題ないと思われる。ただ我々のようなD級妖怪だと、KPIは細かいに越したことはない。100km先、何十時間も先のことなんて、想像できないしコントロールもできない。計画からズレたときに対応する走力もない。

よって俺は、目の前にコース一覧を完全に再現できるほどに、1km単位の細かいペース表を作って解像度をめちゃくちゃ高い状態に保ち脳内に格納しておくことにした。龍飛地区コミュニティセンターまでの全てのエイドへの到着時間、所要時間、キロ数、ペースをソラで言えるほどに、俺の脳内はみちのく津軽化していた。生肉5kgを噛みちぎる強靭な顎は持っていないが、一口大のサイコロステーキなら、なんとか食べ続けることができる。遠大なる目標も、サイコロステーキ化することが大事だ。俺は脳内コンピュータがはじき出した次なる目標を確認し、チームメイトに託宣した。「15時間で鰊御殿に着く、その目標はほぼ達成できたと見ていい。なぜなら、ここからあと46km、8時間。キロ10分半使える。途中で30分の休憩も入れよう。それでもキロ10分使える。勝ちだ。勝ちだぞぉぉぉぉ!」

ひとまずは5km先にある、55km地点のローソンを目指す。国道101号線と県道12号線が交わるこの地点を左折すると、あとは67.6km亀ヶ岡遺跡、そして序盤最大のエイドポイントである95.5km鰊御殿まで、一直線だ。先に行ったはずのマッキーともこの55kmローソンで合流し、黄金のカルテットが再集合することとなった。ここから先、80km地点ぐらいまではコンビニがないので、不安な諸氏はここで補給しておくことをおススメする。


電柱ゲーム

後々振り返って、どの区間が最も素晴らしい出来でしたか?と聞かれる勝利者インタビューがもしあったなら、俺はこの55kmローソン~67.6km亀ヶ岡遺跡~95.5km鰊御殿の区間のおよそ40kmを挙げる。もちろん、他にもっと速かった区間もあるし、もっと苦しんだ区間もあるし、もっと激しかった区間はあるにはある。記憶に最も残っている区間はどこですかと聞かれても、おそらく別の区間を答える。けれど、なんと説明したら伝わるかな。まったりとしてコクがあってでもさっぱりとして口当たりが良くて・・・みたいな矛盾の並ぶフランス料理の前菜の評論みたいで申し訳ないが、かなり疲れていて、とはいえまだ走る気力と体力は残っていて、でもカラダの節々は痛くもう十二分に疲れていて、しかし鰊御殿まで15時間で行けばこの先の見えないレースの行く末が少しは見えてくるような気がして・・・と、とにもかくにも最高のマネジメントで走ることが出来たのが、この区間であったのは間違いない。そしてそのキモとなったのが、「電柱ゲーム」であった。

電柱ゲームとは、もともと俺が野辺山ウルトラ100kmに初挑戦した2014年に、相棒の「熊」と共に開発した弱者のゲームである。2人して87kgオーバーのウルトラチャレンジにふさわしくないワガママボディで参戦した野辺山ウルトラ。俺たちは59km地点で限界を迎え、71km地点で涙の咆哮をあげ、お互いの精神を殴り合い限界まで追い込みながら、なんとか2分前にゴールした。その際、ラスト30kmほどで苦肉の策として編み出したのが、この「電柱ゲーム」だった。先に述べた目標の細分化、サイコロステーキ化のような一口大どころか、KPIを「ひとかけら」にまで小さく細かくする。文字通り電柱数本分を走り、数本分を休む。余裕がある時は5本分走り、2本分休む。余裕がなくなれば1本分走って1本分休む。もう駄目だとなったら、1本分走って2本分休む。まもなく死ぬとなったら、1本分走って5本分歩く。これでも全てを歩くよりは各段に早く、ペースを刻めるので、以来、スタミナが尽きる予兆が見られたらこの電柱ゲームを取り入れることにしてきた。

トライアスロンチーム「ポセイ丼」の「他意のない族」コンビ。左のワガママボディが熊。


55km地点から67.6km亀ヶ岡遺跡、そして95.5km鰊御殿までの道のりは、俺の中で鬼門の扱いになっている。4年前の188km、3年前の177kmのいずれも、ここで完全に「ダレた」。結果、鰊御殿までは今回よりも3kmほど短かったにも関わらず、いずれも18時間ほどかかってしまっていた。今回の目標は15時間。3時間も巻く必要がある。

3時間巻くと言うと超大変な気もするが、量子コンピュータで計算した結果、前述の通り休まなければキロ10分30秒、30分休むとしてもキロ10分ほど使えるということが分かった。残存兵力からすれば十分に達成可能な数値だ。キモは、いかに淡々とペースを刻めるか。そう、電柱ゲームだ。


すぐ終わるヒロポンの終わらない恋バナ

電柱ゲームは、快調に進んだ。まだ体力に余裕があったので、電柱7本分走って3本分休む。電柱がないところは反射ポール(何と言っていいか分からないので命名)を10本分走って4本分休む。電柱もポールもなければ、「街灯ゲーム」ということで遠くに見える街灯に向かってただただ走る。この頃になると、走っても疲れるし歩いても息は切れてるしで、普通に考えれば自分がしっかりと疲労困憊であるに等しいことをイヤでも思い知らされる。1kmを全て歩けばキロ11分かかるが、電柱ゲームを入れればキロ8分半~9分程度。キロ10分使っても良い当該区間であることを考えると、電柱ゲームさえサボらなければ、1kmあたり1分~1分半の貯金ができる。これは鰊御殿までのトータルでうまくすれば1時間の貯金ができることを意味する。淡々と。ただただ淡々と。「疲れたときこそ、リズミカル!」

「疲れたときこそ、リズミカル!」by桜木花道 Source:スラムダンク

電柱ゲームにも飽きてきた頃、俺は司令官として次なるカードを切ることにした。そう、ヒロポンのよもやま話その1、恋バナである。ヒロポンは、我がチームで主に3つの点において高く評価されている。1つ目は、そのチャラついた髪型と端正なルックスで、我らがサムライ魂の平均顔面偏差値を上げた功績を持っていること。

スタート前の儀式@聖地びっくりドンキー 右奥ヒロポンはモデルのようだ


2つ目は、抜群にマニアックな誰も興味のないプロレス話を、何時間でもできること。戦後の力道山や初代タイガーマスク、アントニオ猪木とジャイアント馬場の邂逅と黎明期から全盛期にかけて、果てはなぜ日本にPRIDEが出来、そして散っていったかまで、事細かに教えてくれる。プロレスを語らせたら有田かヒロポンかというぐらい、詳しい。プロレスの話に興味があるというよりは、あまりにもアツいヒロポンの語り口が面白く、毎度この話をリクエストしてしまう。ただこの話はあまりに長いのとメンタルを削る効果もあるため、色々考えてカードを切るのは後回しにした。

3つ目は、プロレス以外の話が抜群に面白くないこと。イケメンが堂々と発言している場面が多かったため皆気づかなかったようだが、ある時から俺だけは気づいていた。「あれ?この漢の話、まったくオチがない・・・」。特に、俺やエンディが高度な会話のパス交換を繰り返し、ビルドアップからそろそろセンタリングを上げてゴールを決めようかと画策しているときに、ままヒロポンがインターセプトして自分でシュートを打つことがある。「それってつまりこういうことですよね・・・」と今までの会話の一連の流れを収束させ、一段上の視座に笑いのレベルを持っていきゴールを決めて一気に場を歓喜の渦に巻き込むべき大事な一手。そこでヒロポンが放つシュートは・・・大体が「ゴールキーパー正面へのインサイドパス」!!!!右上隅を狙って惜しくも外すとか、とにかく弾丸シュートを打って強制的に笑いを取りに行くとかではなく、目の前にいるキーパーに何のフェイントもかけることなく、丁寧にインサイドパス!!!この流れで何度俺とエンディの努力が水の泡になったか分からない。

ちなみにヒロポンはイケメンで傲慢にも関わらずとても素直なので、話がつまらないことを指摘され始めたある時期から、「トップセールス研究所」という怪しい研究所の特任研究員になっている。研究所所長はこちらの方。大して有名な方でもないのだが、どうやら全動画を何度も何度も繰り返し視聴し、ノートにメモまで取っていたらしい。俺も全動画を見たが、セールスや経営に携わる方は見た方が良いだろう。なかなか大事なことを因数分解して話している。


この「トップセールス研究所」でのトレーニングを経て、最近ちょっと話が面白くなってきたヒロポン。全方位に成長を見せるヒロポンの、しかし全く上達を見せず、相変わらずつまらないのが、「恋バナ」だ。若かりし頃に手練手管を駆使してトライ&エラー、七転び八起きを繰り返してPDCAを回してきた一般人の俺やエンディ、マッキーと異なり、ヒロポンのそれは、「え、だって目があったら向こうから来るんですもん。学生時代ってみんなそうじゃないですか?」という藤井フミヤばりのそれ。何の工夫も苦悩もない。

そんなヒロポンの、本来であれば一言で終わる恋バナを、「ある工夫」を凝らすことによって延々と聞き続けることを選択した俺たちであった。道のりはまだ長い。怒りは、人を速く移動させる。その「ある工夫」とは・・・

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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!
我が生涯に一片の悔いなし!

羅王

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