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夭逝 YOU-SAY

【文字数:約1,000文字】

 すこし前、詩に関する本を読んでレビューを書いた。

 結局のところ詩とは詩人の数だけあるという、どこか都市伝説めいた感想を得る。

 ただ、本で引用されていた中で立原道造が強く印象に残った。

 1914年に生まれ、1939年に24歳で病没する人生もさることながら、西欧におけるソネット(sonnet)、14行詩を得意としたそうな。

 引用されている『朝やけ』という作品は次のようなものだ。


 昨夜の眠りの よごれた死骸の上に
 腰をかけてゐるのは だれ?
 その深い くらい瞳から 今また
 僕の汲んでゐるものは 何ですか?

 こんなにも 牢屋ひとやめいた部屋うちを
 あんなに 御堂のやうに きらめかせ はためかせ
 あの音楽はどこへ行つたか
 あの形象かたちはどこへ過ぎたか

 ああ そこには だれがゐるの?
 むなしく 空しく 移る わが若さ!
 僕はあなたを 待つてはをりやしない

 それなのにぢつと それのベツトのはしに腰かけ
 そこに見つめてゐるのは だれですか?
 昨夜の眠りの秘密を 知つて 奪つたかのやうに


 これを読んで14行なのは分かるけど、抽象的で心にひびかない、という感想しか出なかった。

 それでも人気を博したから今に至るわけで、ここ最近その理由を考えている。

 元となるソネットが韻を意識したものとは分かるけれど、まったく同じ法則を日本語に当てはめられるのだろうか。

 webで他作品の解説ページをななめ読みした限りでは、同じ言葉や末尾を複数回、離して用いるなどの技巧がふくまれているらしい。

 注意深く読んでいけば気づくけど、私の感受性および読解力では知覚しにくい。

 すごさが分からない立原道造の生きた時代は、私が何度も言及している金子みすゞとほぼ同じで、こちらは26で自死している。

 立原道造が14行のソネット形式を好んだ詩人なら、七五調のイメージが強い金子みすゞと近いようで異なる存在ともいえる。

 これまで詩形などを意識するのは少なかったのに、学ぶことで気になるのは予想された負の影響だ。

 自分が好む表現を繰り返すのは楽しく、とても楽だ。

 上や周りを見ないで目を閉じて、口先だけの聴く力を発揮すればいい。

 努力は不要で何もしなければ叶えられる。

 もう自分はここまでと、諦めるのではなく悟ることで、きっと心は守られる。

 いばらの道と底なし沼。

 はたして私は、どちらを望んでいるのだろう。

 

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