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【対人援助の準拠枠をめぐって】対人援助の“ヤマイモ問題”を考える

【対人援助の準拠枠をめぐって】対人援助の“ヤマイモ問題”を考える
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

※長く勤めていた精神科病院を退職し、“街の心理士”へと華麗なる転身?を果たした「りらの中のひと」が、心理学やメンタルヘルス、日々の出来事などについて感じることを綴っています。

 何やら不思議なタイトルですよね。いましばらくお付き合いくださいね。

 私がまだ精神科病院にお勤めだった頃のことです。便秘を訴える患者様に対し、「だったらヤマイモ食べなさい!(私はヤマイモ食べて便通がよくなったのよ)」と誰にでもアドバイスする看護師さんがいました。私はその人の上司だったので、注意・指摘しました。

 精神科の患者様の多くは、向精神薬の薬理(抗コリン作用など)や、症状に由来する食習慣の乱れ、身体活動不足などのために、便秘を訴える場合があるのです。時には、イレウス(腸閉塞)などの重篤な身体状況を来しかねないので、便秘には気をつけなければなりません。

 さて、患者様への看護師さんの「ヤマイモ食べなさい!」は、なぜ不適切なのでしょう。ヤマイモは、水溶性・不溶性の食物繊維が豊富に含まれることが知られるのに、その成分は便通改善に効果あり、と広く知られているのに、です。

 それは、そのアドバイスが、看護師さんの価値観や嗜好のみに基づくアドバイスだからです。私たちが便秘を来す理由はさまざまです。食習慣だけでなく、身体活動、服薬状況、持病などさまざまな要因を勘案した上で、ケアすることが大切なのです(当たり前のことなのですけど、ね)。そもそも、便通改善に効果があるとされる諸成分は、ヤマイモ以外にもあらゆる食品に含まれているのですし。

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 対人援助に携わる方は、多くが支援に対する“良心”の持ち主であるはずです。その“良心”に基づき、照らし合わせて、言動を調節しているはずです。

 ところが、ご自身の“良心”(個人的経験に由来する価値観や嗜好=ヤマイモがいいのだ!)だけしか、参照枠(準拠枠)を持たない支援者が、時にいらっしゃいます。これは由々しき問題です。これをここでは、対人援助の“ヤマイモ問題”と名付けたいと思います(ようやく種明かし)。

 自身の“良心”のほかに、対人援助の現場で踏まえなくてはならない参照枠(準拠枠)には、どのようなものがあるでしょう。

 その最重要のものは、諸法令ですよね。法令順守は、社会人としてはごくごく当然なはずなのですが、対人援助場面では、それはしばしば破られます。諸法令が対人援助の最前線の事情に即していない、という問題があるにせよ、それを破ってよい道理はありません。私が経験したものだと、精神科デイケア(通院患者様の通所リハビリ)のスタッフが患家を訪問するのに、有休をとって出かけている、という事例がありました。デイケアスタッフがアウトリーチに携わるのには、診療報酬の制度上制約があります(工夫すればクリアできるはずなのですが)が、業務を遂行することに対して有休を求めるのは、明確な労働法違反ですよね。当該施設の方(管理者ではなく、現場の支援者)にこのことを指摘しましたが、言葉を濁されてしまいました。

 対人援助の参照枠(準拠枠)として大切なものは、他にもあります。その分野(医療保健であれ公衆衛生であれ、社会科学であれ)のエビデンスです。エビデンスベースドな支援の重要性を指摘すると、露骨に白けた表情をされる方がいますが、エビデンスは間違いなく重要です。それは、一定の信頼性・公共性を持った手続きのもとで明かされた、客観的な指標なのですから。

 あと、忘れてはならないのが、「社会的正しさ」でしょう。個々人の価値観からはそぐわないテーマ(SDG’sなどは、一部からは極めて評判が悪い)かもしれませんが、法令順守とは違った意味(約束事、というニュアンスだと思います)で、尊重しなければいけないものです。「社会的正しさ」は、時代の推移で少しずつ変質するものです。30年前にはSDGsなど社会的に存在しなかったですものね(せいぜい、フロンガス排出を規制しオゾン層を守ろう!とか)。このご時世では、公金の扱い方(議員報酬とか、公金が拠出されている法人の会計とか)には厳しい目が向けられるでしょう。時代に敏感でいることが大切、ということなのかもしれません。

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 熱意や良心だけを手掛かりに突っ走る支援者は、美しくあるけれど、危うくもあります。対人援助の“ヤマイモ問題”を超えていくには、複数の参照枠(準拠枠)をもち、バランスのよい言動ができる支援者が求められている、といえますね。改めて、考えて(実践して)みませんか?

(おわり)

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