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#217 「働けないなら死ぬかもしれないよ」 という国、日本。

 グローバリゼーションは止まらない。移動や通信の技術革新で世界はどんどん近くなる。文化の往来も、人の行き来が無くともYouTube上で行われる。これは不可逆な現象なのである。

 しかし、政治のトレンドとして未だ根強いのは「自国第一主義」だ。これは、トランプ大統領の登場以来、国民の愛国心に訴えかけたい政治家の共通語となった。どの国だって自国が第一なのは当然だろうと思いはするが、この語は既に「"大国が"国際協調よりも自国の利益を重視する内向きな政治スタンスをとること」を現すものとなっている。

「自国第一主義」による世界の混乱

 東京都の前都知事である舛添要一氏が、政治資金の公私混同問題で辞任した後、小池百合子氏が後任選挙の目玉として登場した。その際掲げたキーワードは「都民ファースト」だ。その後、政治団体の名前としても残り続けている。

 東京の地は明治以降、近代国家化を急ぐため人為的にその機能を集めてきた場所である。それは戦後も加速し、現在でも続いている。一極集中による脆弱性が指摘されてもなお続くのだから、これは並大抵なことで止められはしないのだろう。

 大企業の本社は、そのほとんどが東京都にある。会社の数そのものも多い。日本で唯一、人口が増加しているのも東京都だ。その東京が「都民ファースト」等と言うのはいかがなものか。

 地方からすれば、東京都が人材を奪い、法人税や雇用を奪い、要するに富を奪っているようにも見えるだろう。その格差を是正するため、「偏在是正措置」として東京都の一部税収を国税化し、地方に再分配を行なっている。

 幸か不幸かは知らないが、東京都の「都民ファースト」は流行のスローガンに乗っかっただけであり、例えばそれを「都の金は都民のためにだけ使うぞ!」等とは言っていない。(しかし、そうしたいと思ってはいるようだ

 構造上、外部(地方)から富を奪っているのであれば、それを返すのは当然の話で、将来的にはそうした構造そのものを是正していくべきなのだ。「都民ファースト」という言葉にどこまでの意図があるのかは知らないが、違和感がある理由はお分かりいただけるだろう。

 2024年11月5日は米大統領選挙の日である。顔ぶれは前回と同じく、共和党ドナルド・トランプと、民主党ジョー・バイデン。77歳になるトランプ氏の陣営が、81歳のバイデン氏を高齢だと非難する、コントのような選挙の日でもある。

 思い出したいのは、トランプ氏の「自国第一主義」により米国は、地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」から離脱した。言わずもがな、米国は中国に次ぐ世界第2位のCO2排出国である。その後、バイデン氏が大統領に就任。彼はその当日に、パリ協定へ復帰した。

 また、トランプ氏はかつて、イランの核開発を停止させるための「イラン核合意」からも離脱。経済制裁を加える方が有効だとした。国際原子力機関(IAEA)により、イランが核合意内容を履行していると確認しているにも関わらず、である。これについては、バイデン政権に変わった後も、修復を行うことができていない。

 これは、イランと敵対するイスラエルにとって、核開発を完了させないために施設を攻撃する動機を与えることになる。また、イランにとっては抑止力としての核開発を急ぐ動機にもなっている。

安全保障

 このように、世界のあらゆる揉めごとは「安全保障」のために行われる。特に中東の出来事は「宗教戦争」だと思われがちだが、それは燃料であって火種ではない。あくまで火種となるのは、安全保障問題なのである。

 ロシアのウクライナに対する戦争を擁護する者はいないが、NATO加盟国がロシアを取り囲んでいく構図にプーチン大統領が危機を感じたことは間違いない。また、そもそもゼレンスキー大統領がNATO加盟を目指したことも当然、ロシアが安全保障上の脅威であるからに相違ない。

 北朝鮮は、国際社会から孤立していることを逆手に取り、「何をやらかすのか分からない危険な国」であることをアピールして生き延びている。米国がイランとの対話をシャットアウトしたことにより、イランは北朝鮮との関係を更に強め、軍事協力が前進してしまった可能性がある。前述したトランプ大統領のイラン核合意からの離脱は、中東情勢をより制御不能な状態に進めてしまったことがよく分かる。

 かつて日本は、国際連盟からの脱退、ABCD包囲網、日独伊三国同盟、ハル・ノートといった出来事を経て「窮鼠猫を噛む」をしてみたが、猫に勝つことはできなかった。しかし、噛み付くしかないまでに追い詰められていた。ドイツも同じく、WW1後に課せられた過大な賠償金をはじめとした屈辱的な罰則が、ナチスが台頭する下地を作った。

 ともかく、国際社会においては、歴史や文化の違いを乗り越えて、協調するための対話を行うことが何より重要だ。決して相手を追い詰めるようなことをしてはならない。不安に駆られた国は、危険を冒してでも生き残る道を選ぶほか無いためだ。そして歩み寄るべきは当然、武力や経済力のある方からだ。

 各国が、自国の安全保障を確立できている状態でバランスをとり、そのバランスを保ったまま、お互いに武器を減らしていくことが必要だ。世界から「軍事費」という無駄な項目を無くし、その莫大な金を安全や安心のため、そして何より、国連加盟国全体で合意したSDGsの達成のために使うべきなのだ。

不安が支配する社会

 さて、ここらで話のスケールを一気に変えよう。ちなみに、ここからが本題である。わたし達個人は、そうしたままならない世界に、心のどこかで不安を感じて生きている。世界情勢なんて興味がないよ、という人であっても、巨大地震や大津波、北朝鮮のミサイル発射や政治不信・マスコミ不信、著名人の突然の自殺報道、あおり運転や所謂「無敵の人」の存在等に不安を感じることはあるだろう。

 あなたが働く理由の一つに「生活への不安」はないだろうか。貯金する理由に「将来への不安」があり、保険に加入する理由に「大きな病気・怪我への不安」があるだろう。

 恋愛に前向きになれない理由、結婚しない理由、子供を作らない理由、ペットを飼わない理由、そうしたことも「責任が果たせない可能性に対する不安」によるものではないだろうか。わたし達の暮らしに、本質的に必要なものはやはり「安全保障(セーフティネット)」なのである。

 しかし、そうした人々の不安に対して、社会が提供しているものは「娯楽」である。それは、百円均一でのショッピングから海外旅行まで、ありとあらゆる種類が用意されている。それらは一時的な興奮や感動を与えてはくれるが、安全保障とは全く性質の異なるものだ。そうした娯楽を安全保障の代替品として「今を楽しむために使わせる」ことが、経済を循環させるために良いとされている。

 もし、お金を使うこと自体が不安なら、もしくは余ったお金があるのなら、投資に回すことが推奨される。しかし、この投資という行為もまた、それ自体が不安を産む。最も無難な投資先はオールカントリーや先進国株インデックス、またはS&Pインデックスのような投資信託を買うことだが、これらは世界の資本が過去と同じように成長し続けることを信じるということだ。

 その投資に成功し、複利のパワーで資産が倍々ゲームで増えた暁には、きっと世界は脱成長に失敗していて、地球環境の再生能力は限界点を突破、生態系は回復不可能になり食物の生産もままならない状態になっているかもしれない。または、ポスト資本主義の革命的なイデオロギーが登場し、資本の拡大がストップして投資に失敗しているかもしれない。

不都合の転嫁

 安全保障(セーフティネット)には期待できないので、とにかくたくさん働いて、稼いで、自分で自分の機嫌をとりながら不安を誤魔化して生きましょう!というのは、そうした不都合の転嫁である。

 何らかの事情により、社会のレールから外れ、社会に恨みをもつ者が起こす犯罪がある。その手の事件が報じられる度に思うのだが、人生が狂い始める前にセーフティネットの網に捕まることができていれば、その犯罪は起きなかったかもしれない。また、現代の若者ならば貧困から、男性なら闇バイト、女性ならば性産業に絡めとられていくという構図も、セーフティネットの不備である。

 このような不備は何故起こるのか?個々の原因は単純ではないが、根本はシンプルである。日本の伝統的な「(自国民に対して苛烈な)自国第一主義」だ。勤労の義務、働かざるもの食うべからず。それができなければ恥であり、意地でも稼いで自活せねばならぬのだ。お国のために死ぬ文化、と言ってもいい。

 生活保護を断るための「水際作戦」や、受給要件が明記してあるにも関わらず、認定医(専門分野や経験は非公開の謎の人物)による「審査」で却下する障害年金。労使間の力関係から「会社都合」と認めることなど滅多にないが、それを考慮しない失業給付。そうした諸々は、国家のために泥を啜ってでも働き、納税し、経済発展に貢献せよという日本の我儘な「自国第一主義」である。

 つまり、不安は我が国の原動力なのである。だから、セーフティネットはむしろ、穴だらけでなくてはならない。皆が不安に駆られてあくせく働くことを止めてはならない。労働と娯楽の過剰供給で、立ち止まらせてはならない。自分は金を稼いでアニメを観る1週間を死ぬまで続ける機械であるということに、疑う余地を与えてはならない。

不安の道具「お金」

 その不安を与えるのに、最も効果的に使われている道具が「お金」である。最近は国政選挙の度に「◯◯給付金」を出すという話題が出る。これは逆説的に、国民に不安を与えるための道具として「お金」を使っていることの証左ではないかと思う。もっとも「バラ撒けば良いと思うなよ」と、すっかり見透かされているので、もうやらないのかもしれないが。

 都合の良いバラ撒きは喧伝するのに、信頼に値するセーフティネットを設けようとはしていない。それは、意図的にそうしているとしか思えない。既にある制度を機能させればいいことなのに。

 これはやはり、「働けないなら死ぬかもしれないよ」というメッセージだろう。それが通用する世界だからこそ、給付金が票になるという発想につながる。しかし実際に必要なのは、お小遣いのような金ではなく「この国では安心して生きて行ける」という安全保障制度なのである。

 もしこの記事を読んで「違う!」と感じた政治家の方がいらっしゃれば(わたしのnoteにそんな影響力がある訳ないのは承知だが…)是非とも具体的な政策で、現状を変えて欲しい。ご存知だろうが、2023年の自殺者数は約2万人である。このうち、既存のセーフティネットを強化するだけで救うことができたのは何人か。計算し得ないが、想像してほしいものである。

 先進国(G7)トップの自殺者数を誇る我が国は、グローバリゼーションのもたらす変化を受けて、変わっていかねばならない。(同性婚など、幸福なカップルが増えるだけの制度すら導入できていない…)そのときに、日本国が日本国民に向けて都合の良い「自国第一主義」を振り翳すことは通用しない。外国人労働者も、日本のおかしさを見透かして、誰も寄りつかないという時がくるだろう。世界に恥じないセーフティネットを整備してもらいたいものである。


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