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マイ・ライフ・サイエンス(28)「露」

 たまにキャンプに行き、テントで一夜を過ごして朝目覚めると、テントは露の水滴でしっとり濡れています。テントを畳むにも、テントについた水滴を乾かさねばならず、キャンプ場から出発するには小一時間ほど時間が必要となります。
 小学校の理科で水の勉強をします。0度以下なら氷になり、100度で沸騰します。そこから気象の話になっていくと、高気圧や低気圧の気圧の話や雷雲の発生の仕方の話などと、実験室から地球規模の勉強になります。こうした理科の勉強と同時に国語の勉強も並行してあり、教科書に掲載された小説の一部などに「露」という言葉が出てきたりします(たぶんですが)。
 ところが、理科の勉強というカテゴリーに水を巡る情報が整理され、国語の勉強というカテゴリーに「露」を巡る情報が整理され、学期末試験や受験を経るとそれぞれのカテゴリーに仕舞われ眠りにつきます。試験勉強の為の情報を記憶するだけの教育感(先生や親や本人である子供たちの勉強感とでも言えば良いかもしれません)のせいで、各教科で記憶した情報はこうして各教科のカテゴリーという箱に眠りにつくような気がしています。そのカテゴリーという強固な箱を飛び越え、理科で習った露も国語で習った露も、互いに出会おうとはしません。
 先日もキャンプに出かけ、カッコウの鳴き声で早朝に目覚めると、テントの外皮に水滴がびっしりとついていました。昨日の日暮れからついた夜露と明け方の朝露たちで、テントはずっしり重く露という名の水滴のコーティングで、わずかに歪んでいるようでした。
 キャンプに行きたくなるのはパターン化された日常生活から非日常生活への逃避なのでしょうが、キャンプから帰宅すると「やっぱり自宅が良いなぁ」と日常生活の有り難さを噛みしめることになるので、非日常生活からの逃避だけでなく、日常生活の有り難さの確認も求めてキャンプに行っているようです。
 その有り難さなのですが、一戸建てであれマンションやアパートであれ、私たちは「夜露」や「朝露」をしのいでいるようです。冬場に結露などで窓ガラスに水滴がついていることがありますが、毎朝、テントをコーティングするような露をしのいでいることなど、まったく考えてはいません。500万年前に人類が登場して以来現在にいたるまでに、気候に応じた家で生活を営んできた人類の知恵とは、露対策ひとつとっても素晴らしいものです。
 この露ですが、気温差で発生します。昼と夜の気温差が大きければ大きいほど発生しやすくなります。そして放射冷却で大気中に放出された熱は宇宙へと放出されます。
 朝一番のコーヒーを愉しみなが、テントをコーティングする露を、ぼんやりながめつつ、理科や国語などのカテゴリーを超えてつらつら考えるのもキャンプの楽しみの一つです。中嶋雷太

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