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【GW企画】短編小説「ペイヴメント」第2話

【10秒でストーリー解説】

 退屈な部下との交流を終え、翌日に工事現場の視察へと向かった“私”は、アスファルト舗装の表面が奇妙に変形する様子を目撃した。それは単なる物理的な問題なのか、確認しようにも現場責任者は近くにいない。私はその現象をしばらく観察してみることにした。

 —これはアスファルト特有の現象なのか。
 
 アスファルト合材の温度が高くなり過ぎると、敷き均した後に膨らんでしまうような現象でも起きているのか、私は安直にそう思った。
 
 それは次第に膨張を増し、掌くらいの大きさで2~3㎝くらいの高さにまで大きくなってきた。このまま大きくなってしまえば、車を走らせることができなくなる。
 
 今のうちに転圧し直しておかなければ、後から補修すればまた時間と金がかかる。どうにか収まらないものかと私は皮の手袋越しに、右手でそのこぶを上から軽く押してみた。その瞬間に私の右の掌がずぼっとそのこぶの中にめり込んでしまった。
 
 —これはまずい、作業員に余計な仕事を増やしてしまった。
 
 私は右腕をこぶから引き抜こうとしたがなかなか抜けない。
 
 —一体どうしたんだ。
 
 渾身の力を込めて引き抜こうとしたがびくともしない。困り果てた私は大声で作業員を呼ぼうとしたその時、右腕がずるずるとアスファルトの中に引きずり込まれ出した。
 
「何だ、これはぁ!」
 
 右腕がどんどん引きずり込まれる。右腕に焼けるような熱さを感じるが、底を突くような感覚がない。まるで底なし沼のようだ。
 
 —何が起きているんだ。このままだと身体ごと飲み込まれる。
 
 膝を突いて反力を増して右腕を引き抜こうとするが全く歯が立たない。とうとう右肩まで飲み込まれ、アスファルトの表面が私の顔のすぐ近くまで迫った。頬が焼かれる。気が付くと踏ん張っていた両足までもが、アスファルトに引きずり込まれ出していた。
 
 「だれかっ、助けてくれっ!」
 
 私は大声で叫んだが、重機の音にかき消されて作業員たちの耳に届かない。部下たちは必至で写真を撮っていて、私のことなど気が付く素振りもない。
 
 —まずい、このままでは死ぬ。
 
 私は呼吸を確保するために身体をひねって仰向けの体勢になったが、身体はなおも沈み続ける。私の胴体もアスファルトの中に沈み、首を目いっぱい上に曲げて口と鼻だけでも外に出そうとしたが、私の身体は成す術もなくアスファルトの中に取り込まれてしまった。
 
 身体の感覚は確かにあるが、なぜか動かすことができない。目だけがアスファルトの表面に出ていて視覚ははっきりしている。耳はアスファルトに埋もれていて、かなり音は聞き辛い。
 
 私は自分の身体が厚さ数センチメートルの植物人間になってしまったようだ。それに熱い。身体が溶けそうになるくらいの猛烈な熱さだ。
 
「だれかっ、助けてくれっ」
 
 私はそう叫ぼうとしたが、口が全く動かない。現場にいる作業員たちも、少し離れた場所で写真を撮っている部下たちも、私が消えたことにだれも気が付いていない。
 
 右腕に力を込めてみたが、ピクリとも動かない。腕に、腕だけではなく、顔も足も胴体も厚さと言うものを感じない。自分の目で確かめることはできないが、身体がペラペラの紙みたいになってしまっている。
 
 その上に熱く重いアスファルトがのしかかっている。身体のどの部位も1㎜すら動かすことができない。
 
 どうすればここから脱出できるのか、私は必死で考えた。考えがまとまらないうちに、聞き辛くなった私の耳をつんざくような轟音が鳴りだした。その轟音は私を取り込んだアスファルトが大きく振動させながらゆっくりと近づいて来る。
 
 私の視界には何も捉えられないが、過去に同じような現場を見学した経験から、それが何かがすぐわかった。アスファルトを転圧するマカダムローターだ。私のすぐ傍まで近付いてきたかと思うと、私の足と思われる部分の上を踏みつけながら通過して行った。
 
「ぎゃぁぁぁぁぁ―」
 
 骨が砕かれるような痛みに私は声をあげようとしたが声が出せない。今度は一人の作業員が近づいてきた。私の顔と思われる部分を底の分厚い安全靴で踏みつけてきた。
 
「やめろっ、どかんか」
 
 やはり声が出せない。その作業員は私の顔の上に足を置いたまま動こうとしない。
 
 —なぜこんな品のないやつらに顔を踏みつけられなければならんのだ。
 
 耐え難い屈辱だった。どうやればここから抜け出すことができるのか。きれいに転圧された舗装をだれかに剥ぎ取ってもらわない限り、私はここから抜け出すことができなのか。しかしそれを伝える術がない。

<最終話へ続く>

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