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パリ ゲイ術体験記 vol.38「親切のすゝめ」

日本人は大変親切であるという外国人旅行者の専らの評判であるが、それって本当か?とたまに思う。
日本国内において他所からやってくる西洋人には概ね親切に接するみたいであるが、いざ自分が外国に行った場合に出くわした同胞人にはひどく冷たいのを私は知っている。
人を知るには旅行をした時に一番よく判るとかねがね思っているから、日本国民が親切という噂にモヤモヤとした猜疑心がわいてくる。

いつだったか、ある全盲の日本人青年がフランスにやってきた。
彼は若い声楽家で、毎年夏にフランスのド田舎の山中で催される国際音楽講習会に参加するために来たのである。
講習会が終わって著名な大声楽家の個人レッスンを受けるためにパリに立ち寄った時に、私が伴奏をするアルバイトを引き受けるご縁があったのだが、ラブラドールの盲導犬と共に我が家まで訪ねてくれた時には、ご本人はひどく疲れている様子であった。

話を聞けば、2週間の講習会があった山の中の滞在では、多数の日本人参加者が一様に優しくなかったらしいのである。
滞在中に盲導犬のエサが不足しそうになったので、車やバスで町に降りる日本人に頼んで少量のエサを買ってきてくれるよう頼むのだが、忘れたとか重そうだったからと言って彼の頼みを実行してくれた人は誰もいなかったらしいのである。
若干の絶望を覚えた彼は、夜の山中を数キロ歩いてふもとの町までエサが買える店を探しに行かねばならなかったそうである。
やっとの事でエサを入手して深夜に戻った彼が耳にした言葉は「外灯もついてないあんな真っ暗な長い山道をよく歩けるよなー」と笑ったとか笑わないとか。
「僕が見える世界は生まれてからずっと真っ暗だから夜でも何も関係無いんですけどね」と静かに話す彼の心情を慮ると私の心はひどく潰れた。
これが、日本人というだけでなく音楽を志す人間であることが私がより一層失望する理由である。
音楽の才能と人間性は比例しないのかも知れないけれど、少なくともそんな人間が奏でる音楽なんてのは金をくれても聴くのはゴメンであると短絡的ながら思ってしまうのだ。

その一件のあと、またすぐに日本からの訪問者があってパリ観光の手伝いをする事に。
日仏伝統文化交流年だかのデモンストレーションで茶会を担当するお茶の先生ばかり6人のグループであるが、結論から言うとクソババア軍団であった。
せっかく茶会用に着物を着てるんだから、町歩きも少し意地張ってそのままでいたらいのに、全員が悪趣味で下品なトレーナーと豹柄のスパッツ姿に着替えて、足元は足袋につっかけかクロックス..
なんだか、場末の小料理屋の堕落した元女将といった趣。あなた、そんな姿で花の都パリを歩きますか?と言いたくなるような姿で、今ではもう廃れてしまったようなチンドン屋さんの一行を彷彿とさせるものでもあった。

足取り重くパリを案内している途中、日本人二人連れのツーリストから突然声をかけられた。
20代後半の娘さんとそのお母さんだが、立て直しがきかないくらいに道に迷ったらしくてひどく不安そうである。
「すみません..私達はいったい何処にいるのかも判らなくなってしまいまして。ここは何処らへんなのでしょうか…?」と訊いてくるので「私達はこれから近くの美術館に行ってからモンマルトルを訪れますが、よろしければご一緒にどうぞ」と提案してみた。
その途端に固まっていた顔はパッと明るくなって、恐縮しながらババア軍団の尻尾についてくる事になった。

だが、美術館を出たらまた青ざめた顔に戻った親子が「大変ご親切に有難うございました..なんとか二人で頑張ってみます。お気持ちに感謝いたします」と早々に立ち去ろうとするので何かあったのだろうと読んだ私は彼女らの滞在ホテル名だけを聞いて別れたのだった。
気になったので、ババアのアテンドから解放されたその晩にホテルに電話をしてみたところ「私達が考えもなくご親切なお誘いに甘えてしまい、皆様を不愉快な思いにさせてしまい..」とひどく申し訳なさそうな気配である。
よくよく話を聞いてみると、私がいない所でババア軍団から「なんて厚かましい親子だ!案内役に金を払ってるのは我々であるぞ。でかい顔をしてガイド話などをよくぞ聞いていられるな!」と般若顔で詰め寄ってきてなじられたらしいのである。(般若顔は私の想像)
金を払うも何も、子供の小遣いみたいなお礼で恥ずかしいパリ1日行脚を強いられて、陰ではそんな意地悪を言っていたババア軍団。日本の同じ故郷の人間と思うと恥ずかしくなってしまう。
軍団が去った翌日は、その失礼のお詫びのつもりで母娘お二人を丸一日パリ案内にお連れしたのであった。

まだ他にも色々あるのだけれど、こうして自分が見てきた思い出があるものだから、日本人は皆親切という評判をそのまま素直には飲み込めない私である。それは、海外に旅した際に偶然出てしまった人間のエゴにたまたま出くわしただけなのだろうが、豊かな時こそ心の貧しさが際立つものである事に気をつけた方がよろしいかと..

ちなみに、パリでの母娘さんとの話には恐るべきオチがある。
何を思ったか、この親子は東京に帰ると間を置かずに遠い私の故郷の母をいきなり訪ねていったのである。何しに?なんと私にそのお嬢さんを嫁にもらって欲しいと親子して実家の母に頼みに行ったのだ!
この人こんなご機嫌な声も出せたのか?!とびっくりするくらいの上機嫌な口調でパリまで電話を入れてきた我が母。
「パリなんかサッサと引き払って日本に帰ってらっしゃい!」
母がそこまで上機嫌になる理由はすぐにわかった。それは、お父さんが日本人なら誰でも知っている某大企業の副社長だったのだ。

息子がゲイだとも知らずに勝手な妄想で早々に左団扇している母親と、恐るべしニュースに凍りついた息子 …
あゝ、人生ってなんでこう上手くは運んでくれないものであろうか。事が実現不可能で残念なのはなにも母だけではなく、当の本人とてあたり所のない忸怩たる思いなのだ…
当分の間は筋金入りの不親切人間を演じようと心に決めたのだった。

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