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みちのく津軽ジャーニーラン266km完走記 その14 ヒロポン in Trouble(215.5km金木町観光物産館~245.6kmスポーツプラザ藤崎)


イマココ


イマココ

ヒロポン in Trouble

怒涛の後半戦、山王工業の鬼のゾーンプレスで、湘北は機能不全に陥っていく。。我々もまた。。


215.5km金木町観光物産館を出た。背中には、「いってらっしゃい!」のエイドの人たちの声。それは「おめでとう!」と同義の声に聞こえた。ありがとう!行ってくる!ラムネソフトを食べながら、もはや勝ち確となったレースの残りへと思いを馳せる。ここから先は後半戦最大の難所、245.6kmスポーツプラザ藤崎へ延々と続く30.1kmの田園地帯である。3年前はこの区間で、暑さと疲労のため俺は完全に撃沈した。本当に本当に本当にツラかった。とは言っても、既に「勝者」であることが確定している俺たちに不安はない。もちろん絶対的に疲れているのであるが、ここからは仮に全て歩いてもゴールできる距離と時間だ。もちろん、自分たちの力を出し切るためにそんな甘ちゃんなことはしない。なぜなら俺たちは勇者だからだ。残りはちょうど50km、残り時間は10時間40分。キロあたり12分48秒ほど使える。改めて自軍を勝利に導く自分の提督としての能力が恐ろしい。まるでパーフェクトヒューマンじゃないか。よほどのことがなければ、勝利である。よほどのことがなければ。。。


で、そんなことを考えていた直後に、「よほどのこと」が起きた。うそやん、早すぎやん。まだ5分も経ってないやん。ほんの直前まで浮かれに浮かれて羽根が生えたイカロス状態だったはずのヒロポンが、後ろでうずくまっている。ヒロポンの足の爪が、べりっと音を立てて剥がれたのである。太陽到達を夢見たイカロスは、ここに完全に堕ちた。先を進む俺には聞こえなかったが、エンディ曰く「うぎゃー」と天まで届く声で叫んでいたらしい。

天まで届いたヒロポンの悲鳴

金木町観光物産館で浮かれソフトクリームを食べて、まだたったの5分。さっきまであんなに浮かれとったやん。100万ペソの笑顔振りまいとったやん。ヒロポンの右足小指の爪はがっつり剥がれた。いや、剥がれきってるならまだしも、まだまだ根本はくっついている状態で、少しの刺激で爪が浮き上がったり剥がれそうになったりするらしい。一番痛いやつだ。

この事件に際して、「大丈夫かー!ヒロポーン!」と駆け寄るようなことを、俺はしなかった。冷たいヤツに思えるかもしれないが、痛みにうめくヒロポンの看病はエンディに任せ、俺はすたすたと歩いて計算を繰り返していた。ここまでくれば大丈夫とは言うものの、スポーツプラザ藤崎へは30kmもあるし、前回はこの区間で地獄を見た。日もだいぶ上がってきている。リスクは数時間前に比べ、天候の分、そして今しがた事故ったヒロポンが遅れるであろう分だけ跳ね上がっている。まだまだ油断は禁物だ。微分、積分、線形代数を駆使し、指で1から10まで数えながらゴールまでの道筋をデザインしていく。
 
痛みに悶えながら追いついてきたヒロポンに、俺は事務的に尋ねる。「症状は?」「爪が剥がれました。剥がれたけど根本はしっかりしてて、激痛があります。きついです。もうダメかもしれません。」ここで「そうだね、ツライね」とか、「剥がれちゃったんだ、大変だね」と答えるのが「デキる男」である。答えを出すのではなく、寄り添う。これが正解だと言われている。しかし、俺は司令官である。提督である。いかなる犠牲を払ってでも、部隊を勝利に導く必要がある。俺は努めて冷静に、そして冷徹に聞いた。「対処法は?」、「ないです、我慢して走るしかないです」、「そうか、じゃあ走りながら慣れるしかないな、走ろう」ここまでくると、誰もが痛みと戦っている。俺も度重なる股ズレ、ケツズレ、4-5個はやられていると思われる足爪、ずっと感じてる足裏の皮ズレ、そして何より、ロキソニン無しでは耐え難い膝痛とおそらくは右膝肉離れがある。エンディも足の甲を相当痛めているらしいし、顔からはずっと笑顔が消えたままだ。後から聞いたところによると、ヒロポンも、爪の様子を直接見たエンディも、これはさすがにリタイヤかと頭をよぎったらしい。しかし俺にできるのは、ヒロポンがもう限界だと諦めるその瞬間まで、ギリギリの出力で彼を引っ張ることだけだ。俺は今までと変わらず、部隊を引っ張り始めた。
 
「よほどのこと」は天候に関しても起きた。それまで曇りや雨で完全に手加減されていたので忘れていたが、「ガン晴れ」したのである。そうだった。これが津軽だった。日光を遮るものは何もなく、エロくもなんともない方の「ガン射」をずっと食らい続けることになる。そして超蒸し暑い。曇りの影響で雲はまだ残っていたが、なぜか俺たちが走る道だけ、綺麗に雲が晴れて直射日光が降り注ぐ道となっていく。最悪だ。でも俺は思った。これはきっとあれだ、神様が「このまま津軽の旅が涼しいまま終わったらみんな後から何か物足りないとかなんとか文句言うだろ?ほんとは欲しいんだろ?苦しみたいんだろ?メリー苦しみますしたいんだろ?え?欲しいんだろ?」と、無駄におせっかいに配慮してくれた結果だと思った。トライアスロンで言うところのスイムがこれに該当する。どれほどのレース経験を積んでも、何がイヤかって、スイムがイヤだとなるのがトライアスロン。怖いし冷たいし、水飲むし上から誰かに乗られるし。じゃあ天候不良や何やでスイムがなくなって自転車とランだけでいいんですかというと、スイムがないと何か物足りない。スイムがあってのトライアスロン、3つ揃ってトライアスロン、そんな感じだ。津軽も同じ。灼熱の田園地帯があっての津軽。神様はしっかりと俺たちに試練を用意してくれていた。
 


イタリア産AV男優

世界で一番速い漢、ファビアン・カンチェラーラ。ヒロポンに似ている。


10時半頃、すなわちスタートから41時間半が経った頃、マッキーからリタイヤの連絡があった。ふるさと体験館には俺たちが出発した2:30頃に到着。正直厳しいと思っていたが、そのあと頑張って津軽中里駅まで行ったらしい。「『DNG』です」、と、悔しそうなLINEが1行だけ入っていた。そうだよな、悔しいよな。途中まで完走を夢見られるぐらいのペースで来てたもんな。でもな、「DNG」なんて言葉はマラソンには存在しないんだ、マッキー。多分、"Did Not Goal"の略なんだろうけど、それを言うならDNF(Did Not Finish)なんだ。DNGは拡張子だよ、マッキー。俺は、「マッキー、お前の想いも背負って俺たちは必ずゴールする」とLINEを返した。マッキーの想いを背負い、さらに責任を増した俺たちは、スポーツプラザ藤崎へと田園地帯をひた走る。横のヒロポンを見ると、ずっと呻いている。相当痛いのだろう。どこかでリタイヤとかにならなければ良いが。エンディはエンディで相当足の甲が痛いらしく、ずっと無表情のまま走っている。まるで土偶だ。しかしもはや顔の表情云々を言ってる余裕は俺にもない。


「ン、ンモ!」
横から不思議な音が聞こえてきた。「ふっ、ンフ、んおぅ、んあぁ・・」え?王騎将軍?

「ン、モ、モ、モヒュッ!」え?モヒュ?

段々呻き方がおかしくなってきたヒロポン。痛みを我慢するために呼吸を工夫しているのだろう。完全にイキそうになっている。精悍な顔も相まって、AV男優化している。顔はスイスのロードレースの英雄、ファビアン・カンチェラーラ、うめき声はちょっとそっちの気のある王騎将軍。ヒロポンは走る猥褻物陳列罪と化していた。

Source:キングダム11巻


 
エンディから待ったがかかった。「提督、こんな速いペースで走る必要はあるのでしょうか?もうタイム的には大丈夫そうだし、ヒロポンもツラそうだし。」エンディがこういう聞き方をしてくるときは、質問ではなく、ほぼ先輩としての命令である。要するに、「ペースを落とせ、止まれ」という意味だ。しかし俺は言った。「大丈夫です。でも、さらに何かが起きる可能性があります。突然眠くなるかもしれないし、動けなくなるかもしれないし。そんな時に1時間休んだとしても大丈夫なように、ある程度ペースをつかんだ今、先に進んでおきたい。途中で休みを入れるから大丈夫。でも、今はつらくてもこのペースで我慢してください。」エンディは土偶のような無表情で納得いってない様子だった。俺も結構きつく言ったが、本当に何が起こるか分からない。イケると思ってるときに行く。この決断は、後に英断となる。チーム創業者のカイザーからもLINEが来ている。「3人でGoleできそうだね!あと6時間!」ありがたい。ずっとカイザーは見てくれている。でも言いたい。「Gole」なんて単語はないし、制限時間はあと8時間半だ。何にも合ってねぇ。
 
コンビニに寄った。俺もエンディも疲労が限界だったし、ヒロポンは疲労に加えて痛めた爪のカバーで走り方もおかしくなっている。ここでエンディは冷やし中華をかきこみ、俺は「フジタマン」と「仙人」に中途報告をした。2人とも3年前に津軽263kmを完走していて、俺たちの痛みと苦しみを誰よりも分かってくれている先輩アドバイザーだ。今回も素晴らしいアドバイスをくれ、彼らのおかげで乗り越えられた壁がいくつもある。当確濃厚ということで報告を入れておいた。このままいけば、14時半頃にはスポーツプラザ藤崎に着けそうだった。関門の1時間半ほど前で、もうそんなタイムで着けるなら余裕のよっちゃんだった。勝った!そう確信した上での中途報告だった。そして、コンビニを出た直後、俺にも「よほどのこと」が起きた。


羅王 in Trouble


コンビニを出て一歩目に、俺は叫んだ。15分ほどコンビニでとった休息が筋肉を固めてしまい、再起動した瞬間に両ひざの痛みが爆発した。左の膝は筋を痛めていたし、右膝はかねてからめちゃくちゃ腫れて膝頭部分が肉離れになっている。一歩歩くにも激痛で、少し進むにもロボットのようになっている。激痛に呻いていたはずのヒロポンに、「提督、ゆっくりで・・・ゆっくりでいいです」と慰められるほど動くのが厳しくなっており、そういうえば自分も満身創痍であることを改めて思い出させられた。タイムには余裕があったので歩きをしばらく継続し、慣れてきたところで再び走りに戻していった。膝が・・・いてぇ・・・。
 
隣を見ると、AV男優ヒロポンが、もっとAV男優するようになっていた。途中から喘ぎ声に加えて、「フヒっ!フゥヒっ!」というすべらない話の兵藤みたいな効果音も聞こえてきた。もう末期だ。俺は自分のストレスを軽減させるため、少し距離をとった。ヒロポンはヒロポンで、妙な喘ぎ声を出しながら、それでも自分なりのペースをつかみつつあるようだった。痛みがなくなることを諦め、痛みと共に走ることを受け入れたのだろう。そして、そんなヒロポンにひとかけらの安心感を抱いたところで、続けざまに俺に「よほどのことその2」が起きた。
 
眠くなってきた。死にそうに眠い。どれぐらい眠いかというと、パトラッシュとともに昇天寸前のネロぐらい眠い。もう何もする気が起きない。いますぐここに寝てしまいたい。炎天下で野垂れ死んでもいいからここに寝たい。「もう明るいし暑いし眠気がくることはないだろうから熱中症にだけ気を付けて水分補給しながらしっかりいこう」と数十分前に言ったのは確かに俺だった。しかしそんな俺が今、炎天下で猛烈な眠気に襲われている。眠い、たまらなく眠い。

後からエンディに聞くと、この時の俺の顔は完全に出土直後の土偶と化しており、土偶のまま寝ようとしていたようである。自分でも覚えているが、完全に白目を剥いていて、瞬きをするたびにいろんな夢を見ているような状態だった。土偶のような顔のエンディから見ても土偶のようだったというから、さぞかし土偶度は高かったんだろうと思う。しばらく土偶状態を続けた後、俺は大声を出しながらXJapanを歌うことにした。Rusty Nail、Endless Rain、Forever Love・・・。地声は低いがいざというときは広瀬香美でもプリプリでも原キーで歌えるのが俺の強みだ。眠気は飛ばないが、大声を出しているから意識だけは保てるようになっていた。

粘性の高い漢


かろうじて復活した俺、今や最もバランスの取れた走りをしているエンディ、痛みに悶えるヒロポン。三つ巴の泥仕合に見えたが、抜け出したのはヒロポンだった。あれだけ痛い痛いと言い、AV男優と兵藤が混ざった音を出していたヒロポンだったが、見事に自分なりのペースをつかみ、痛みを制御しながら走る術を身に着けていた。走ったり歩いたりの俺とエンディとは異なり、爪の揺れを最小限にした止まらないチョコチョコ走り。ヒロポンが至った一つの境地だった。「ペースコントロールできないので、このまま休まずいきます」ヒロポンは旅立っていった。ヒロポンには、ゴールまで二度と会うことはなかった。

一つの大きな懸念が無くなった。リタイヤ寸前と思われたヒロポンは、見事復活した。もう大丈夫だ。俺とエンディはそんなことを考えながら、自らの補給のためにコンビニに寄った。そこでついに、俺の緊張の糸がすべて切れた。以後、まったく走れなくなった。ここまで、俺はずっと張りつめていた。司令官として部隊を勝利させるために、分単位秒単位の計算を繰り返し、カラダだけでなく頭もフル回転して40時間以上を戦っていた。全身に傷を負いながらも、満身創痍になりながらも、なんとか勝利を掴みとる手前までは来ることができたと思う。ボラギノール・マッキーという犠牲は出しながらもその他3人に至っては当確濃厚である。最後の最後でヒロポンがとんでもないトラブルに見舞われたが、その彼にしてもこのままいけば大丈夫だろう。エンディは言わずもがな。そう思った瞬間に、すべてが切れてしまった。もう走れない。何かかすかにつながっていた、背中を押してくれていたプレッシャーがなくなり、一気にダメになってしまった。
 
先を行くヒロポン。エンディと共に追う。さっきの眠気が復活し、瞬きをするたびにアナザーワールドが見える。歩道からはみ出し、幹線道路を爆走する車に轢かれるかもと思うほどよろめく。何度も立て直すが、ダメだ。眠い。「危ないですよぉ提督?」とエンディに注意されるも、カラダが言うことを聞かない。

俺がみたびフラついたときに、音がした。

「ビチャ」

見ると、よろめいて幹線道路に突っ込みかけた俺を、エンディが肩で歩道に押し戻してくれた。エンディは心なしか微笑んでいた。「だいじょうぶですよ、提督はわたしが支えますよ」と言ってくれてるみたいだ。

「ネチャ」

見ると、またまたふらついた俺をエンディがカラダで押し戻してくれている。エンディはアルカイックスマイルを浮かべながら俺を見守っている。

「ピチョン」

再び触れ合う俺とエンディ。付き合いたてのカップルのように肩を寄せ合いながら走っていた。

お気づきかもしれないが、エンディの優しさとは裏腹に、2人が触れ合うたびに不快な音が発生していた。30度を超える炎天下のなかで、数十時間走り続けてきた汗まみれの男2人が接近すると、どうしてもポジティブな化学反応は生まれない。仕事でもプライベートでも寄り添う漢、エンディ。しかし寄り添うたびに発生する不快な音。もともとねっとり系男子代表のエンディだからか、ことのほか粘性が高いように感じてしまう。いわば粘ディ。

「大丈夫ですか?」聞かれるたびに、「大丈夫じゃない」と言いたいところ、粘ディの優しさを無碍にすることもできず、カラ「大丈夫」を言い放つ。ゴメン、粘ディ。ほんとはいろんな意味で大丈夫じゃなかった。あと5cm、離れてた方が大丈夫だった。ずっと言えなかったので今言います。ごめん、大丈夫じゃなかった。

なお、汗まみれの中年男性同士がぶつかるとどういう音がするかについては、あの有名な「Got Talent」シリーズを見ていただければ想像しやすいかと思う。


そのうちに機能不全で電柱ゲームすら出来なくなった俺。粘ディに「行ってください、追いつきます」と告げ、先に行ってもらった。正直に言えば、追いつくことはもう無理かもと思った。スポーツプラザ藤崎はあと2kmと迫っており、別にどうという距離ではない。しかし、まったく進まない。14時半には着くと思われたスポーツプラザ藤崎に、俺は一人ぼっちで15時30分に着いた。ヒロポンも粘ディも、先に行ってしまっていた。ここまで来て、一人でゴールするのか・・・。スポーツプラザ藤崎では完走を確信したスタッフの方々が歓迎の意を表してくれたが、現地産のリンゴジュースが美味かった以外は記憶が全くない。彼らの笑顔に対して、薄ら笑いしか返せなかった。それぐらい、俺は糸の切れたマリオネットになっていた。スタートから46時間30分が経過していた。残りは21km。4時間30分が残っている。ここまで走ってきたことを考えればなんてことはない距離のはずなのに、何の力も入らない。どうする、どうする俺。

***
退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!

羅王

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