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方違神社[大阪府]

大阪府堺市堺区にある、方違神社(ほうちがいじんじゃ)
地元では「ほうちがいさん」と呼ばれている神社です。

御祭神には、方違幸大神(かたたがえさちおおかみ)をはじめ、
八十天万魂神(やそあまよろずのみたま)
素盞鳴命(すさのおのみこと)
三筒男大神(みつつおのおおかみ)
息気長足媛命(おきながたらしひめのみこと)

が祀られています。


崇神天皇(すじんてんのう)5年(紀元前93年)疫病が流行し、多くの人が亡くなりました。
それを見た天皇は、崇神天皇8年(紀元前90年)に、物部大母呂隅足尼(もののべのおおもろすみのすくね)を遣い、素盞鳴命を祀らさせたところ、疫病は消え、五穀豊穣となったという言い伝えがあり、それが方違神社の起源と言われています。


その昔のこの場所は、摂津(せっつ)・河内(かわち)・和泉(いずみ)の3国があり、その国境がここにあったことから、平安時代に「さかい」と呼ばれるようになりました。

現在の「堺市(さかいし)」はそこからきており、方違神社はどこの国にも属さない「方位のない清地」ということで、
境内の土と、コモの葉で作られた「※粽(ちまき)」は、悪い方位を祓うという信仰のもと、方災除けの神社として古くから親しまれてきました。

※ここで言う「粽(ちまき)」は、餅米で作った食用の物とは違い「厄除け粽」のことで、食べることはできません

今もその名残で、境内には「三国丘」の石碑があり、近くの ※駅名 にも「三国ヶ丘(みくにがおか)」の名前が使われています。

※駅名は、JR西(阪和線)が「三国ケ丘」、南海(高野線)が「三国ヶ丘」表記になっています。


神社の場所は、仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)から近い、反正天皇(はんぜいてんのう)の古墳の近くにあります。

ちなみに反正天皇は、仁徳天皇の息子で、陵名(りょうめい)[=墓の名前]は、百舌鳥耳原北陵(もずのみみはらのきたのみささぎ)と言います。

方違神社では合祀の御祭神として、仁徳天皇や反正天皇なども祀られおり、
旅の安全祈願や、戦出陣の際の祈願として、空海、平清盛、徳川家康などの有名人もこの場所を訪れています。


旅行、引っ越し(移転)、転勤、家の新築・増改築など、
方違神社は、そういう方位にまつわる災いを祓う効果があります。

引っ越すことがなくても、悪い方角に旅行してしまった場合や、部屋の配置が悪影響を及ぼす場合でも、悪い効果を緩和するパワーがあるそうなので、

どこか遠くに出かける方、引っ越しされる方、新規に家を建てられる方に限らず、今住んでいる家の家相(風水)が気になっている方は、ぜひとも訪れてみてはいかがでしょう?


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