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酔って思ったことを連綿と書き残す50「間違い探しです」

はしがき。

サイゼリヤの「間違い探し」をみなさんご存知でしょうか。
メニューの置いてあるところにそっと置かれている、子供向けの座興です。しかしこれが、座興に非ず。「座興に非ず」、ただその言葉が言いたかっただけです。
D先生!

上の写真は、先日彼氏と初サイゼを致しまして(彼がサイゼを愛しているのです)、二年ぶりのサイゼ民の私は、着席して即、間違い探しを始めました。サイゼ好きなんだけど、家の近くにもあるんだけど、あると行かない、不思議なサイゼ。
で、彼がチェイサーを取りに行ってくれた間に、5つ。
おしぼりをピャーと破ってる時に6つ目。
7つ目は彼が見つけ、8つ目は私が確保したのですが、残りふたつが、平常運転で見つからない。
ビールのジョッキを飲み、デカンダを飲み干しても、見つからない。
彼氏がネットで答えを調べてヒントを出してくれてもわからない。
今回も、負けました。
というのが、上の写真になります。
残り二つ、夜なべして見つけてみてください。彼氏のヒントを引用すると、左上にふたつあります。教えて貰ったけど、最後の一つ、どこだったかも覚えてないや。

にしても、サイゼの店員さんは素晴らしいですね。
所望の品を注文票に記入して、渡すじゃないですか。
その記号を見て、機械に打ち込む前から「ペンネがおひとつと、野菜とキノコのピザがおひとつ、『よく焼き』ですね」って、さらりと復唱なされました。
で、打ち込んで、よし、ってお戻りになられる。
どの世界でも、スペシャリストはかっこいいものなのですね。

すっかり「酔って思った(略)」も、小説の続きを打ち込むだけの代物になっておりますが、今回も同じく、前回の『シン・死の媛』の続きです。
先日、iPhone13(常盤色)からiPhone13(紺瑠璃色)に機種変更したら、何故か同じiPhone13でも、Windowsでいう『Word』アプリが使えるようになりました。これまではお家のiPadで書いたものを、出先ではスクショして推敲するしかなかったのですが、うっかり書き進められるようになってしまったのですよね。
なので、付き合いたての彼氏が横にいても、LINEに返信するかの如く、さらっと小説を書いてます。
人をダメにするケータイを私は手に入れました。



 正午過ぎ。
 レストランみかどにて。

「みかどのオムレットは何故、他よりも美味しいのだろうか」
 パン、オムレット、ハムサラダ。
 陛下のお食事は、外食でも変わらず均整が取れている。しかし本日は、カレーライスとオムレットで長くお迷いになられていた。途中、ハムライスの誘惑にも呑まれておいででした。
 その真向かいに座る美柃みれいは、頑としてカレーライス一択。
「大盛りで」
 なんの躊躇いもなく、ステークにそう註文を付けていた。
 そして仲睦まじく、オムレットとカレーライスを分け合って居られます。
「オムレットカレーライス、というメニューを加えたらどうでしょう?」
「それもいいが、グリルドチキンカレーも捨てがたいな」
「それは、背徳的ですね」
「そうだろう?」
 レストランみかどに、陛下御用達のスペシャルメニューが生まれる予感が致します。
 私は、いつもの。
 プデング、ハムサラダ。
「それで、足りますか?」
 大盛りのカレーライスを寄越そうとする美柃。
「そのうち、ほんとうに体を壊すぞ」
 パンを一切れ食べさせようとする陛下。
「はい」
 有り難く、一口ずつ頂戴した。
「それは、時折考えるのですけれど」
 どうしてもこれが、やめられないのです。ハムの塩気と、プデングの甘味。煙草より、こちらの方が辞められないかも知れません。
 明日は少し、変えてみようかしら。そう思い、メニューに目を落とす。フライドフヰッシュ、ビーフカツレツ、コールドチキン、ハムエッグス。
 ハムエッグスとプデング、いいかも知れない。
「無事の『ご帰還』、お目出度う御座います」
 手の空いたステークが、我々のテエブル席にトレンチ片手にやってきた。
「こちらはサアビス品になります」
 それは、プデングだった。それも、ホイップクリイムと蜜漬け桜桃さくらんぼの乗った、特別仕様。
 四人分。
「?」
 思わずステークの顔を見上げると、その視線は別のテエブル席へと流れる。
 リントヴルム団の国防色が一客。
「絢ちゃんの手前、いつもシチュードビーフだけど、彼はカレーライスとプデングが大好きなんだよ」
 四人目のプデングをトレンチごと置いて、ステークは厨房へと戻ってゆく。よく見るとその硝子皿の下に、小さな紙片が敷かれていた。ステークの筆蹟だろうか。
『国防相自死』
 店内が急に小さく、模型になる錯覚。
「どうした?」
 陛下の声が近づく。美柃の気配も近くなる。私はくしゃくしゃな外套から鉛筆を取り出して、紙の裏に一筆書き添えた。それをプデングの下に差し直し、少尉の許へと向かう。
 対角線上の彼の指定席は、窓際。初秋の日差しは、彼の愛読書を明るく照らしている。『女學徒の蜜壷は淫らに滴り、教諭の頬辺ほおべたに一縷の情熱を知らしめた。「どうか、私を壊してく』
「みかどからのサアビス品です」
 少しも手を付けられていないシチュードビーフの傍に、特製プデングをトレンチごと置く。リントヴルム団少尉はそれを一瞥し、読書へと戻っていった。この依頼を彼がこなしてくれるかは、彼次第。
 調べごとが、また一つ増えた。
「どういうことだ」
 紙片の意味合いを、陛下がお尋ねになる。正しくはわかりません。
「ただ、あまりにも符丁が合いすぎています」
 未明に陛下たちは、獨逸ドイツの輸送機、ユンカースを目撃しています。
 そして、長閑な朝刊から察するに、国防相自死も、未明から朝にかけてと推定できる。
 おそらく夕刊には『国防相急死』という見出しが踊ることでしょう。
「思えば、」
 脳裡に記憶した、燦国の大臣たちの名を呼び起こす。
「これで四人目ですね」
 国防相の交代は。
「三人目も、今年ではありませんでしたか?」
 美柃は褐色のズボンのポケットから、紙片の束を取り出す。豆粒のように小さな文字が、びっしりと並んでいた。端は赤紐で綴じられている。
「一九三八年四月十三日、朝刊付で新国防相の就任が報じられています。理由は不明」
 驚いた。
「全部、書いてあるの?」
「はい」
 美柃の顔は涼しげだ。
「念の為に、得られた情報はすべて書き写しておきました」
 よくよく見ると、それは一九三六年初頭の『燦国さんごく事変』から始まっている。紙片の束は、ノオトよりも厚い。書き取り方は雑だが、しっかりとした燦国の表資料になっていた。
「後で、見せてもらっていい?」
「勿論です」
 これを見れば、見落とした情報も色々と出てきそうだ。安全第一が信条の、美柃らしい行いだった。
「四度目、か」
 国防相の入れ替わりは。
 美柃の備忘録を覗き込みながら、陛下のお声が小さく発せられる。
「私も、今回で四度目だ。寧ろ、それが『原因』かも知れない」 
 獨逸の輸送機の発覚ではなく。
「前に私がここへ来たのは、四月上旬だ」
 確かに前回は、桜吹雪の時節だった。
「もし、凡ての時期が合うなら」
 陛下は、パンをゆっくりと嚥下し、鳶色のお目の内に、あらゆるものを透過してゆく。
「私が所以であることを、考えざるを得まい」

 結果として、それらは符合しなかった。
「初回と二回目は、」
 午後二時、二城北端。
 燦国枢機、李宮りきゅうを望むことのできる、なだらかな丘陵地帯。
 私たち夫婦の住む、三階建ての店舗兼住宅に御身を移された陛下を眼前にしてさえ、亭主は相変わらず、いつも通りだった。
「当時は燦国側のレーダーはまだ試運転中でしたから、どうやら稼働してなかったらしい、とでも言えば正しいかな?」
 ツナギは陛下の御前で煙草を咥え、書棚に積まれた大量の新聞をばさばさと崩落させている。
「一応傍受はしましたが、何かを探った形跡はありませんでした」
 いかにも仕事のできる男、といった様相で陛下に奏上しているが、私たちが家に着いた時、この男は廊下で大いびきを掻き、裸体で仰向けに転がって居りました。陛下は、或る箇所をじっくりとご観察。美柃は、咄嗟に背を向けた。陛下のご感想は、聞かなかったことにしましょう。
 ここは、三階。
 於、通称『作業場』。
「三回目に関しては、レーダーは本稼働してましたが、傍受した限り、こちらを探知した様子はなかったです」
 三人の女子に要らぬものを見せたツナギは、昨日、東部での仕事を終えた後、南下し、情報通信に聞き耳を立てていた。
「今回も、午前五時ごろは、彼らは無防備すぎるほど、何も探知していません。むしろ、陛下がご覧になったユンカース輸送機と思われる複数の機体が、四時ごろ、盛んに探知されていました。レーダーの探知可能距離から推測するに、このあたりですね」
 ようやく掘り出した燦国全図を散らかった床へと広げ、人差し指で楕円を描く。燦国東部、南北に縦貫する八十八根やそやね山脈一帯。
「で、こう進んだと仮定すると、着地点はおそらく、ここかな」
 とん、と指を置く。
「成程。哥鳥かちょうか」
 陛下の、低いご一声。旧嘉国かこく東方、蓂州めいしゅう南端。秘密都市の一つだ。街全体が封鎖され、地図から消されて久しい。
 決して小さな街ではない。市内に多くの町工場と、飛行場を有している。約三年前、燦国が嘉国へと侵攻した折、真っ先に狙われたのがこの哥鳥だった。我々は哥鳥、そして首都宰京さいきょう、二つの飛行場を燦国に持っていかれた。
「国防相の件は美柃ちゃんの備忘録どおりですから、初回、二回目は陛下の潜入時期とは合致しません。寧ろ初回に関しては、絢が潜入した時期と合致しちゃってますけどね」
 立ち上がり、再び、新聞の山を漁る。これだけぐちゃぐちゃに物を保管していても、本人は或る新聞を颯爽と手に取る。
「初回は一九三六年十二月三十日、朝刊付。病没(薬殺)」
 さらに別の新聞の山から、これは探し出すのに苦心していた。「ああ、あった。二回目は翌年五月九日、夕刊付。事故死(に見せかけた)」。
 括弧内の記述は、ラヂオ・アナウンサーによるもの。彼はニュース原稿に、仕事柄知り得た裏情報を記している。コードネームは『花形』。
 みかどで受け取った原稿は作業場へ持ち帰り、マイクロフィルムに収め、嘉国へと送る。そして新聞に裏情報を控え、焼却。
「三回目は確か『理由なし』だったね。美柃ちゃん」
「はい」
 美柃は、彼の裸体以外は、しっかりとツナギの様子を伺っている。若い女子に見つめられて嬉しいのか、大男は「ナツハヅキ、トリマチヅキ、」陽気に口ずさみながらも、どうやらそれが見つからない様子。
「おかしいなあ、この辺のはず」
 灰の落ちかけた煙草を、山積みの吸い殻の中で揉み消す。「あ、わかった!」一人合点し、書棚の上の、新聞の山を鷲掴みにする。当然、ばさばさと新聞が降ってきた。
 消え切っていない火種は、立ち上がった妻が消火。
「あったあった」
 四月十三日、水曜日。朝刊付。
「(処刑)」
 陛下と美柃が、案の定顔を見合わせる。当時、そのどれも情報を追ったが、無益だった。
「死の回廊か?」
 そのあたりの情報もまるで掴めず。
「さすがに、別枠ではないですか?」
 それも、判然としなかった。
「別枠ねえ」
 二人のやり取りを聞きながら、ツナギはまた、煙草に火を点ける。女性御用達の煙草、勿忘わすれな。赤紙に巻かれたフィルターは、洋紅ようべにの跡を目立たせないため。
「罪の区別なく、凡ての罪人を死刑に処す」
 ツナギは女物の煙草を片手に、この国の絶対の掟を口にした。
「三人目は案外、そんなところかも知れないですよ?」
 収賄とか。横領とか。
 亭主の意見に、なるほど、と呟いたのは私だけではなかった。
「何はともあれ、全員が全員、印象操作されていることだけは確かだな」
 私と同時に「なるほど」と首肯うなずかれた陛下は、やや可笑げにお顔を綻ばせ、燦国政界を総括なされた。
「厳格な法律を国民に強いておきながら、大臣は内密裡に処分というのは、いささか妙な心掛けと言わざるを得ないが」
「燦国は、陛下のようにお心根が強くも、正直でもないんですよ」
 ツナギの、陛下を見る目は柔らかい。
「卑怯。幼稚」
 穏やかな表情で、さらりと毒を吐く。彼には、そんな一面もある。
「とにかく、長続きしない燦国国防相と、陛下との因果関係はおよそないと思われますので、その辺についてはどうかご安心を。ただ、厄介なのは、嘉国がユンカースを見ちゃったことですね。裏を返せば、嘉国が怪しい動きをしているのを見られちゃったわけですから」
 次の国防相は間違いなく、国境付近の防衛を堅固なものにする。
「ここから脱出するの、大変かも知れませんよ」
 陛下の燦国滞在期間は約一ヶ月。十月下旬には嘉国へと戻られる予定だ。
 その時までに、ほとぼりが冷めていようはずもない。
「そうだな」
 陛下は、床に広げられたままの燦国全図に目を落とされた。
「とはいえ、脱出方法にも限りがある。いずれ考えておくとしよう。今は一ず、ユンカースの仔細を探ってくれ」
 ツナギは不遜にも返辞をせず、螺子ねじと工具の散らばった机の上から、或る紙束を手に取った。
「今朝、早急に二城にじょうへ戻り、李宮の通信を傍受した中に、いかにもな暗号電文が幾つか混じっていました。それと昨日も、似たようなものが」
 ツナギが「言語が違うのかも」とぼやいていた、例の暗号電文だ。
「先ずは、それらを解読してみます」
 そうねえ、と、作業場をぐるりと見渡して。
「絢、『ファウスト』の原語版、持ってるよね?」
 唐突にそう言った。
「え? 寝室にあるけど」
「貸りるね」
 脱兎の如く退室し、階段を、落ちる音。
 今年で六回目。
「どういうことですか?」
 美柃が立ち上がり、机上に残された紙束に目を通す。初見の美柃ですら彼のことを心配しないのが、却って爽快です。
「そうねえ、」
 彼の物真似をして、それを覗き込む。意味を為さない文字の羅列。一枚ずつ、ツナギの筆蹟で通し番号が割り振られている。三人でそれを見つめていると、階下から、情けない男の悲鳴が聞こえた。「絢ちゃーん!」
 美柃が、ふっと吹き出す。
「呼ばれてますよ」
 思わず、陛下と目が合った。
「美柃?」
 陛下も、同じご感想でしたでしょうか。美柃が、大人の女性に見えましたよね、今。
 つい名前を呼んでしまったので、彼女に別事を伝える。
「そこの柳行李こうりの中に、陛下のご所望のものが入ってるから」
 作業場の片隅には、諜報に不向きな足踏みミシンが一台。その脇に積まれた柳行李を指し示し、物言いたげな陛下に一礼。
 今は、美柃の件は詮索しないでおきましょう。
 掛時計だらけの階段を降りると、二階の寝室の前で、ツナギは私を待っていた。
「灰、落ちるよ」
 赤いフィルターの近くまで燃えた煙草は、一度も灰を落とした形跡がなかった。先ほどの階段の落下音は、私を呼び寄せるためのダミーか。彼の代わりに寝室に入り、やはり吸い殻だらけの灰皿を手に取る。
「吸い過ぎだよ」
 あと、未成年の前では控えてほしい。そうたしなめると、「そんなことを言いにきたの?」なんてはぐらかす。先ずは、キスをした。
「ファウスト、どこ?」
 私に勿忘の紙包みを手渡しながら、室内を見渡す。
「ナイトテエブルの中」
 住み始めた時から設られていた、アール・デコ調のナイトテエブルを彼が開くと、二挺のトカレフと、その奥に二冊の文庫本がしまわれていた。ファウスト第一部、そして、第二部。
 私は、勿忘に火を点ける。
「何か、閃いたの?」
 尋ねると「全っ然」悪びれもしない答えが返ってきた。
「多分、単純な転置式だとは思うよ。でもさ」
 パラパラと捲ったファウストを、寝台の上に放り投げる。
「暗号解読よりも、哥鳥観光に行った方が手っ取り早いかもね」
 自身も寝転がり、ナイトテエブルのトカレフを一挺、手に取った。くるくると回す。
「これ、整備してあるよね?」
 勿論です。
「行くの?」
 秘密都市周辺の偵察は、危険を伴う。
 彼の傍に腰掛けると、うーん、と唸りながら、腰にまとわりついてきた。外套の左ポケットに何かを滑り込ませる。
「?」
「十二の時間に、連絡するよ。四〇四〇、四六九九」
 指先で確認すると、それはマイクロフィルムのようだった。四桁の数字は、彼の通信基地を表する。
「了解」
 基地の合鍵は凡て所持している。返辞をし、右のポケットから革財布を取り出した。百圓札を二枚。
「煙草ばかり買わないように」
「はあい」
 守る気のなさそうな返辞とともにその紙幣を受け取り、よっこらしょ、と起き上がる。
「これ、しばらく借りるね」
 長い指が、ファウストを再び手に取る。もう一度、今度は長いキス。繃帯ほうたいの巻かれた人差し指が、左頬を優しくなぞる。戻る頃には、その火傷も治っているだろうか。
「いけない、いけない」
 唇を離し、笑う。
「僕たちは夫婦でした」
 初々しいことをしちゃったね。そう言って寝台を軽やかに降りると、床上の黒革のトランクに、二冊の本と、トカレフを放り込む。
「カロッテさんのところに寄ってから行くね」
 家屋、車、株。
 我々の活動を見返りなく支える、実業家の名を口にする。
「車を、借りるの?」
「違うよ」
 下着、靴下、白シャツ。
 次々と適当に放り込みながら、
「部屋を借りてくる」
 ツナギは、鞄を閉じた。
「今回の陛下のご来訪は、かなりの危険を孕んでる。何者かが嘉国上空から侵入した。それに気づかないほど、燦国も間抜けじゃあない。おまけに僕も、これから危ない橋を渡るしね」
 トランクを手に直立する。
「ここに滞在させない方が賢明だ」
 美柃ちゃん一人に警護を任せるの、ちょっぴりおっかないけどね。肩をすくませ、ひらりと手を振る。
「後でカロッテさんから連絡が来ると思うから」
「わかった」
 私の返辞とともに、彼の姿は消えた。
 彼の立っていた場所をしばらく眺め、煙草を消す。
 私も、動かなくてはならない。
 三階の作業場へ戻ると、二人は共同作業に勤しんでいた。美柃があわせの袖を、不慣れな手つきで解いている。陛下は、柳行李に詰め込まれた着物を丹念にご覧になっている。
「絢、ありがとう。これだけあれば、かなりの数を作れそうだ」
 陛下の燦国でのお仕事は、古着物で更生服をお仕立てになることだった。
「いいえ」
 最近では色街の方々にお願いして、廃棄された着物を譲ってもらっている。以前に比べて集めるのも楽になったし、生地の種類も豊富になった。
「別で保管して貰っている分もありますので、必要でしたら取って参ります」
「そうか」
 頑張って作らないとな。陛下が、十ほどある柳行李の山を見上げ、意を新たにされる。仕立てられた更生服は、過去三回はマーケットでお配りになられていたが、今回は、どうしようか。
「そういえば、ツナギは出かけたのか?」
 耳聡く、表のエンジン音をお感じになられていたようだった。素直に行き先を告げると、不安そうなお顔をお隠しにならなかった。
「一人で行かせて、よかったのか?」
 この四人の中では、彼が最弱。正直言えば、不安です。
「私も、することがありますから」
 これから、李宮へと赴く。死の媛の拠点を探るためだ。これからの五日間、この時間帯は美柃一人に警護をお願いする他ない。
「美柃、よろしくね」
 無心に袖と格闘する姿へ声をかけると、「晩食はどうしますか?」そんなのは当たり前です、といった様子で言葉が返ってくる。そういえば、どうしましょうか。
「それは、私が作るから問題ない」
 陛下が案外なことを仰った。
「材料は、今日の分ぐらいならあるのだろう?」
「あるにはありますが、」
 燦国らしく、あまり豊富には揃っていない。
「先ほどのみかどで、何か拵えて貰えばよかったですね」
 うっかりしていた。
「構わない」
 ばさり、手にした浅葱の薄物を広げ、綻びに触れる。
「行ってきてくれ」
「どうぞ、よろしくお願い致します」
 壁に隙間なく掛けられた時計は、一斉に二時半を示している。一刻の猶予もない。
 後を託し、家を後にした。
 不意に振り返ると、店舗の入り口には『臨時休業』の張り紙が為されていた。ツナギの字だ。その右上には、時計の絵まで描かれている。
 用意周到、準備万端。
 ポケットに仕込んだ燐寸箱型の隠しキャメラで、それを収める。もしかしたら未明の時点で、彼は哥鳥行きを訣意していたのかも知れなかった。
「どうか『閉店』となりませんように」
 青空へと独りごちる。
 この祈りは、いささか夫婦らしく、見えますでしょうか。


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