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単純化への憧れと日々の複雑さを越える道

人は、本質的に単純化を求める生き物らしい。この傾向は、過去から現代に至るまで変わらない。面倒臭さを解消するために人はいろんなことに挑戦してきた。

私の人生を振り返ると、生きる大変さや面倒臭さをなんとかしたくて、幾つもの仕事を投げ出したり、人間関係を断ち切ったり、断捨離したり、お金を払っていろんなサービスを使ったりしてきた(その多くは失敗した)。

歴史を振り返れば、「南無阿弥陀仏」を唱えたら成仏できる、といった念仏信仰も単純化のきわみだ。コスパの良さが救済の道として、多くの人々に受け入れられたのだ。

そうは問屋が卸さない。実生活はそんな単純な公式では片付かない。毎日、暮らしていれば分かる。日常は無数の要素で構成される複雑なパズルのようなものなのだ。

仕事、家族、趣味、人間関係など、それぞれが独自の時間とエネルギーを私に要求してくる。多様な要素をバランスよく組み合わせることは、一朝一夕にはいかない。

コーチング、地域でのボランティア、趣味のバレーボール、育児、大学での学びなど、それぞれが私の時間と精神力を要求し、時にはこれらの要求が重なり合って圧倒されそうになる。

そんな時、私は全てを投げ出し、何もかもを忘れて修行の旅に出たいと願う。生活を単純化し、物理的な物事や他者からの要求から感じる心理的な負担から解放されたいという願望が心を支配するのだ。

けれど、視点を変えてみれば、単純化したいという欲求は、日々直面している複雑さからの逃避願望ではあるが、同時に「より意味のある」「集中的で充実した生活」への願いでもある。

単純化への願望は、よりシンプルで価値のある生活を求める私の内なる声に他ならない。私たちは、日々の生活を豊かにするために、この声に耳を傾けつつも、適切なバランスを見つける必要がある。調和への道、といってもよい。

調和への道は、自己を理解し、同じように他者を理解し、様々な要素のバランスを取っていくことを意味する。

「自己理解」とは、自分自身の価値観、欲求、限界を理解することを意味する。これにより、何が本当に重要であり、何に焦点を当てるべきかを判断できるようになる。また、自己理解が深まると、自分自身に対する無理な要求を避け、リアルな目標を設定することができる。

「他者理解」は、人の立場や感情を理解し、人間関係の中での自分の立ち位置や役割をより良く把握することだ。これにより、他人とのコミュニケーションが改善され、対人関係のストレスが軽減される。

「バランス」は、異なる要素間で適度なエネルギーと時間の配分を見つけることだ。仕事、家庭、趣味、人間関係、社会的活動などの間で健康的なバランスを見つけることができれば、幸福感が向上する。

単純化は決して、人を幸せにするものではない。

単純化を求めてきた自分のやり方に違和感を感じていたその理由が、コーチングという人の複雑性に触れる仕事を重ねるうちに少しずつ分かってきた。

複雑さが増してきたこの社会において、自分を知り、他者を理解し、調和をとっていくことが幸福への道であることを、しみじみと感じつつある今日この頃である。

(あとがき)
あーもう投げ出したいわ、と思った後に考えて出した現時点の自分なりの答えというか、考えを書いてみました。

人は人生を単純化したがる、という考え方は、小田嶋隆さんのエッセイ本『上を向いてアルコール』で書かれていたことで、ものすごく共感しました。

著者はアルコール依存症を克服して断酒した経験があり、そのプロセスを本著で書いていますが、アル中になりやすい人は人生を単純化したがる傾向にある、と考察しています。

私はアル中ではありませんが、いろんなものに依存傾向があるし、弱い人間なので、「人生を単純化したがる」というくだりがまさに自分であったと思ったのです。

人は複雑さを受け容れたとき、実は救われるのではないだろうか。

そんなことを考える日々です。


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