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【連載小説】小五郎は逃げない 第14話

【15秒でストーリー解説】

明治維新を成し遂げた幕末の英雄・桂小五郎は、剣豪でもあった。「逃げの小五郎」と称された彼は、本当に逃げ続けた人生を送った人物だったのか。

新選組から身を挺して守ってくれた幾松を拉致され、奪還に向かうも成す術もなく新選組に追い詰められる。その絶体絶命の危機から桂を救った男は、京の街を震撼させていた「人斬り」こと岡田以蔵だった。

岡田以蔵はなぜ桂を救ったのか。以蔵は果たして桂の敵となるのか、味方となるのか。そして剣豪・桂小五郎は最狂最悪の殺人集団・新選組から幾松を奪還することができるのか。

愛する女性のために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

生きてこそ 4/4

「武市殿のことはよく知っている。日本の行く末について、しっかりとしたお考えを持っておられ、何度か議論をさせていただいたが、論旨明快でたいへん勉強させていただいた。立派なお方である」
「そうじゃき、武市先生はわしらを正しい道に導いてくれるお方やき」
「しかし、その裏で暗殺活動を繰り返していたとは・・・。それも以蔵殿にその暗殺の指示を出していたのか。それに何故あなたは乞食のような生活を余儀なくされているのだ」
 桂は武市と何度か議論をしたことはあったが、その存在を知っていた程度に過ぎず、武市のことを深く理解していた訳ではなかった。増してや暗殺を繰り返しているという裏の顔があったなど、知る由もなかった。
 
「武市先生はわしらにさらの日本を見せてくれると約束してくれたぜよ。武市先生は約束したことは必ず守る人やき。わしは武市先生がさら日本を作ることの役に立てるなら、死ぬことなど何とも思わんぜよ。乞食みたいになったかて、なんちゃ気にしやーせんきに」
 桂は以蔵のその言葉を聞いて、しばらく黙り込んだ。しかし、意を決したように話し始めた。
「人の意思に左右されて、死んではならんぞ、以蔵殿。生きるのだ。己が思うがままに。己の信念を貫くために、死が必要ならそうすればいい。命はそのために使うべきではないか」
「わしは、おまさんと違って頭が悪ぃきに、難しいことはわからんぜよ。けんど、武市先生は違う。武市先生は頭がええきに、日本中の人たちを正しい方向に導いてくれよぜよ。わしはその役に立てれば、それでええがぜよ。わしは生きてても何の価値もないきに。武市先生の役に立って死ねれば、それで本望ぜよ」
「死んでいい人など、だれもおらん!」
 桂が突然声を荒げた。桂が大声を出すことなど滅多にないのだが、自然と大声になっていた。高杉から桂は物静かな男だと聞いていたので、桂のこの迫力のある声に以蔵は驚かされた。
 
「どないしたがかえ、ほがな大声を出しよって。周りに聞こえるぜよ」
「いや、申し訳ない。だが、私は攘夷を成し遂げるため、多くの仲間を失った。皆、将来はこの国のために、必ず役に立つ男たちばかりだった。日本を良くしたいという志のあるあなたも、きっと新しい日本を作るための役に立てるはずだ。無駄に死んではならない。よいか、例え泥水を啜っても生きるのだ。生きて自分が成すべきことを果たしなさい」
 桂の言葉を聞いて、いつも陽気で笑顔が絶えない以蔵が、神妙な顔付になった。
「わしは人を殺すくらいしか能がないがやき。それに今まで何人もの人を殺めてきちゅう。全ては武市先生のためと思うてやってきたが、わしはいつか神様に罰せられるときが来るぜよ。わしなんかが、生きながらえる資格など有りゃーせんきに。武市先生がさらの世の中を作る時にゃ、たぶんわしはこの世におらんぜよ。けんど、それでええがやき。わしみたいな人間が武市先生の役に立てただけで、思い残すことは何もないぜよ。」
 それまでの陽気な以蔵と違って、桂には何か寂しげな目をしているように見えた。武市のために人を殺し続け、自ら追われる身となり、乞食同然の生活を強いられてもなお武市を慕っている。以蔵の言葉はまるで武市を崇拝する信者のように聞こえる。しかし、以蔵は心の奥で、自分が利用されていることを、すでに悟っているのではないか、追いつめられて利用価値がなくなれば、将棋の駒のように捨てられる、その時には死ぬことを覚悟しているのではないか、武市を否定してしまえば地獄へと落ちる道を選んだ自分自身を否定することになる。この男は永遠の暗闇の中を彷徨い続けたが、出口を見つけ出すことを諦めて、一人暗闇の中で膝を抱えて蹲っている、桂にはそう思えた。
 
「差し支えなければ教えてくれ。なぜ暗殺者になってしまったのだ」
「理由など忘れてしもうた。しかし、おまさんは何か勘違いをしちゅうぜよ。わしは自分の意思で人殺しになったんぜよ。武市先生に指図された訳じゃーないがやき」
「では聞くが、暗殺した人をどうやって選んだのだ。その人物を殺すことで、あなたたちがどんな有利な影響があったのだ。教えてくれ」
「もうその話はええきに」
以蔵は返事に困って、話題を反らそうとした。
「そんなことはどうでもいい。問題なのは、あなたの心が武市殿に支配されていることだ。あなたはあなたの人生を歩んでいない。あなたは武市殿の人生を歩んでいる。そうさせたのは武市殿ではないのか。自分の命は己の意思で、己の信念を貫くために燃やすものだ」
 
 以蔵は黙り込んだ。武市と京で行動を共にするようになり、武市に言われるままに暗殺を繰り返えすようになってからは、確かに自分の人生が一変したことは間違いない。生きていることが楽しいと思えたことなど、一度もなかった。武市のために死ぬことを悔やんだり、嘆いたりしたことは一度もなかった。自分の人生はこれでいいのだと思い込もうとした。しかし、自分らしく、自分の人生を生きろと面と向かって指摘されたことは始めてだった。以蔵はなぜかわからないが、子供の頃のことを思い出した。子供の頃は貧しいながら自由だった。龍馬と些細なことで取っ組み合いの喧嘩をして打ち負かされた。それで強くなりたいと思い、剣術を習い始めた。全てのことを、自分のために、自分の意思で選択していた。今は違う。暗殺者になったことを悔いてはいない、悔いるなら、自分らしく生きてこれなかったことなのかもしれない。以蔵はそう思ったが、言葉にはしなかった。
 
「こんな能のないわしに、何ができるかえ」
 以蔵は寂しく笑いながら言った。
「人間はみな、なにほどかの純金を持って生まれている。聖人の純金もわれわれの純金も、変わりはない」
 桂が神妙な顔をして言った。
「何かえ、その格言は?」
 以蔵が不思議そうに言った。
「私の師の言葉だ。名を吉田松陰と言う。あなたの心にも金が宿っている。例え暗殺を繰り返そうと、日本を良くしたいという志があることが、その証拠だ。これからは自分の意志で生きろ。あなたにも成せることが必ずある」
 桂の言葉に、以蔵からの返答はなかった。
「もう何人の人を殺めたのだ」
 桂が突然尋ねた。
「最初はちゃんと数えてたけんど、もう覚えとらんきに。三十人は下らんぜよ」
 以蔵は曖昧に答えた。
「もう人殺しはやめろ」
 桂の唐突な言葉に、以蔵は目を背けたまま、にやりと笑って小さく頷いた。

 <続く……>

<前回のお話はこちら>


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