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連作短編|揺られて(後編 )❾|未来へ (最終話)

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矢田麻里になる

今日は大安だから、式を挙げる組数が多い。控室フロアにはウエディングドレス、白無垢、フォーマルスーツの男性、黒留袖の母、仲人、同じ格好の人間が入り混じる。

友人たち、同僚たち、親戚の大勢が次々と控室へやってきた。

「おめでとう!すごく綺麗!」

「ありがとう」

同じ言葉を何度も聞き、同じ言葉を何度も言っていたら段々と気分が悪くなってきた。披露宴中に具合が悪くなったらどうしよう。

「少し歩いてみてもいいですか?」

ワイヤーパニエと高いヒールで歩くことがまだ不安なので、お仲人となった支店長の奥様と廊下まで歩いてみる。心配そうに支店長も新郎の彼も後ろをついてくる。

こうしていても、まだ銀行を辞めることになってしまったことが納得できていなかった。

妊娠したことは皆に喜んでもらえたけれど、矢田家の人たちに仕事を続けることを反対された。そのことを両親に相談はしたが、矢田家に従うのが一番平和だから諦めるように諭され、退職届は提出してしまった。

『アナタ ノ カレ ハ ママカツ シテイル』

彼のパソコン内のデータを開きそれを目にしたときから、自分の身に何が起こっているのかよくわからない。考えたくもないおぞましいことが起きていることには間違いなかった。

なぜ、彼はこんなことをする必要があったのか、考えてもわからないし、怖くて本人にも聞くことはできなかった。誰にも相談できず、この日を迎えてしまった。

誰のせいでもない。自分のせいだ……

不信感でいっぱいになってしまった彼とこの先うまくやってく自信がない。

でも言えない……

子どもには父親が必要だもの。
いや、本音はひとりで育てていく自信がない。

道はどこで間違えてしまったのだろう。

あきらくん……

もう逃げられないよ。

―  あのファイルを開いたね?

―  見たんだろ?

パソコンの操作履歴は確認したさ。誘導したんだよ君に知ってもらうために。これから先、君をコントロールするために。 

仕事は最初から辞めてほしかったから、子どもができたことは好都合だったし、両親も妊娠した妻の仕事には反対してくれたから自分の理想通りに事は運んだ。

甲斐甲斐しく夫と子どもの世話をしてくれる美しい理想の妻を手に入れた幸せをひしと感じている。

江上彩乃になる

控室には友人たち、同僚たち、親戚、大勢が次々と控室へやってきた。

「おめでとう!すごく綺麗!」

「ありがとう」

こんな素晴らしい日を待っていたのだ。今日は私が一番美しくて幸せな日。ドレスのデザインもとても気に入っている。ブライダルエステで肌の美しさも自己最高の完璧さだ。

控室の椅子に座っているのも退屈で立ち上がると、周りは大丈夫かとおろおろ手でドレスを押さえるかのような動作をする。同じ動作がおかしくて笑いながら周囲を引き連れて廊下へ出ると、同じように身内と談笑しているウェディング姿の花嫁が何人かいる。

この結婚式場は大きくて同時に何組もの結婚式、結婚披露宴を行えるのが売りなのだ。

その時、見覚えのある顔が視界に入った。

え?!貴也?!

娘さんかしら、でも背が高くないから違う。きっと仲人か親族としてここにいるんだわ。

こっちに気がつきませんように……

大事な日に昔のパパと顔を合わせるなんてとんでもない。貴也はこちらに気づくことなく談笑している。

ほっとしていると、この結婚式場にはそぐわない服装の中年男性が遠くからニヤニヤとこちらを見ていることに気がついた。

声には出していないけれど、口元が何か言っている。

……… オ・メ・デ・ト・ウ

背筋がぞっとした。

この男の正体に気がついた途端、あんなに幸せだった目の前の景色は薔薇色から一転して灰色に変わった。
マッチングアプリを解約していから何年も過ぎたというのに一体どうして……

偶然?

どんどん血の気が引いていく。

気持ち悪い……

彼女の幸せそうな横顔を見て、やっとこの日迎えたのだと実感している。何年も努力して本当によかったと心の底から思う。これからは二人で幸せな家庭を築いていこうね。

あれ?でも様子がおかしいぞ。

「顔色が悪いよ。大丈夫?」

「ええ。大丈夫」

今の気持ちを聞きたかったけれど、それは心の中にしまっておこう。きっと最高の幸せを感じているはずだから。

―  久しぶりに銀行員パパと会えたご感想は?

―  僕の愛しのルナちゃん……

披露宴会場内は新郎新婦の入場を今か今かと待っている。

扉は開いた。

「新郎新婦のご入場です!」

二組の新郎新婦はそれぞれの入り口から一歩足を踏み入れ、まばゆいばかりのスポットライトを浴び一礼すると、真っ暗な会場内を進んでいった。

(了)


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