琳琅の会

「琳琅」 日本大学芸術学部文芸学科のOB.OGたちによる文芸同人誌です! 過去作から、…

琳琅の会

「琳琅」 日本大学芸術学部文芸学科のOB.OGたちによる文芸同人誌です! 過去作から、同人たちのささやかなつぶやきなどを投稿しています。

マガジン

  • 「棚の間」武村賢親

    琳琅 第3号に掲載されている作品です。 クレプトマニアの妻に振り回される夫。

  • 「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親

    黒い谷に迷い込んでしまった研究者の手記をもとに綴られた物語です(設定)。 文明人である研究者と原住民の戦士との交流を書いたファンタジー作品。

  • 掌編ごった煮

    文芸同人誌「琳琅」の仲間が書いた掌編をまとめているマガジンです。 どれも5分で読みきれてしまう作品ばかりですので、お暇つぶしにぜひどうぞ。

  • 「かんう」武村賢親

     琳琅 創刊号より、「かんう」です。  3人の視点が入れ替わり立ち替わりし、お互いの状況をまったくの別角度から、それぞれの背景をもとに物語を推し進めて行きます。

最近の記事

連載「若し人のグルファ」最終話

 鈍色の音がかすかに、けれど玉響の輝きを帯びて耳に触れる。  五感の覚醒とともに、音は大きく早くなる。昨日あれだけ暴れて疲れているはずなのに、今朝も丑尾は五時前から起き出して、鉋や鑿の刃を研いでいた。  丑尾の残り香を探して枕に顔をうずめる。  昨夜丑尾は、冷房の効きすぎた部屋を寒いと言って俺の肌かけに潜り込んできた。  一晩中丑尾の体温を背中に感じていたため、いつもより寝汗をかいている。  鋼と石が鳴らす規則的な摩擦音に耳を澄ませる。昨日の衝突が丑尾の中にどのよう

    • 連載「若し人のグルファ」43

      「抱き着かれて、キスされた」  丑尾は突然打ちあけた。きっと桑原の言っていた友達のちょっかいというやつだろう。  振り払おうとしたが相手の力が強く、唇の端を噛み切ってやって、やっと逃げてきたのだと、淡々とした調子で話し続けた。  俺はそうか、とか、それで、くらいの相槌を挟んで、丑尾の独白に耳を傾けた。  自分の性癖を包み隠さず話し、フォローしてくれる友達もいる中で起きてしまった間違い。桑原の友達とやらは悪ふざけのつもりだったかもしれないが、襲われた側はこころに深い傷を

      • 連載「若し人のグルファ」42

         丑尾がかすかに悲鳴を上げる。しかしすぐに口をつぐんで、再び俺の頭を殴打してくる。しかし、それも長くは続かなかった。危険な攻撃がくるたびにあごの力を強めてやって、ぎりぎりと脅すように噛み締めたら、攻撃の手は弱まった。  やがて手のひらに蒸れた恥毛を感じ、指先がじとつくぬめりに触れた。蹴り上げようともがく両足を強引に押さえつけ、太ももの間にひざを割り込ませる。  やめろ、やめろよ、ともらす丑尾の声はもはや震えて聞くに堪えない。あんなに殴りつけてきた拳も解かれ、いまは俺の頭に

        • 連載「若し人のグルファ」武村賢親41

           醜くゆがんだ口元に歯ブラシを突っ込んで、かなり強く動かしていた。  シャコシャコシャコという規則的な音の隙間から嗚咽が漏れている。強すぎる摩擦で歯茎が破れたのか、血の混じった歯磨き粉の泡が口の端からこぼれ、洗面台に滴り落ちている。 「おい。血出てるじゃねぇか」  あふれ出る泡が鮮やかなピンク色になっている。丑尾は手を止めない。 「もうよせって、バカ」  小刻みにゆれ続ける肩を掴んだ瞬間、はじかれたように振り向いた丑尾に体当たりされて、俺たちはそのままガラス戸を突き

        連載「若し人のグルファ」最終話

        マガジン

        • 「棚の間」武村賢親
          13本
        • 「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親
          10本
        • 掌編ごった煮
          11本
        • 「かんう」武村賢親
          12本

        記事

          連載「若し人のグルファ」武村賢親40

           薄暗い脱衣所にガスの電源だけを灯して、風呂に湯が張られるまでの間、一息つこうと服を脱ぎ、洗濯籠に叩き込む。  空調の冷房を限界まで下げ、適当なシャツと短パンを身につけてランダへと出た。  雨脚はアパートにつくなり弱まって、もはや霧のようになっていた。  干したときより重たくなった洗濯物は、すこし握っただけで水滴がひじまで滴り落ちた。もう取り込む気力もなく、明日まで放置しておくことにする。  丑尾は嫌がるだろが、今日は一枚のバスタオルをふたりでシェアするしかない。

          連載「若し人のグルファ」武村賢親40

          連載「若し人のグルファ」武村賢親39

           ハンドルを握る手が震えている。  仕事の報酬も受け取らず、俺は逃げるようにして煙の国から抜け出してきた。  やっと冷房が効いてきて、のぼせたような頭に冷静さが戻ってくる。しかし気を抜くと自分の服や髪の毛からあまい香りが鼻に触れ、悪夢のような地下での出来事が蘇ってくる。  母親への復讐。それが小糸の目的だった。  マティファはそのための道具でしかなかったのか、俺が苦しまぎれに発した問いに、あいつはまた意外なことを言った。 「たしかに、あの子はそのために引き取ってきた

          連載「若し人のグルファ」武村賢親39

          連載「若し人のグルファ」武村賢親38

           なにを、と慌てる俺を制して、小糸は燃えるヒジャブを見下ろしながら続ける。その身体は見てわかるほどに震えていて、それが怒りからくるものだとわかるまで、たいして時間はかからなかった。 「愛情を注がれて、教育も受けさせてもらえて、それでいて神を疑うなんて贅沢までできて。ほんと、身売りまでして必死に生きてきた自分がバカらしくなってくるわ。こっちは神に祈りを捧げる余裕すらなかったって言うのに!」  壺の底が抜けたかのように、小糸は自らの半生をぶちまけた。  父親にネグレクトされ

          連載「若し人のグルファ」武村賢親38

          連載「若し人のグルファ」武村賢親37

           俺はなにも答えられなかった。知らぬ間に全身に力が入り、寒くもないのに小刻みに震えている。シーシャの煙を吸い過ぎたのか、こめかみの血管がずくずくと痛んだ。 「もくろみが外れた?」  小糸の手が肩にかかる。耳元で紡がれる言葉は、まるで悪魔のささやきのように聞こえた。 「聞いたわ。リニューアルまでの経緯。やさしいのね、あなた。あの子のために展示スペースをつぶしたんでしょう」  かつてない大きな戦慄が全身へと駆け巡る。  息をするのも忘れ、ただ、緘黙する。  あの子をわ

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親36

          「なんでそういちいち俺の身体に触りたがる」 「人肌恋しいの。最近ね。あの子じゃ私を満足させてくれないから」  小糸の瞳に黒いものが過った。  そうか、俺がふたりの関係を知っているということも、お前は知っているんだな。 「あの子、手足の先は温かいのに、身体はとっても冷たいから」  覚悟はしていたが、小糸が語ると、マティファのそれとは比べ物にならないくらい官能的な部分にまで話が及ぶ。耳の形や脇下の湿度、乳首を食む口唇の力加減まで、ぎょっとするほど赤裸々に情事の一部始終を

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親35

           日曜日の「ガラスとクルミ」は、俺の予想に反して若い男女やガラベーヤ姿で写真を撮る女性グループで賑わっていた。  平日とあまりに違う光景に降りる階段を間違えたのかと焦ったが、鼻に触れる煙の匂いは間違いなく小糸が自分で調合したというフレーバーで、あいつの身体に染みついた挑発的な誘惑の香りそのままだった。  忙しそうに立ちまわる店員に断りを入れて、店の奥へと進む。今日もマティファは休みをもらっているのか、客間にも調理場にもいなかった。  バックヤードに入ると客間の喧騒は嘘の

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親34

           今朝はいっそう忙しない朝だった。  桑原と横浜観光の約束をしていた丑尾は前日に荷造りというものをまったくせず、早朝の日課をいつも通り終えてから支度にかかったのだ。お陰で、早くに目が覚めて、遠出の際の必需品探しを手伝わされる破目になった。 「たぶん夜には帰るけど、晩飯食ってから帰ってくるわ。十時過ぎるようなら先に寝てくれ」 「それはいいけど、お前ちょっと気をつけろよ。あんまり浮かれ調子だと下手打つぜ」  玉輝のラジオを聞いてからというもの、どこか丑尾の様子が浮足立って

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親33

          「ですが小糸は、私の告白を受け入れてくれました。深く掘り起こそうとすることも、教義を持ち出すようなこともしません。ただ、それがあなたなんでしょうと言って、縋りついた私を優しく慰めてくれました」 「それで小糸についてきたのか」 「はい。ひとつの条件を提示して、小糸は私に選択肢を与えてくれました」  小糸の出した条件。それは当時のマティファにとって、甘美とも、酷とも取れるものだった。 『この場でわたしを抱きなさい』  小糸らしい、と思った。相手がもっとも求めているものと

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親32

           小糸がどういう風の吹きまわしで遠路遥々アフリカ大陸まで渡っていったのかなんてわからないが、あいつがなんの利益もなく見ず知らずの人間を助けるとは思えない。  初めて出会った日、マティファは小糸に借りがあると言った。 その借りというのが、その家族から自分を引き離してくれたことなのだろうか。  先行するダンプとの車間距離を維持しながらつまみをひねって、しっとりと聞けるクラシック音楽のチャンネルに切り替える。  それにしても、小糸の母親か。  考えてみれば、小糸の半生に関わ

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親31

          「すみません。お昼ごろまでは晴れていたので、天気予報を見ずに出てきてしまいました」  そう言ったマティファは濡れ羽色の髪を押さえるようにして、すでに色の濃くなったハンカチに水気を吸わせようとしている。濡れて肌に張りついているカッターシャツに下着の柄が透けていて、できるだけ首から上だけが映るようにバックミラーの向きを調節して、身体が冷えないよう冷房の温度をすこし上げる。 「今日仕事は?」 「土曜日は固定のお休みをもらっています。ですが今日は、昨日に引き続き臨時休業です」

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          連載「若し人のグルファ」武村賢親30

           バスタ新宿の周辺をぐるぐるまわり、駐車できるところを探したが見つからず、けっきょく停車させた車の中から人混みにまぎれていくおやじさんを見送った。  最後の最後で不躾だったな、と反省しながら、休憩しようと座席を倒して横になる。  雨脚が強くなり、フロントガラスを叩く雨粒もこころなしか大きくなっているようだ。間歇的に激しくなるエンジンの振動を背中に感じながら、雨音に耳を澄ませて目を瞑る。  頭の中で、今日までさんざん目にしてきた丑尾の背中と、たったいま見送ったばかりのおや

          連載「若し人のグルファ」武村賢親30

          映画「春よ、はやく。」公開まで、のこすところ1週間!!!

          おはようございます! 琳琅の会メンバーの武村賢親です。 本日はかねてよりお知らせしている私がシナリオを書いた映画の活動報告を兼ねたお礼の記事です。 おかげさまで、クラウドファンディングによるご支援は58%を超えました! 小林監督も無事に大学を卒業。卒業制作でもある「春よ、はやく。」は文化学園大学の学長賞を受賞しました! 映画は3月28日。 渋谷ユーロライブにて一般公開されます! 第一部:12時40分に開場 13時00分より上映。 第二部:15時10分に開場 15時

          映画「春よ、はやく。」公開まで、のこすところ1週間!!!