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筋トレするなら「フルレンジ」が効果的という最新エビデンス


 筋トレで動かす関節の範囲を「可動域(レンジ)」と言います。

 関節を最大限に動かすことを「フルレンジ」と呼び、一部の範囲で動かすことを「パーシャルレンジ」と言います。

 たとえば、アームカールを考えてみましょう。アームカールでは、腕を完全に伸ばした状態(0度)からしっかりと曲げた状態(140度)まで動かすのがフルレンジです。

 一方、腕を一部分だけ曲げる(たとえば50度から110度)のがパーシャルレンジです。

 同様に、スクワットにも全体の可動域で行う「フル・スクワット」と、一部分だけで行う「パーシャル・スクワット」があります。

 それでは、筋力や筋肥大を増強するためには、「フルレンジ」を行うべきか、「パーシャルレンジ」を行うべきか、どちらが効果的なのでしょうか?

 今回は、この質問の答えとなる、最新のメタアナリシスの結果をご紹介しましょう。




◆ 筋肥大、筋力増強の最適な「レンジ」とは?


 筋トレには主に筋肥大と筋力増強の効果があります。

 多くの研究者は、筋トレの可動域の範囲がこれらの効果にどのように影響するかを調査してきました。

 例えば、フィデラル大学の研究によれば、アームカールを完全に動かすフルレンジで行うと、部分的に動かすパーシャルレンジよりも筋肥大の効果が高まるとの結果が報告されています(Pinto RS, 2012)。

 また、コペンハーゲン大学の研究によれば、スクワットをフルレンジで行うと、パーシャルレンジよりも筋肉量が大きく増えるとの報告があります(Bloomquist K, 2013)。

 これまでの多くの研究で、筋肥大の効果はフルレンジの方が高いとされています。その理由として、フルレンジでのトレーニングは総負荷量が増えることが挙げられています。
筋トレの効果を最大化するトレーニング要素の最新エビデンス

 一方で、筋力増強の効果に関しては、意見が分かれていました。

 セントラルクイーンズランド大学の研究は、パーシャルスクワットの方がフルスクワットより筋力が強くなると報告しています(Clark RA, 2008)。しかし、リスボン大学はその逆の結果を報告しています(Valamatos MJ, 2018)。

 そして、この議論を収束させるため、2021年にこれらの研究報告をまとめて解析するメタアナリシスが行われたのです。

 ムルシア大学のPallarésらは、16の研究を対象に筋肥大と筋力増強の効果を分析しました。分析期間は平均10.4週間で、スクワットやベンチプレスなどのトレーニングが行われていました。

 その結果、筋肥大と筋力増強の両方の効果で、フルレンジがパーシャルレンジより効果的であることが示されました。

Pallarés JG, 2021より筆者作成

 これにより、筋肥大と筋力増強の最大の効果を得るためには、フルレンジのトレーニングが最も効果的であると結論づけられました。特に筋力増強効果において、これまでの研究と異なる結果が得られ、フルレンジの方がパーシャルレンジよりも効果的であるとの明確なエビデンスが示されたのです。

 では、なぜフルレンジの方が筋力増強の効果が高まりやすいのでしょうか?


◆ フルレンジで筋力増強が促進される理由


 これまで、筋力を強化するためにはパーシャルレンジのトレーニングが効果的だと考えられてきました。その理由は、パーシャルレンジでは、フルレンジよりも大きな重量を扱いやすくなるためです。

 実際には、筋肉の長さには「力を最も発揮しやすい長さ」が存在します。これを「生体長」といい、筋肉のアクチンやミオシンといった成分が最も交差する長さのことを指します。

 筋肉がこの長さ近くにあるとき、最大の力を発揮できるのです。 この関係性は「力−長さ曲線」として表されます。



 ここからわかることは、筋肉の長さが生体長に近い状態、すなわちパーシャルレンジでは、筋力が最も発揮しやすくなります。逆にフルレンジでは筋肉が最も短くなったり伸びたりするため、力を出しにくくなります。

 アームカールのトレーニングで考えると、腕を中間の角度で少しだけ動かすパーシャルレンジの動きの方が、フルレンジの動きよりも簡単に感じられるのは、この理由からです。

 しかし、今回のメタアナリシスの結果で、実はフルレンジの方が筋力増強に効果的だと示されました。

  その要因とされるのが「スティッキング・ポイント(Sticking Point)」です。

 スティッキング・ポイントとは「もっとも負荷がかかる位置」や「もっとも運動速度が低下する位置」などさまざま言われていますが、現在では「瞬間的な疲労が生じる位置」と定義されています(Kompf J, 2016)。

 例として、ベンチプレスでは、バーベルを一番下から完全に上げるまでの動きを100%とした場合、その最初の30%の範囲で、瞬間的な疲労を感じる位置(スティッキング・ポイント)が存在することが報告されています(Kompf J, 2016)。

 Pallarésらは、パーシャルレンジのトレーニングはスティッキング・ポイントを避けることができますが、フルレンジのトレーニングではこのポイントを繰り返し体験することになり、これによって、神経活動が適応され、筋力が向上すると推察しています。

 これが現時点で、フルレンジが筋力増強の効果に有効である理由とされています。


◆ 高強度でのフルレンジのトレーニングには注意しよう!


 しかしながら、フルレンジのトレーニングは筋肉痛や筋損傷を引き起こすリスクが高くなります。

 筋肥大の効果は週単位のトレーニング総負荷量に左右されるので、筋肉痛によりトレーニングが制限されると、その効果も低下します。筋肥大を求める場合、中強度のトレーニングを繰り返し行うことで筋肉痛を避けつつ、総負荷量を増やすことが良いでしょう。

 筋力増強の効果においても、週の頻度を増やすことが有効になります。週の頻度を増やすことで筋力増強に必要な神経活動や代謝の適応を促進することができるからです。しかしながら、やはりフルレンジで筋肉痛を生じさせてしまうと、週の頻度を増やすことができなくなります。

 筋力増強を目的とする場合は、高強度のトレーニングが一択になるため、高強度でフルレンジを行うことがもっとも効果を高めますが、筋肉痛を回避するためには疲労困憊まで行わずに、過度な筋損傷を発生させないように注意することが必要でしょう。


 目的に合わせてフルレンジの有効性と注意点を上手にマネジメントして、日々のトレーニングに取り入れると良い効果が期待できるかもしれませんね。



◆ 筋トレの科学シリーズ


シリーズ1:筋肉を増やすための「タンパク質摂取のメカニズム」を理解しよう!
シリーズ2:筋トレ後に摂るべき「タンパク質の摂取量」のエビデンスまとめ
シリーズ3:筋トレ後のタンパク質摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ4:筋トレの効果を最大にする「タンパク質の摂取タイミング」のエビデンスまとめ
シリーズ5:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう!【2023】
シリーズ6:睡眠前のタンパク質の摂取が筋トレの効果を最大化させる最新エビデンス
シリーズ7:筋トレするなら「タンパク質の摂取と腎臓結石のリスク」について知っておこう!
シリーズ8:筋トレ前の静的ストレッチは筋力増強の効果を低下させる最新エビデンス
シリーズ9:筋トレの効果を最大化するトレーニング要素の最新エビデンス
シリーズ10:筋トレの効果を最大化する「トレーニングの順番」を知っておこう!
シリーズ11:コーヒーブレイクが筋トレのパフォーマンスを高める最新エビデン
シリーズ12:筋トレするなら「フルレンジ」が効果的という最新エビデンス


◆ 参考文献


Pinto RS, et al. Effect of range of motion on muscle strength and thickness. J Strength Cond Res. 2012 Aug;26(8):2140-5.

Bloomquist K, et al. Effect of range of motion in heavy load squatting on muscle and tendon adaptations. Eur J Appl Physiol. 2013 Aug;113(8):2133-42.

Clark RA, et al. An examination of strength and concentric work ratios during variable range of motion training. J Strength Cond Res. 2008 Sep;22(5):1716-9.

Valamatos MJ, et al. Influence of full range of motion vs. equalized partial range of motion training on muscle architecture and mechanical properties. Eur J Appl Physiol. 2018 Sep;118(9):1969-1983.

Pallarés JG, et al. Effects of range of motion on resistance training adaptations: A systematic review and meta-analysis. Scand J Med Sci Sports. 2021 Oct;31(10):1866-1881.

Kompf J, et al. Understanding and Overcoming the Sticking Point in Resistance Exercise. Sports Med. 2016 Jun;46(6):751-62.

Baroni BM, et al. Full Range of Motion Induces Greater Muscle Damage Than Partial Range of Motion in Elbow Flexion Exercise With Free Weights. J Strength Cond Res. 2017 Aug;31(8):2223-2230.

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