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みちのく津軽ジャーニーラン266km完走記 その7 てめえらの血はなに色だ! (22.4km嶽温泉~49.5km日本海拠点館)

イマココ
イマココ

「他意のない族」

22.4km嶽温泉には、予定の3時間より少し早い、2時間55分で到着することができた。そしてここからが本番である。序盤(の前半)の最大の目標は、49.5km日本海拠点館まで7時間で到達することだ。そうすれば、95.5km鰊御殿に15時間で到着という目標も、現実味を帯びてくる。可能な限り速く、しかし可能な限り疲れないように・・・。嶽温泉では一瞬4人が揃ったが、「傲慢」かつ「他意のない族」であるヒロポンとマッキーは、うまくいった計画の途中経過を喜び合うこともなく、さっさと先に行ってしまった。配合成分的には、ヒロポンは傲慢さ7:他意のなさ3ぐらい、マッキーは傲慢さ1:他意のなさ9ぐらいの漢である。

「他意のない族」について少し説明しておくが、これは皆さんの周りにも1人や2人は思い当たる人物がいるであろう、「他意はないがなんかズレてるヤツ」/「他意はないが『よくそんな言葉、うっかり口から出ちゃうね』と思われてるヤツ」のことである。例えば、チーム・サムライ魂だと、共同創業者カイザーとマッキーがこの要素を群を抜いて強く持っている。カイザーに初めて出逢った2016年、俺は見るからにイケメンなカイザーに「カイザー社長、めっちゃモテそうですね」と言った。ただのジャブである。普通はこの手の見え見えのジャブに対しては、「いやいや、そんなことはないんですけど、ところで・・・」と適当に逸らしつつ他の話題に振っていくのが常套である。ところがこのただのジャブに対してカイザーは、「ええ、まぁ、たしかにめちゃくちゃモテるんですけどね。ところで・・・」と、他の話題に行くには行ったが、その前にしっかりと自身のモテを受け止めて肯定しやがった!肯定と皇帝を掛けてた・・・とは考えづらいが、ちょっとした衝撃だったことを覚えている。。

ベンツを1台買いにきて間違えて2台買って帰ってしまったこともある、他意のない漢・カイザー


マッキーは、普段からあまり人の話を聞いておらず本能でのみ動いている。チーム4人での完走を必勝目標としていたチームの顧問弁護士、エンディが、「皆さん必ず前泊してください。少しでも多く睡眠をとって、少しでも長く動き続けられるようにしましょう!」と3回も4回もかなりしつこく事前告知をしていたにもかかわらず、「分かりました!じゃあ僕は当日着くように深夜バスで行きますね!」と文脈を完全に無視した他意のない回答を平気で返したりする。心配性のエンディが何度も事前告知をし、マッキーが他意のない回答をし、エンディがいつも以上に無表情になり、隣にいる俺に不機嫌をぶつけ、ヒロポンが文脈のまるで関係ないプロレスの話をする。この生産性ゼロの流れが、ウチのチームでは一般化している。

「他意のない族」のツートップの一角、マッキー。見ての通り、本能でのみ動く。

「他意のない族」のヒロポンとマッキーは、俺とエンディのことを全く考えずに先に行ってしまったが、「他意のない族」の下っ端と族長だから仕方ない。差をつけてやろうとか、監督(=俺のこと)のプランを無視してやろうとか、そういった他意は彼らにはない。ただ単に本当に何も考えずに先に行ってしまったものと思われる。彼らに他意はない。読むべき空気もない。


「要チェックや!」嶽温泉後の注意点

ここで、来年以降みちのく津軽を走ろう、完走しようとお考えの諸氏に、レースマネジメント上の非常に重要なアドバイスをしておきたい。俺たちと同等程度の走力(短い方でも長い方でもギリギリゴール狙い)なのであれば、「長い方」(今回は266km)なら2L、「短い方」(2018年は188km、2019年は177km)なら2.5Lの水分をここで背負っていけ!!!もう一度言う、「長い方」なら2L、「短い方」なら2.5Lの水分をここで背負っていけ!!!あれ?長い方が大変なんだから逆じゃないの?と思った卿はなかなか鋭いが、これにはちゃんとした理由がある。

1点目。まず、この22.4km嶽温泉から49.5km日本海拠点館の27kmはほとんどが山道であり、日本海拠点館の1km手前のローソンまではコンビニが全くない。また、自販機もほとんどなく、かろうじて見つけた自販機がタバコ自販機だったり、先発隊(速い人たち)がイナゴのように飲みつくしてしまった後だったりと、水分補給が全くできないと言って良い。他の区間はコンビニがなくても自販機があったりとか、その逆だったりとかでなんだかんだで水分補給に困ることはほとんどないのだが、この区間だけは27km、約4時間の間、水分無補給の刑に遭うと覚悟しておいた方が良い。

次に、時間帯である。この季節は夏真っ盛りであり、暑い。暑さに加えて、津軽特有の蒸し蒸し具合が最高潮の季節である。今回は曇りだったので相当運が良かったのだが、それでも暑いし蒸す。長い方は17時にスタートのため、嶽温泉到着時点で既に夜になる。そしてそこから日本海拠点館までの道は完全な夜道となる。嶽温泉を夜に出発、かつ曇りで気温には恵まれている、そんな条件下でも、多めにと思って1.5L背負っていた俺は水分不足に悩まされることになった。

短い方はさらに悲惨。2019年は朝7時スタートのため、嶽温泉から日本海拠点館までは真昼間。かつ猛暑だったため、午前中だけで10本分以上のぐらいのペットボトルを頭からかけたと記憶している。この時も嶽温泉から1.5Lほどを背負っていったのだが、途中で完全に水分がなくなってしまった。もうダメだ、ヤバい、まだまだ序盤なのに死ぬ。そう思っていたところに、幸運にもカイザーズ・ワイフ・エイドが姿を現し、九死に一生を得ることになった。カイザーの応援に来ていた皇妃が私設エイドを出してくれており、そこでアイスを食べ、残り10km分ぐらいの水分を補給することができた。

ちなみに我々のチームのためだけのエイドを出したつもりだった皇妃だが、後から後から水分不足で死にかけているギリギリランナーが押し寄せ、イナゴの大群に襲われた畑のように全てを奪われてしまったとのこと。こういうことにならないように各位気を付けられたし。夜を走る「長い方」でも2L、昼を走る「短い方」は2.5Lを持ち、イナゴやゾンビにならないように走るべし。嶽温泉のエイドには自販機がちゃんとあり、昼間であれば神の水も湧いているのでいくらでも補給できる。


チーム全員、ついに合流

先に行った2人の傲慢さや他意のなさに関してぶつぶつ言うエンディとともに、嶽温泉を出た。スタート直前の事前説明会でもずっともぐもぐしていた俺にとって、ここでの補給はあまり必要ない。さっと飲み物だけもらって、5分と待たずにエイドを後にした。腹にはいっぱい食べ物が詰まっている。ミートテックの貯蔵庫にも沢山のグリコーゲンが!ここから49.5km日本海拠点館まで、27.1kmを4時間で行きたい。キロあたりに直すと8分51秒イーブンだが、足もまだまだ残ってるし下り基調なのでそう難しくはないだろう。ダメージを負わないようにするのが大事だ。

嶽温泉を出てしばらくは、登ったり下ったりを繰り返す。本格的な下りが始まる前に、わりとここで足が削られる。その間もエンディの怨嗟の声は続いており、俺は同時にメンタルも削られていた。俺は少し後悔し始めていた。「何があってもみんなで!」なんて言わなきゃ良かった。約束が思考の硬直を生み、規律の弛緩によってエンディの機嫌が悪くなっていく。。そもそも不確定要素の多い長丁場のレースに置いて、4人で”MECE”が如く「ズレなく遅れなく」なんてなかなかできることではない。皆さんも、できない約束はしない方が良い。あまり普段から「絶対」なんて言わない方が良い。結婚式でも、どうせ守れないんだから「チカイマスカ?」とただのバイトに過ぎない牧師に言われても、「はい!誓います!」なんて勢いよく言わずに、「まぁ、ベストエフォートで頑張ります」ぐらいにしておいた方が良い。富める時と健やかなる時は寛大でいられても、貧しき時と病める時に人に優しくするのはなかなかに難しい。大体、本当にやることをやるヤツは、いちいち勢いよく誓ったりしない。


本格的な下りが始まった。ミートテックを保持する俺が得意とするコースだ。体重が85kgあるため、放っておいてもスピードが出てしまう。ただし、何度か経験があるが調子に乗って何キロもスピードに乗って下っていると、平地に着いた時に足がガタガタになっていたりする。今回はそれだけは避けなければならないため、キロ6:15~6:30程度に抑えつつ、たまのウォークブレイク(歩き休み)を入れつつ、快調に下っていく。しかし、全然ヒロポンとマッキーには追い付かない。あいつら、どんだけのペースで走っているのだろうか。もしかして3年前のカイザー同様、鰊御殿ぐらいまで逢わないのじゃないだろうか。

3年前の177kmの時、俺はスタート前にカイザーと「鰊御殿までは一緒に行こう」と約束をした。しかしその後開始2kmでカイザーがOPPしたいと言い出し離脱。その後ダッシュしてきたカイザーに今度は俺がOPPのため抜かれ、その後俺のことをすっかり忘れたカイザーとは16時間ほど会うことはなかった。「鰊御殿まで一緒に行こう」と約束したカイザーとスタート地点近くではぐれ、鰊御殿近くで再会するという茶番。あんなことにはなりゃせんだろうかと心配になってきた。

ったく、ヒロポンは傲慢だしマッキーは他意のない族だし、一体どうなってやがんだ!・・・と思ってエンディ同様ぶつぶつ言いながら下っていたら、T字路に差し掛かり、鰺ヶ沢に向けて右に曲がったところでどうも見たことがあるような色のTシャツを着た2人組を発見。この時点でやっとヒロポンマッキー組を捕捉することができた。色々思うところはあったし合流してみるとやはりこの4人はしっくりくるし、嬉しい気持ちが湧いてきた。「ようやく4人でスタートだな!」と、誰ともなく口にした。ヒロポンもマッキーも、ニヤリと笑った気がした。しかしここで、「てゆうかですねぇ、みんな約束しましたよねぇ?一緒にいくって?そもそもですねぇ・・・」とエンディの説教が始まった。走りながら人に対して説教するのは、エンディが得意とする必殺技だ。4人での邂逅を喜んだ束の間、全員の心がここで折れた。
 


貴方にはこの「念」が見える?


うまくすれば7時間より前に49.5km日本海拠点館に着けそうなペースでもあったし、足もまだまだ残っていたので快調にストロークを刻むことができた。このあたりで、少し気になることが出てきた。やはりマッキーのペースが合わない。少しずつ、遅かったり、早すぎたりするのだ。別に俺がリーダーだからすべて俺に合わせろというつもりはないが、気づけば少し後ろにいるし、気づけば少し前にいる。本人曰く、「体格と走力が違うから歩幅が噛み合わない」とのことだったが、性格と会話はもっと噛み合わないのだから歩幅ぐらいなんとか合わせてほしい・・・というのは冗談で、直前の野辺山ウルトラ100kmをきちんと完走しているマッキーの方が走力そのものは俺より上であり、どうとでもなる問題のように思えたが、いつまで経ってもズレは解消されなかった。このことは今の時点では「ちょっと気になること」に過ぎなかったが、後々大問題に発展していくことになる。
 
さて、決して速いペースではないものの、4人で団結して走っていると悪くないペースだったようで、幾人かの参加者たちを追い抜くことになった。何人かの同性選手をパスした後、下りの途中で、とある淑女に追いついた。俺は数時間前の事前説明会を思い出した。「夜間は危ないので、女性の方はなるべく男性と走るようにしてくださいねぇ。男性の方は、女性を守ってあげてくださいねぇ。危ない男性の方はいませんよねぇ?」運営者であるスポーツエイド・ジャパンの館山会長のアルファ波の効いた声を思い出す。「一緒に走りますか?」俺は紳士な声でウィスパーした。

4年前、「短い方」188kmの際に、実は俺は同じような行動に出ていた。鰊御殿を出てしばらくいった山道。一人きり。あたりに人影はおろか、街灯すらほとんどない。危ない。前方には女性がこれまた一人でとぼとぼと歩いているのが見える。危ない。館山会長も「守ってあげてくださぁい」とほとんど聞こえない声で言っていた。ナンパすらしたことのない小心者の俺は、勇気を出して声をかけた。「一緒に走りま・・」、「結構です」。言い終わるか終わらないかのうちに、断られた。あたりは今まで以上に静寂に包まれた。この件で心の折れた俺は、その後力尽きて道端で寝てしまい、無残にもリタイヤすることになる。


4年前の過ちを思い返しながら、しかし館山会長からの指令に忠実な俺は、前述の通りウィスパーした。ここもまた暗く街灯のない山道で、か弱い女性を守ってさしあげる必要がある。4年前より優しく、包容力のある声で淑女に問いかけた。非常に紳士的だったと思う。心は完全に正装しており、暴力的なアルコールではなくコーヒー牛乳を片手にしているかのようにそっと問いかけた。

「お嬢さん、一緒に走りますか?」


4年前は、二者択一の質問を投げかけて撃沈した。セールスの王道の本に書かれているように、二者択一では、YesかNoの選択肢を相手に与えてしまう。YesかNoではなく、Yesを前提とした上でどういう選択肢を取るかを相手に問いかけるべきなのだ。俺は淑女にさらに問いかけた。「ねっとりした負けない弁護士と、勝者なのに歯医者と、声のデカい不動産屋と、非常に安全なマフィア、どれにいたしますか?」

「どれでも好きな同伴者をお選びください」


淑女は突然の声掛けにどう対応したものか、迷っているようだった。俺は選択肢を提示しつつ、我々が危なくない存在であり、安心できる漢たちであり、貴女を守るナイトであるということをアピールした。

「さあ、心を開いて。この通り、怪しい者じゃありません。」


大方の予想に反して、淑女は、「え?そ、その、だ、大丈夫です!」と断りを入れてきた。おかしいな。館山会長から言われたことを実行しただけなのに。ちなみにこの方、何気ない淑女に思えたし、か弱き存在で夜一人は危ないと思ったので声をかけたのだが、後日判明したところによると、「日本横断川の道フットレース」にて、長らく男女含めた最速記録を持つ女性だった。上記のレースは、
距離:大体500km(東京・葛西臨海公園~新潟・日本海海岸まで)
制限時間:大体130時間
という、日本最長規模のレースである。

2022年に開催されたもの。狂った人しか出場しない。


こんな超長距離レースで、しかも男女含めた最速記録保持者だったなんて、A級とかS級とか、そんなレベルではない。SSS級妖怪である。一般人を秒で消せる怪物たちが、心の底から恐れ、畏れる伝説の存在である。なんてことだ。か弱く小さな背中からは、そんなオーラは1ミリも出ていなかった。会話しているときも、穏やかな話しぶりからはそんな傑物だとは想像すら出来なかった。いや、正確に言えば、俺たちには感知できていなかった。そういえば社会人の必須教養読本、日経少年ジャンプに描いてあった。レベルがあまりにも違い過ぎる場合に、弱者は強者のオーラを感知できないと。

「お前は弱い」と暗に言われるクラピカ。Source:Hunter×Hunter


そんな伝説のSSS級妖怪に対し、不敬極まりないオファーをしているとはつゆ知らぬ俺たちは、断られた無念を胸にひた走る。この区間の補給地点の少なさには辟易していたが、そろそろ水分も尽きて苦しいなと思っていたところに、自販機が一つだけ現れてくれた。この時飲んだファンタグレープは世界一美味かったと思う。ちなみにその少し前に自販機らしきものが遠目に見え、「自販機だぁ!!!!」と大騒ぎしていたら、それはただのタバコの自販機だった。ああいうのはやめてほしい。

ほどなくして、49.5km日本海拠点館・・・の1km手前のローソンについた。みんなよく頑張ってくれた。ここまではあまりに完璧だ。ということでしっかり休もう・・・とはならず、おにぎりin豚汁を歩きながらかきこみ、日本海拠点館へ向かった。全く腹は減っていないが、そろそろスタート前に充満させたエネルギーが尽きる頃だ。ここからは、95.5km鰊御殿に向けて、さらにペースを前向きにコントロールせねばならない。腹が減ってはジャーニーはできぬ。3年前に学んだ、腹が減っていなくても強制的にエネルギーと塩分を補給する方法=おにぎりin豚汁をオーバーラップさせ、最初のチェックポイントへ向かった。

日本海拠点館への到着時間はスタートから6時間40分。早めの目標設定に対し、さらに20分も巻くことができた。俺はエンディに言った。「勝ちました!」

***
退かぬ、媚びぬ、省みぬ!
我が生涯に一片の悔いなし!

羅王



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