≪有限会社‐別世界製作所≫
「どっかで事件起きねぇかなぁ…」
雑居ビルの2階。突出し看板の上に雑に「蛙木探偵事務所」とガムテで張り紙。
蛙木草介《アギソウスケ》。ハンチングとサスペンダーが世界一似合う29歳独身──俺は、暇だった。
つぎはぎだらけの狭いソファに靴のままごろんと寝転がり大あくび。
正確に言うと、いかにも暇そうな顔をして「どっかで事件起きねぇかなぁ…」とかいう、全人類が一回は口に出して言いたい日本語を、ついに放った羨ましい男である。
暇な探偵事務所には天井でゆっくり回るオシャレなデカい扇風機がついていて欲しかったが、貧乏故、段ボールで自作したデカい扇風機のような何かを眺めている。
半分ズレた眼鏡で薄い窓硝子の向こうを仰ぐ。秋の群青、午後の喧騒がからっ風に吹かれていた。
『事件がないなんて平和な証拠ですよ』
助手がいないので一人二役。デキる男、俺である。
「あ”~…」
「探偵物の読み切りかぁ…」
デスクの上には丸めた書きかけの原稿が散乱していた。
狙ったように電話が鳴る。
≪逆噴射パルプマガジンの台田ですが…進捗は…≫
「お世話になっております!」
目の前にいない編集者にペコペコと頭をさげながら
「…やっぱ……ドラゴンとか…登場させたらダメっすよね」
≪蛙木探偵事務所≫の張り紙がめくれ≪有限会社-別世界製作所≫の文字がちらり。
探偵物とか書いたことねぇのに…。
『フーン』
気づくと、色素の薄い少年が俺のことを見上げていた。
「おっとお客さんかい?」
『探偵ごっこねぇ…』
探偵事務所の客ではなさそうだ。
「書いたことないジャンルは形から入る小説家なんでね」
小馬鹿にしたような切れ長の目で、
『ほんとに≪GARDENEЯ≫の称号持ちなの?お兄さん』
刹那、静寂──世界が凪いだ。
さてね。と首をすくめ、
「猫探しの依頼?」
「…それとも」
「”世界”の創造をご依頼で?」
左手の薬指─GARDENEЯ《創造主》─の刻印付きの銀のリングが青く光って、小さく揺れた。
【続く】