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誰もが持つ壁の向こうの世界 〜村上春樹『街とその不確かな壁』を読んで〜

こんにちは。人がその人らしく生き生きと暮らすためにコーチとしてお手伝いしているれいこんです。

つい先日、村上春樹さんの新刊『街とその不確かな壁』を読了しました。

村上作品は20年以上前から好きだったのですが、コーチングを生業にしてから初めて読んだ長編の新作が思いっきり自分に響きました。

村上作品では主人公が現実世界を離れ、「壁」を抜けた「あちら側」の世界の出来事が繰り広げられます。今回はタイトルにもあるように、壁に囲まれた街と現実世界の対比が物語の主軸になっていて、より主人公の内面世界に焦点を当てた物語になっています。

昨今、人材開発やコーチングの文脈では、「氷山モデル」がよく取り上げられているので、人の表に出ていない意識下の感情を取り扱う大切さについて知られる機会が増えました。

村上作品ではさらにその氷山モデルの最下層部の無意識の世界が描かれています。プロセスワークで(界隈では)知られるミンデル先生による「3つの現実レベル」において、意識のさらに下にあり万物にも通ずる「エッセンスレベル」といわれる世界にあたります。

一般的な感覚では非現実的だけれど、人の心に関する勉強や実践をしている者にとっては不確かとは言い切れない話であり、読んでいて激しい納得感や「それなんだよ」感に襲われてゾクゾクします。

このエッセンスレベルでのストーリーを一般ピープルが面白いと思う筆致で描き上げる村上春樹さんは、やっぱり半端ではないストーリーテラーです。あちらとこちらを彼が実際に行き来して書いているんだろうと感じます。

作品の中では「影」も重要な登場人物で、めちゃくちゃいい味を出しています。ちょっと気に入った描写を引用します。

 壁は言った。おまえたちに壁を抜けることなどできはしない。たとえひとつ壁を抜けられても、その先には別の壁が待ち受けている。何をしたところで結局は同じだ。
「耳を貸さないで」と影が言った。「恐れてはいけません。前に向けて走るんです。疑いを捨て、自分の心を信じて」
 ああ、走ればいい、と壁は言った。そして大きな声で笑った。好きなだけ遠くまで走るといい。私はいつもそこにいる。

村上春樹『街とその不確かな壁』

私が学び実践している Co-Active™️コーチングの専門用語に「サボタージュ」があります。変化、前進しようとする人をとどめておこうとするブレーキのようなものです。けれどそれはその人自身が作り上げた意識の壁です。コーチングではその壁を越えるために(あるいは越えないとしても本人がそれを選ぶために)クライアントを支援します。

引用部分は、まさにサボタージュを彷彿とさせる、けれどもさらにもっと深いものの存在を感じさせる壁の存在を描写したものです。

人の心に関わるコーチングの学びを進めて3年。その前に大学の心理学の広報職として数多くの心理学の知見に触れる機会があった5年を経て、村上春樹さんの描く壁の向こうの世界に対するリアルさを感じています。

まだまだ浅い部分での理解ですが、日々、コーチングを通してその人が語る物語と目の前のその人そのものとの関わりによって、人の無意識に少なからずタッチしているのを実感します。

人は、信頼できる自分以外の人間から自分の無意識に関わられることで、何かしら影響を受け、そこから生きる力や前に進む力を得ます。そのための支援がカウンセリングやコーチングという、人の心に関わる仕事の本質なのでしょう。

人が気付かぬまま作り上げる無意識の世界に関わること。その奥深さと難しさを実感している日々。けれども自分にとってこの仕事は天職だと思えるようになりました。

村上作品ぐらいしか小説を読んでこなかった私が、なぜ村上作品に惹かれるのか(あるいは多くの人がなぜ村上作品に惹かれるのか)、あらためて認識できた作品でした。

本質的な人の変容を支援するコーチングに関わる人はぜひ読んでほしい作品だし、読んだ人とはぜひ語り合いたいです!


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