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福音と律法の違い

神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。ロマ3:25~26

聖書は神様のみことばですが、律法と福音があります。

律法―律法も神様のみことばです。聖書の中で「しなさい」「してはならない」はすべて律法です(モーセの十戒も律法です)

『なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです』ロマ3:20 律法を守っても義と認められないということは、律法では救われることはできないと言うことです。

ではなぜ神様は律法を下さったのでしょうか?ロマ3:20で『律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです』律法を通して罪人であることを悟らせる為です。私は罪人であることを悟り、恵みでないと生きられないという福音を掴みなさいと下さったのです。

法律があってこそ、法律を破った時に犯罪者だと分かるではないでしょうか?法律がないと無法地帯に陥ってしまいます。律法も法律のようなものです。

以前はよく分からなかったので律法を守ろうと努力しました。しかし「しなさい」「してはならない」をすべて守ることができないので、いつも悔い改めをしていたのです。それは律法と福音の違いを分からなかったからです。今も多くのクリスチャンが律法と福音の違いを理解していません。

『こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです』ガラ3:24 律法はキリストに導くための養育係なのです。


福音―神様が『人となってきてくださり』ヨハ1:14 律法の要求を成就してくださいました。律法の行いでは救われることができないので『なだめの供え物』になってくださり、恵みによって信仰によって義と認められ救われました。

『ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。』ロマ3:24

そしてヨハ19:30『十字架で完了』されました。十字架で一回で、完全に、永遠に終わらせられたのです。これが福音です。律法の要求は『必ず死にます』創2:17です。その為に十字架で律法の要求通りに死んでくださったのです。

なので誰でも律法を成就された神の義である御子(イエス)を信じる者は、信仰によって救われて律法から解放されるのです。

キリストを信じて、律法を守らなくてもよくなったら、好き勝手悪いことをするようになるのでしょうか?聖霊がともにおられるので肉の欲求ではなく、霊的なこと(礼拝・祈り・賛美)を求めるようになるのです。

ありがとうございます(*ˊ˘ˋ*)献金は新宿キリスト教会を通して一度も福音を聞いた事のない99%の方々に福音を伝え、7000専門指導者を探し、逃れの町の教会を立て、レムナントを育てる働きに用いさせて頂きます。アブラハムの祝福があなたに臨みますように。