「『後はリハビリを頑張って』って言われたんだよ」
「ああ、そんなんですね。」
私、再あゆむは返事をする。
「そう。入院中も家に帰れるように頑張ってたけど、退院してからも大事なんだと。無口な主治医だけど、ボソっと言ってたわ。
という訳で、先生、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
私の資格、理学療法士は医師でもないのに先生と呼ばれることがある。看護師を先生と呼ぶ人は少ないが、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士を「先生」と呼ぶ人は多い。
普通に再さんとかでいいのに…と思いつつ、違う呼び方を提案しようと思ったら話が続く。
「とはいえ、毎日家に来られても困るから、週1回くらいがいいかな。」
「そうですね。分かりました。道免さんは退院して、毎日することで支障があることはないですか。」
「今は最低限のことしかしてないし、大丈夫かな。良く寝れているし、ご飯も母ちゃんの方が病院よりずっと美味いよ」
「それは何よりです。ご飯はここで食べていらっしゃいますか。寝室やトイレ、お風呂など毎日使うところを案内してもらえますか。」
「いいよ。寝室はこっち。よっこらしょっと。」
道免さんが机に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
寝室までの廊下は長く、手すりはない。介護保険で借りた歩行器を使ってゆっくりと進む。
ショッピングカートに寄りかかるようにしている人はスーパーでよく見かけるが、その様子に似ている。
道免さんは75歳。背骨が潰れてしまう脊椎圧迫骨折で入院し、病状も落ち着き退院してきた。
当初は痛みでほとんど動けなかったが、痛みも徐々に減り、歩いたり、トイレや風呂など日常生活動作もほとんど一人でできるまで回復した。
けれど入院中ほとんど寝て過ごしており、退院後は運動できる通いの介護保険サービスを提案されていたが、断わったと聞いている。
確かに病院から聞いていたようになんとか一人で動けているが…一抹の不安がよぎる。
「道免さん、リハビリ以外の時間もとても大切です。できる限り身体を起こしてすごしてくださいね。」
1週間後。とある方にも同席してもらい訪問する。
「道免さん、生活はどうですか。」
道免さんより先に妻が話し出す。
「せっかく退院したのに寝てばっかりなの。トイレ行くのが面倒だってお茶も少ししか飲まないし。」
「退院はしたけどすることもなけりゃ、気づいたら横になっちまうんだよ。動くのも大事なのは分かっているけど億劫で。リハビリは頑張るよ」
先週よりも脚に力が入っていない。寝たきりの生活だと筋力は下がる。これは病気や年齢関係なく、動物は皆そうなのだ。動かないと動けなくなる。
「道免さん、トイレ行くのも億劫なんですか」
「病院では楽にできてたけどさ、家のトイレのが便座が低いんかな。立ってしようにもフラフラするし、なるべく行きたくないんだよ」
「道免さん、いくらリハビリを頑張っても、その他の時間に横になっていると身体葉弱ってしまいます。トイレの便座を高くしましょう。」
「そんな機能トイレにはついてないわ」
「補高便座という便利なものがあります。詳しくは助田さんから」
助田さんは福祉用具を取り扱う会社の方。彼が補高便座の紹介をする。便座に乗せて使う台みたいなもの。便座on便座になる。脚の力が弱ると、イスの高さが高くないと立ちにくくなる。
目が悪くなったらメガネ。脚が弱ったら杖。トイレから立ちにくくなったら補高便座。という具合に。
「こんなものあるんだ。知らなかった。使ってみるよ」
道免さんの声にわずかに活気が戻る。
「水分を控えると、夏でなくても脱水になり体調を崩しやすくなります。退院後のリハビリとは、私が来た時だけでなく、食事や暮らし方をひっくるめた生活全般だと主治医の先生言ってませんでしたか。」
「いや全く。わしの担当の先生は無口だから」
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