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『しおりん先生の家庭訪問』        (学年だよりから)

毎月の「学年だより」に載せていたフィクション仕立ての学校の様子です。今回は家庭訪問です。最近は家庭訪問をやらない学校も増えていますが、当時はクラス全員の家を訪問していました。1990年代のことです。

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その年の家庭訪問はケンタの家から始まりました。みんなの描いてくれた紙製の地図(註:当時はGoogleMapなどありませんでした)を頼りに自転車で訪問します。「ぼくの家はすぐに見つかるよ」と彼に言わていた通り、Nマンションを過ぎたあたりでケンタのマンションが見えました。彼の家は4階です。でもエレベーターが見つかりません。仕方なく階段を上りましたが、運動不足気味の私にはすごくきつかったです。ところが4階に上ると目の前にエレベータのドアが見えます。1階でエレベータの存在に気づかなかったのです。そんな自分が恨めしかったですが、気を取り直してよい運動だったと思うことにしました。

マンション住まいの人はクラスにたくさんいます。エミちゃんとナナさんは同じマンションの3階でお隣同志。でも階段の上り口は別。コースケ、ウッシくん、ミヤちゃんの3少年は高層のTWハイタウン。それぞれ5階、7階、13階と次第に天に近づいていく感じです。眺めがいいとは聞いていたけど確かに絶景。3人は毎日こんな素敵な景色を楽しんでいるんだな~と羨ましくなりました。13階のミヤちゃんのお宅に行った時です。外通路で真下を覗いてみました。地面がはるか下にあり、目がくらくらしました。実はこの私、高所恐怖症なのです。余計なことをした自分が悪いのですが、怖いと知りながらも覗きたくなる。そんな人間の習性を自分の中に見た気がしました。そのあとはもちろん素知らぬ顔でミヤちゃんのお宅を訪問。「ステキな眺めのお宅にお住まいなんですねぇ」とお母さんに言っている自分に笑ってしまいました。

ルシオとハヤトも同じマンション。ルシオのお母さんはスペインの゙出身です。訪ねたときはお昼寝中だったらしく「シ・エ・ス・タ・シ・テ・マ・シ・タ」と言ってガウンを羽織りながら出てきました。お母さんと話をしていたら、お使いを頼まれたルシオがスーパーの袋を持って帰ってきました。お使いを頼まれたそうです。お手伝いもちゃんとやっているんだね、偉いぞー。そういえば、ルシオがクラスで始めた「スペイン語講座」はなかなかの人気です。お母さんからいっぱい学んでみんなに教えてね。

マンション組の最後はアサミの家。妹がちょうど学校から帰ってきました。友達から電話がかかってきてすぐに出て行きましたが、帰りにまた道でばったり会いました。「シオリン先生さようなら」とあいさつしてくれました。小さなことですがこういうのってとても嬉しいです。アイちゃんの家に行く時もやはり知らない女の子が「お姉ちゃんの先生でしょ」と声をかけてきました。私がびっくりすると「〇〇アイコの妹です」と自己紹介。私のことがよくわかったね。先生っぽく見えたのかな。アイちゃんの家に着くと、一番下の妹を保育園にお迎えに行っていたアイちゃんが戻ってきました。アイちゃんはお母さんの代わりもやるんですね。

家庭訪問では予定の時刻に遅れて迷惑をかけてしまうことがよくあります。逆に早すぎるということもあります。スケジュールが遅れ気味になった時のために通常はどこかに調整時間を入れるのですが、スムーズに進んで調整時間が必要なくなる時があります。サクラさんの家に着いたのも予定の15分前でした。一応呼び鈴を鳴らしてみました。サクラさん本人が出てきて「お母さんはまだ外出から戻っていない」と言います。時間までに戻るつもりのようです。私は付近をぶらぶらすることにしました。普段歩くことがない学区をのんびり歩くのはいいものです。藤の花がきれいに咲いているお宅、空き家なのに大輪のボタンが見事なお宅、沖縄のシーサーが門柱から見下ろしているお宅など15分の散策は気晴らしになりました。15分後にサクラさんのお宅を再び訪問したときにはお母さんは戻っておられて、無事にお会いすることができました。でも、気の毒なことにお母さんは留守にしていたことをサクラさんからこっぴどく叱られたそうです。悪いのは早すぎたこの私なのに。サクラさんのお母さんごめんなさい! 時間より早過ぎた家がもう一軒ありました。ワーくんのところです。お母さんはお客様を駅まで見送りに行っており、おあばちゃんが出てこられました。私はお母さんが戻るまでおばあちゃんとお話しをしました。おばあちゃんは孫息子のワーくんが可愛くてしょうがない様子。家族のことなどおばあちゃん目線でいろいろお話ししてくださいました。貴重な出会いです。

道に迷うこともありました。ノワさんの家は道路からの入り口がわからず同じところを3度も歩いてしまいました。カナの家も入り口がわからずウロウロ。マーちゃんの家も見つからず、地図とにらめっこをしていると遠くにアツシくんの姿が見えました。大声で呼ぶと優しいアツシくん、駆け寄ってきてマーちゃんの家まで案内してくれました。頼もしい助っ人の登場に感謝! クニトの家もわからなくて困っていると目の前の家で洗濯物を取り込んでいたおばあちゃんが2階から声をかけてくれました。クニトのおばあちゃんだったのです。偶然に感謝です。究極の間違いはスッくんのところ。家屋番号を確かめて呼び鈴を鳴らしたのに返事がありません。「お出かけかな?」と思いちょっと待つことにしました。でも、5分経っても10分経ってもだれも戻って来ません。予定の時間はとっくに過ぎています。「日にちを間違えたかな?」と不安に思いながら念のためもう一度呼び鈴を押してみました。やはり返事はありません。その時何となく奇妙な予感がしました。私は恐る恐るドアに手をかけて引いてみると開くではないですか。でも中を覗いてびっくり。空き家なのです。「えーッ、スッくん引っ越しちゃったの? どうしよう」と思いました。でもふと横を見ると同じタイプの家がもう一軒目に入りました。家屋番号も同じです。表札にはスッくんの名字が書かれています。訪ねるとスックンのお母さんがニコニコしながら迎えてくれました。「お隣は先日引っ越されたんですよ」とお母さん。最初の家をてっきりスッくんの家だと思い込んだ私のミスでした。

動物が出迎えてくれた家もあります。犬と猫が多かったです。アイちゃんのところの猫は3年前のお姉さんのときより一段と太っていました。そして擦り寄ってくるから可愛いです。ハヤトのところの猫も人懐こい。ケンタの家では犬の声が聞こえていました。お母さんが2階に追いやったけどどんな犬だったのかはわかりません。ヨーコのところは賑やかなインコ、イセくんの家はカラフルな熱帯魚が迎えてくれました。本人が迎えに出てくれた家もあります。ウッシくんはマンションの入り口で、ヒロミは家の前の道路で待っていてくれました。ドアを明けた途端に「ハロー!ハウ・アー・ユー?」と英語で迎えてくれたのはサニーくん。あれこれこまめに接待もしてくれました。予防注射で泣いた話をお母さんとしていると「やだー、お兄ちゃん泣いたの? 恥ずかしい!」と言って妹が合流してきてきました。お兄ちゃんの面目潰しちゃったかな? ごめんね。そうそう、妹と言えばタニ子ちゃんは私が家に入った途端妹に飛び蹴ていました。あれはいったい何だったのでしょう。

お兄さん、お姉さんの時に伺ったお宅もいくつかあり、再訪の楽しさを味わいました。心あたたまるお気づかいもたくさんいただきました。訪問するとまず「よかったらトイレをどうぞ」と言ってくださったマナさんのお母さん。とても有難いお気遣いでっした。学校を出てからトイレに行っておらず、そろそろ危ないなと思っていたところでした。実は家庭訪問で困ることのひとつがトイレです。お茶などの接待は事前にお断りしているのですが、「そんなこと言わずにお茶の一杯ぐらい」と言って出してくださるお宅が必ずあります。住宅街には公衆トイレがありません。コンビニを探しまわったこともありました。

家庭訪問はたいてい自転車で出かけるので雨が一番困ります。途中で雨に降られることが何度もありました。でも素敵なご家族にたくさん出会えて嬉しかったです。ご家庭のみなさんありがとうございました。

生徒が描いてくれた「紙製ナビ」↓


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