「夫のちんぽが入らない」があんまし面白くなかった件 ~赤裸々な性体験よりも親のディスの方が数億倍書きにくい~
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「夫のちんぽが入らない」があんまし面白くなかった件 ~赤裸々な性体験よりも親のディスの方が数億倍書きにくい~


あまりにみんな褒めてるから「夫のちんぽが入らない」を読んだんだけど、私の勘どおりあんまし面白くなかった。


この本がどうイマイチだったかを、書いていく。だいたい4点におさまる。

1.

第一に、「夫のちんぽが入らない」ことをここまで気に病んでる著者の心性があんましよく分からない。

この本の著者であるこだまさんの心の中では、「私は夫と普通にセックスできないから、女として/嫁として欠陥品だ」という思いが20年間、通奏低音のように響き続けてるんだけど、

私はそもそも「『セックス/結婚/出産ができること』と『人間の出来』は関係ない」と思ってる。

どれくらいそう思ってるかというと、「この先2年間は奇形が生まれるから絶対出産しちゃだめ」と言われている、アメリカから輸入された強い皮膚科の薬を、自分の皮膚の美容のために、なんの迷いもなくグビグビ飲むほどである。

また、全然好きじゃないただの男友達と「税金安くなるし面白いから」という理由で婚姻届を出すというプロジェクトもやりかけたほとである。

そういう、こだまさんの倫理観と真逆の倫理観を持つ奴がこの本を読んで、

「私とは全然違う考え方だが、気持ちはわかる」

と思えるほどの筆の力が単純に足りない。


具体的に言うと、全然好きじゃない相手としてしまった初セックスで植え付けられた(と思われる)性嫌悪とか懲罰感とか、母に植え付けられた自己否定感についてはもっとエピソードたくさん込めて書いてほしい。全然足りない。

別に人間は過去の思い出によって構成されるわけではないから、こだまさんの性観念の成り立ちを全て過去に求める必要はないんだけど、本人がこの二者に「ちんぽが入らない」源流があるっぽいとほのめかしてるだけに、「え、よく分からない。この初セックスの相手/お母さんは、どんな人だったの? 普通に書き足りないよ」と思った。

特にお母さんに関しては、「育児ヒステリーで赤子のこだまさんを床に叩きつけた」話とか、著者に対する「産め産めハラスメントのひどさ」を読むにつけ、相当味の濃い人物だと思うのだが……。一体、幼少期にこだまさんにどんな教育を施したのか。そのことが、「夫のちんぽが入らない」ことのカギを握っている可能性は相当高いのではないだろうか。

意地悪な見方をすると、この著者は、「夫のちんぽが入らない」という大告白をした時点で、「私すごいこと言ったぞ! すごい秘密を書いたぞ!」とドヤって、それ以外の恥ずかしいエピソードを開陳することを怠ってしまったんじゃないだろうか。

はっきり言って、あなたの一番恥ずかしいところそこじゃないでしょ? って思う。


多くの人にとって、赤裸々な性体験よりも、親をディスる方がよっぽど書きにくい。

2.

第二に、ズレたギャグセン。

『夫のちん「ぽ」が入らない』と「ぽ」が使われてる時点で地雷だって思ってたんだけど。。。。あたってた。

この人は、自分の話を真面目にすべき場所で茶化して安い笑いとって誤魔化すタイプの書き手で、マジで悪しきサブカル。全然真摯じゃないんですよ

たとえば、この『夫のちんぽが入らない』というフレーズが、本文の要所要所でリフレインされるんですよ。

たとえば

「普通に生きてても、私はどこかで常に気にしている、夫のちんぽが入らない女だってことを。隣のおばさんが『あなたのところ子供まだ?』って聞いてきたけど、言ったろかと思う、「夫のちんぽが入らないんです」って。」

など。

この「ぽ」っていうひらがなは、日本語の中でも最強クラスに笑えるひらがななので、連発されるといちいち話の本筋から気が逸れちゃう。

だから、最高にエモーションをそそって切なくするべき場面で、この「ぽ」に象徴される安い笑いを投入することで自分で自分の話を台無しにしていると思う。


照れてんじゃねーよと思う。


ギャグセンは、多分ある人なんだと思う、だからこそ「使う場所ここじゃねーだろ」と思う。

3.

第三に、夫の説明が足りない。

恋人時代の夫のエピソードが、なんだかかなり良いんですよ。

だからこそ、結婚数年後に、すれ違いの夫婦生活に突入してしまう過程が不明瞭すぎて消化不良を起こした。

「えっなんで、あんなに良い恋人だったのに、なんで?!」とびっくりしてしまった。

私に限らず多くの未婚女性にとって、「結婚後どのようにして夫婦が冷めるのか」は最大の関心事項だと思うのでここはマジちゃんと書いてくれないと困る。

更に、このすれ違い時代に、夫は嫁の仕事の辛さを感じ取りつつも一切優しい言葉をかけたりしないんですね(そう読める)。

だけど、その数十ページ後に、「この人は何も言わないけど本当は分かっててくれる、素敵な旦那です」的なエピソードが現れることで、なんか、「口に出さないけど汲み取ってくれる夫」「結局善人なんですちゃんちゃん」みたいな感じになってるんですけど、いや、そうは問屋がおろさねえから。わっかんねえから。

4.

第四に、エンディングが良くない。

ざっくり言うと、

「セックス/結婚/出産にこだわってた自分」→「こだわらなくなった自分」
「常に自分を否定してきた母」→「肯定的にみてくれるようになった母」

みたいなエンディングなんですが、

このbeforeの部分がしっかり描かれてないから、afterで全然感動しないんですね。しかも両方、「なんとなく、時間が解決してくれた」みたいな感じですからね。全然納得できないがな。


ダメ出しばかりしてしまいましたが、最後に、良かったなあと思うところも書いておきますね。

だってそもそも、なんでこんな生産性の低いダメ出しブログを書いたかと言うと、「惜しい」と思ったからなんです。

こんなにズタボロに言ってますが、私、この本、初め3分の1くらいはとてもわくわくしながら読んだのです。だからこそ、読後は「惜しい」「もっとちゃんと書いてくれよ!」という気持ちになったのですね。

良かった点は、恋人時代の夫の変キャラっぷり。

それと、夫のちんぽが入らないことが発覚した直後の、この文です。

『昔から私の番になるとちょうど機械が壊れるとか、私の買ったものだけ不良品とか、そういう運の悪さ、間の悪さで損をする場面が数えきれないほどあった。世の中の『偶発するちょっと嫌なこと』が、なぜか私に集中した。だから今回も自分のせいかもしれないと思っていた。』

あ~ こういう考え方する人なんだ、だからこういう人生を送ることになるのか、と思った。


エッセイって、レアな体験をひけらかすデュエルじゃない。

頭の中の思考回路がどれだけレアかをひけらかすデュエルなんだ。


こういう文が読みたくて、エッセイ読んでるんだよね。



渋澤怜(@RayShibusawa

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渋澤怜🏮🐃🦐ベトナムなう

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2018年8月よりホーチミン在住。日本語教師&物書き業。ベトナムについてのエッセイ更新中📝他、純文学短編小説など📖自己紹介・おすすめ記事・移住経緯詳細は『プロフィール』から! 📚