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私のカルチェラタン:新任教師のパリ研修 9

8月5日(金)

印象派美術館とオランジュリー美術館

午前中、印象派美術館を訪れた。大好きな印象派の作品を前にして私の心は躍った。日本でも展覧会でお目にかかることはあるが、これだけの作品を前にすると感激もひとしおだ。印象派の好きな日本人は多いようだが、何が日本人に好まれるのだろう。私自身は淡く暖かい色合いが好きだ。

この日はこれまであまり気に留めることのなかったピサロの作品に魅了された。緑を主体とした点描画を遠くから眺めているといつしか絵の中に引き込まれるような気持になった。ルノワールもよかった。光線の使い方が巧みですばらしい。ただ裸婦の絵は私の好みに合わない。あまりに肉感的過ぎるのだ。ゴーギャンの作品は画集でしか見たことがなかったが「タヒチの女たち」がすごくよかった。実物で見る方が断然いい。マネの作品も堪能した。
 
印象派美術館のあとは隣にあるオランジュリー美術館でモネの大作「睡蓮」を堪能した。圧倒されたという方が適切だ。今日は一足早い芸術の秋が訪れたようだった。


8月6日(土)

ベルサイユ宮殿 

授業が始まって初めての週末。快晴で絶好のお出かけ日和とあってKさんたちとベルサイユに出かけた。9時に寮を出て、途中でパンや果物、ジュースを買い昼食を持って出かけた、ベルサイユまではモンパルナスから校外電車で20分ほどだ。

ベルサイユ宮殿は写真で見るほど美しいと思えず、「鏡の間」も「これが?」と言いたくなるようなものだった。鏡は薄汚れ、カーテンには汚いカバーが掛けられていて興覚めだった。ちなみに20年以上たって再度訪れたときには鏡もピカピカでカバーもなかった。

「王妃の間」は豪華だった。大きなベッドで眠る王妃の姿を想像した。私だったら落ち着いて眠れない気がする。「オペラの間」が締め切りとなっていて見られなかったのが残念だ。

期待したほどでもなかった宮殿に比して庭園は私の心を十分満足させてくれた。噴水や芝生の広場、牧場まである。これだけの広さの土地に豪華な建物や彫刻を配した別荘を持つルイ王朝とはいったいどのようなものだったのだろう。

お昼時、庭園の噴水のほとりでピクニックをした。持参したパンなどを頬張っていると日本人観光客の集団が通りかかった。ガイドに連れられて旗のもとぞろぞろ歩いている姿は私の目から見てちょっと奇異に見える。「フランスでなぜ革命が起こったかと言いますと、搾取に搾取で…」ガイドが一生懸命説明している。観光客の方は皆疲れた様子であまり聞いていない様子。前の人に遅れないよう必死でついていく人もいる。私たちの前を通り過ぎる時「こんにちは」と声をかけると男性が一人だけ振り返って「こんにちは。おいしいですか?」と笑って返事をした。他の人はみな無言だった。

昼食を済ませたあとはトリアノンまで歩いた。トリアノンは「プティ」と「グラン」の二つあり、前者はマリーアントワネットが週末を過ごしたところだ。ルソーの「自然に帰れ」という考えに影響を受けて作らせたという。トリアノンのあとはプティ・カナルとグラン・カナルでボート遊びを楽しんだ。水の上は涼しく、周りの木々の緑に心が癒された。オルリー空港に近いせいか頭上で飛行機がしきりに飛んでいた。


8月7日(日)

クリニャンクールの蚤の市

昨日の疲れを取るため午前中は寮でのんびり過ごし、午後クリニャンクールの蚤の市に出かけた。クリニャンクールの蚤の市はパリで有名な骨董市だが、表通りの市は日本のものとあまり変わりがなく、安物ばかりが並べてある感じだった。売り子の質もあまりよい感じではなく。足を止めてみようと思う店はほとんどなかった。だが、一歩裏通りに入ると「本物」らしき骨董品がずらりと並んでいる。もちろん私には鑑識眼がないが明らかに表通りのものとは違う。立派な構えの店がズラリと並び、中世からルネッサンス、バロックを思わせる品がたくさん置かれている。価値のわからない私には「猫に小判」だが、見ているだけでも楽しかった。

夕方はノートルダム寺院のオルガン演奏を聴きに行った。そのあとサン・ミッシェルの中華料理店で夕食を食べた。食事中、隣のテーブルで一人食事をしていた老紳士が英語で話しかけてきた。アイルランド人で明日はアメリカのロサンゼルスに行くという。ゆっくりとした英語で話してくれたのでとても分かりやすかった、そう言えばパリに来て英語を使ったのはこれが初めてだった。彼とは食事をしながらしばし話をした。いろいろなことを教えてくれてとても勉強になった。握手をして別れたときはずっと以前から知り合いだったような気がした。

8月8日(月)

街を歩くときもただ漫然と歩くのではなく周囲に目を向けて歩こう。何もないように見えるところでにも必ず何かがある。町は情報の宝庫だ。

午後ソルボンヌのクラスで街歩きをしているときに感じたことだ。授業のあとラロッシュ先生の案内でカルチェラタンを散策し、あちこちで先生の説明を聞いた。先生はソルボンヌに始まり、町中の教会や通りの名前、建物、広場などソルボンヌ周辺のことをよく知っていていろいろ教えてくれた。私がこれまで漫然と歩いていたところにもこれだけたくさんの情報が詰まっていることを改めて認識した。

たとえば、毎日前を通っているのにまったく気に留めていなかったサン・セブラン教会。中に入ると実にユニークな教会であることがわかった。フランボワイヤン様式という教科書でしか知らなかった建築を実際に自分の目で確かめることができた。ノートルダムやエッフェル塔だけがパリの姿ではないことを強く感じた。町の小さなものにも目を向けることの大切さを学んだ気がする。

ラロッシュ先生の知識の豊富さにも驚いた。自分の家の周りのことだって私は彼女のように説明できない。





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