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NYでタワマンを譲られそうになった話~老いるにしたがって豊かに

皆さん、こんにちは! 在米27年目、ニューヨークはハーレム在住の指揮者、伊藤玲阿奈(れおな)です。

深夜にかかってきた一本の電話


コロナ禍が明けようとしていた頃のある夜のこと、一本の電話がかかってきました。

時間が時間だったので日本から緊急の連絡だと早合点して出てみると、相手は10年以上前にちょっとお付き合いのあった老婦人(日本人)。ここでは「Aさん」としておきましょう。

いったい何事かと思って話すと、

「先生、数年前に主人を亡くしまして・・・ 遺骨を日本のお寺に収めたいのですが、運んで貰えないでしょうか?」

というのがAさんの要件でした。

十数年ぶり、かつ当時でもそれほど深い関係性ではなかったので困惑しましたが、ちょうど日本へ行く用事があったのと、とにかく声がお辛そうだったので「いいですよ」と答え、後日レストランで会うことに。

「先生、ありがとうございます! ○○(ご主人の名前)も喜ぶと思います!」

久方ぶりの再会で、ご飯を食べながら、ことあるごとに感謝を述べるAさん。非常に嬉しそうで、私もお役に立てることに嬉しくなります。

また、ご主人がおられない生活がよほど孤独らしく、「ぜひ遊びにいらして下さい」としきりにおっしゃる。ある宗教団体の信者さんがよく生活の面倒を見に来てくれるけれど、Aさんご本人は入信するつもりはないのだとか。

私は老人ホームでボランティア演奏などをしたこともありますので、同じようなご老人をNYでかなり見てきました。できれば力になってあげたいとは思います。

しかしながら、ちょっと違和感があって、その日の食事代は無理をいって自分のぶんは払わせてもらって家に帰りました。


「私のタワマンを先生にあげます!」


予感は当たりました。次の日のことです。

やはり深夜に呼び出し音が鳴って、スクリーンには「Aさん」の表示。迷いながらも罪悪感になるのが嫌で電話に出ました。

昨日のお礼をくり返し熱心におっしゃるので、なかば義務的に答えていると、いきなり耳を疑うような言葉が聞こえてきました。

先生、もう決めました! 私のコンドミニアム(アメリカにおける不動産マンションの一種)を先生にあげます!

「えっ?」

先生ほどの方ならもう財産あげても結構です。私はどこかのホームに入ります。どうか先生お使い下さい

Aさんのコンドミニアムは、マンハッタンの中でもミッドタウンと呼ばれる一番高価なエリアのひとつ。しかも日本でいうタワマンで、間違いなく2ミリオン(24年1月現在のレートなら約3億円)はします。

親戚付き合いはしていませんし、亡くなった主人の連れ子にはあげなくていいんです

そういって家のことや財産のことを一方的に明かしてきます。かなり具体的でしたので驚いたくらいです。かなり本気のようでした。

イメージ写真。Aさんのコンドミニアムとは無関係です


Aさんの生き方を振り返って


さてさて、私はそこで喜び勇んでタワマンを頂いたと思いますか? 

もちろん少し迷いましたよ。夢のミリオネア生活が脳裏に浮かんだことは告白します(笑)

「いやいや、ちょっと待って下さい。さすがに困ります」

私がこう答えたのは常識的な対応ではあったでしょう。

しかし夢のようなオファーを辞退できた一番の理由は、Aさんの昔の性格から考えると彼女の気持ちを素直に受け取れなかったからです。

Aさんは非常に気の強い方で、ときに我がままと感じる振る舞いがありました。気に入らないことがあると、ボランティアの方に対してさえ相当きつい言葉を投げかけたほどです。だから友人といえる友人がもともと少なかったのでしょう。

また、話のくり返しが多くなっていたのは、一般的に人の話を聞かない性格のまま歳をとると認知症になりやすいことを裏付けていました。だから余計に気にかけてくれる人がいなくなっていたようです。

「たぶん私に話し相手になってもらったり、あわよくば自分の面倒を見てもらえると思っているな。おおかた今来てくれている宗教団体の信者さんのことも、内心気に入ってないんだろう」

残念ながら、私は心でそう呟きました。

意地が悪いと自分でも思いますが、Aさんのことを冷静に観察すると、どうしてもこの結論に達するのです。

「いえいえ、本当に要らないです。財産は○○○○(宗教団体)に寄付されたらどうですか? その方が喜ばれますよ」

きっぱりお断りしました。

しかし予感した通り、その日から結構な頻度で電話がかかってくるようになったのです。しかも、たいていは夜中、というより深夜でした。

非常識なのであまり出ないのですが、もし私が出たときは、ご自分の不安や愚痴をこぼされます。相手にすればするほど、Aさんの依存=執着も増大するという悪循環におちいってしまいました。

そもそも無償の愛情を注いでくれた自分の両親の面倒さえきちんと出来ていないという罪悪感があるのに、私がAさんの面倒など論外です。これで財産などもらえば十字架を背負って生きてくことになります。

それからまもなく、Aさんからの連絡は完全に取り合わなくなって現在に至ります。

イメージ写真


老いるにしたがって豊かに


世の中には、相手の時間や労力を考えず、自分の都合で構ってもらうことで元気を出したり、自分を保とうとする人が一定数います。

大抵、そういう人は相手が喜ぶだろう対価を与えればOKだと思っているものです。つまり真の友人ではありません。

「自分が我がままを言っている」「依存=執着している」・・・そんな自覚がないから出ている言動であるがゆえに、相手が振り向かないと、とたんに怒ったり態度を変えるケースさえ珍しくありません。

自己中心的に振る舞うのに若いころから慣れていると老いてからが大変で、かなりギスギスした余生になるようです。

お金を持っていても関係ないですね。

私の知っている範囲でも、しょっちゅう「メイドに財布を取られた」とか言って過ごしている裕福なご老人が数人いらっしゃいます(騒ぐのでメイドが探すと、本人が置き忘れた所から出てくる)。

面倒をみる方としても、そんな人の世話なんかお金を十分もらっていても本心では嫌なのです。ますます殺伐とした日常になりますね。しかし、こうなるのは例外なく昔から我がままなところがあった方たちです。

願わくば、豊かに老いていきたいものです。お金はもちろん、心も。

とはいえ、この狂ったような物価高。やっぱりあの時もらっときゃ良かったかなぁ・・・(笑)

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執筆者プロフィール:伊藤玲阿奈 Reona Ito
指揮者・文筆家。ジョージ・ワシントン大学国際関係学部を卒業後、指揮者になることを決意。ジュリアード音楽院・マネス音楽院の夜間課程にて学び、アーロン・コープランド音楽院(オーケストラ指揮科)修士課程卒業。ニューヨークを拠点に、カーネギーホールや国連協会後援による国際平和コンサートなど各地で活動。2014年「アメリカ賞」(プロオーケストラ指揮部門)受賞。武蔵野学院大学大学院客員准教授。2020年11月、光文社新書より初の著作『「宇宙の音楽」を聴く』を上梓。


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