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衆愚政治の結果、崩壊した公共交通


今ではとち狂ったような残業と薄給で採用難

 残業規制による物流2024年問題がクローズアップされるようになって久しいが、最も生活に影響を受けているのは、意外にも宅配便というより、バスの減便ではないだろうか。

 私はバスドライバーの経験はないものの、鉄道員としてワンマン運転の経験もあることから、一人で運転と運賃収受、旅客案内・対応を同時並行で行わなければならない、マルチタスク特有のつらさに、一定程度共感できる節はある。

 そのため、業界人ほどではないにしても、同じ公共交通機関の従事者だった経験を元に、それなりの解像度でバス業界で起こっていることを、微力ながら記せるのではないかと思う。

 鉄道・バスで共通しているのは、重責かつシフトワークの割に賃金は安く、割に合わない職業であること。

 そのうえ、自動運転技術の確立・普及が予想される2030年代以降には、ドライバーそのものが不要となる可能性が高く、それまでの繋ぎ感が強いこと。

 若手からすれば中年に差し掛かる時期に、突然これまでと違うキャリアに転向しろと迫られることを意味し、今はかろうじてどうにかなっていても、将来的には「逃げ切れない」感覚が強く、先述した重責薄給激務の三重苦と相まって、わざわざ免許を取るハードルを乗り越えてまで、就くような職ではないと敬遠されているのが実情だろう。

 そもそも人命を預かる構造上、最悪の事態としては、業務上過失致死傷罪で逮捕されるリスクがある。逮捕まで至らない有責事故であっても、仕事上のミスにより、メディアで実名報道されたり、免許にも傷が付くプレッシャーが付き纏う訳で、そのリスクに見合う賃金ではないことは確かだろう。

 かつて食い倒れの街の市バスで、赤字体質が蔓延っていたにも関わらず、平均年収はおよそ739万円と、とち狂ったような給料で生活していると、当時の市長に狙い撃ちされ、民意と相まって給与水準を2012年に民間並みに引き下げた。

 あれから12年経つ今では、とち狂ったような残業と薄給で採用難に陥っており、相次ぐ減便に留まらず、万博のシャトルバス要員すら確保できない体たらくとなっており、あの時の4割にも及ぶ大幅給与カットが正しかったと、全市民に胸を張って言えるのか、甚だ疑問である。

ヤードスティック規制、でも税金では支えない?

 確かに、交通誘導員みたいな役割しか与えられていない人に対しても、ドライバーと同等の給与水準がまかり通っていたのは、とち狂っていたかも知れない。

 しかし、人命を預かる仕事であり、健康を害するシフトワークでもあり、労働時間も全職業の平均よりも1割長い、ドライバーの平均年収739万円は、果たしてとち狂っていたのだろうか?

 条件が異なるとはいえ、航空機操縦士や航海士の年収相場と比較しても、決して年収739万円がとち狂ったような高給とは思えない。

 1割長い労働時間を補正しても約672万円。高度人材とはいえ、ミスをしても人が死ぬことはない職業の中でも、これくらい貰っている人もいるのだから、人命を預かる仕事かつ長時間労働で、平均年収以下は不公平感が強い。

 故にこの年収では誰も就きたがらないのは明白だろう。むしろ、公営が適正賃金であり、民間が安過ぎたのではないだろうか。民間に賃上げを牽引するための役割として、公営を機能させていれば、昨今の人手不足はこれほどまでに深刻化していなかったかも知れない。

 そもそも、なぜタクシーよりも安価に公共交通機関が利用できるかといえば、日本国憲法に移動(交通)権が定められていて、それに付随する形で公共交通にはヤードスティック規制という、地域独占を認める代わりに、上限運賃を定める規制が存在しているからだ。

 最優良企業の原価+適正な利潤を上乗せした金額が上限運賃となることから、ボロ儲けすることはできない構造となっている。

 独占企業に経営の効率化を促す観点では必要な規制かも知れないが、コストが急激に上昇しても、収入原価算定には直近3年間の決算が用いられ、申請が受理されるまで最大3ヶ月要することから、反映されるまでタイムラグが生じ、柔軟かつ即座な価格転嫁が阻害されている現状においては、ヤードスティック規制が逆回転している節すらある。

 人口減少やICT化と相まって、減少傾向の運賃収入。数量が減る以上、単価を上げなければ帳尻が合わないものの、ヤードスティック規制があるため即座に対応することは難しい。

 そうなると、経営者目線で残されている選択肢は、経費削減以外なく、民間の人件費は抑圧される構造になるのは明白で、それにより減便や廃止によって、公共交通が崩壊して困るのは交通弱者をはじめとする民衆であり、その対応に迫られる行政機関である。

 そもそも「公共」交通を、営利目的の「民間」企業が運営している時点で、ビジネスモデルとして矛盾しており、その矛盾が人手不足という歪な状況を生み出し、結果として誰も得をしていないのだから、衆愚政治以外の何者でもない。

 運賃を規制した結果、業績が悪化して人材確保に窮する現状を打破するには、不足している部分に公金を投入して、社会全体で支える意識を持たないと、この国の公共交通は崩壊の一途を辿ることになるだろうと、警鐘を鳴らしておく。


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