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ツール・アライアンス/道具と執筆作業

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/06/28 第559号

○「はじめに」

7月26日発売の新刊、Amazonページができております。

◇すべてはノートからはじまる あなたの人生をひらく記録術 (星海社新書) | 倉下 忠憲 |本 | 通販 | Amazon

といっても書影もまだですし、電子書籍版も未登録ですが、とりあえず紙版は予約可能になっております。

え〜っと、まだ気持ちの整理がうまくついていないので、どういう文言でアピールすればいいのか判然としないのですが、これまで書いてきた本の中では一番面白く、一番「倉下」らしい本になっていると思います。

よければ予約してみてください。よろしくお願いいたします。

〜〜〜ポッドキャスト情報〜〜〜

ポッドキャスト配信されております。

◇第七十四回:Tak.さんと新刊と近況について by うちあわせCast | A podcast on Anchor

◇BC014 アフタートーク&倉下メモ - ブックカタリスト

うちあわせCastでは新刊話と近況について話しつつ、最後はガチの「うちあわせ」を行いました。結構いろいろアイデアが出てきたので、それを企画に活かそうと思います。やはり「うちあわせ」は大切です。

〜〜〜比べなくてよいものを比べてしまう〜〜〜

自分の心の動きを観察するのが趣味なのですが、やはり喫緊の話題で一番インパクトが大きいのが、新刊の発売……ではなく、その新刊と同日に発売されるすげー本の存在です。

書籍執筆は誰かとの競争ではなく、いかに読者にギフトを渡せるのかという行為であることは理解しつつも、やはり同じレーベル同じ発売日ともなれば意識せずにはいられません。

でもって、脳内ではどうやっても勝てるわけではないとわかっているのにも関わらず、数字(予約段階のAmazonランキング)を比べて悲観的な思いを抱いてしまうのです。

私のような勝負っけの無い人間ですらそうなるのですから、普通に勝負っけのある人ならもっと強くその思いが出てくるでしょう。ランキングやPVやいいねの数などが誰にでも可視化されている時代においては、そうした心の動きによるダメージの発生はそこら中で発生しているのかもしれません。

なにせ誰かが勝てば、誰かが負けるのです。1000人参加者がいれば、敗北感を味わわなくても済むは一人だけで、それ以外のすべての人が程度の差はあれ敗北感を背負い込むことになります。競技レースのように、もともと「誰が一番かを決める」ためのものであるならともかく、そうでない活動において敗北感が生み出されてしまうのは、可視化が持つ大きなトラップだと言えるでしょう。

でもって、まあ、そこから目を逸らすためには「自分の仕事」に注力するしかありません。意識的に、できるだけ、見ないよう、比べないようにするのです。あるいはそうしたくなる気持ちが湧いてきたら、「いやいや、自分の仕事は違うだろう」と逆相の声をぶつけていくのです。

なかなか地味な話ですが、そういう気持ちを自分が持っている、という事実から目を背けるよりはマシな結果になると思います。

〜〜〜モチベーションを「押し込む」〜〜〜

最近、毎日少しずつ書き起こし作業(的な作業)を行おうとしています。「している」ということは、「まだできていない」ということです。

で、なぜできていないかと考えると、一つに「その作業に取りかかろうという気持ちが弱い」が理由にあることに気がつきました。ではなぜ気持ちが弱いのか。

一つには慣れていないから、という強力な理由があります。人間は慣れていない作業に取りかかるモチベーションを高く保てません。これはもうどうしようもないので、ただ慣れるだけです。で、もう一つの理由として、作業始めるための準備が億劫だから、という仮説を思いつきました。

他の作業であれば、VS Codeのワークスペースを切り替えるだけですぐに作業に移れるのですが、書き起こし作業は音声ファイルをFinderで見つけ、それをQuickTime Playerで開き、前回書き起こしを行った地点まで再生時刻を移動させる、という作業が必要になります。ここがボトルネックになっているのです。
*ちなみに、QuickTime Playerを使う理由はミュージック.appの履歴を「汚し」たくないからです。

そこで作業環境を整えることを決めました。何かしらコマンドを入れたらQuickTime Playerが起動するだけなく、該当の音声ファイルを開き、しかも所定の再生時刻まで自動的に移動する、というスクリプトを書くのです。

で、紆余曲折を乗り越えてそのスクリプトを書き上げたおかげで、劇的に作業の着手がやりやすくなりました。着手しやすくなれば、試行回数も増え、試行回数が増えると行為に慣れてくるので、作業に取りかかるモチベーションも上がりやすくなります。うまい循環が回っているのです。

でもって、もう一つ付け加えれば、「作業を進めやすいように、作業環境を整える」というメタなプロジェクトを進めた、という点も実はモチベーションアップに関係しています。つまり、「作業を進めやすいように、作業環境を整える」プロジェクトを進めたから、(その効果を確かめるために)書き上げプロジェクトも着手する気持ちが高まったのです。

言い換えれば、一つ上の(つまりメタな)プロジェクトのモチベーションが、下位のプロジェクトに「押し込まれた」のだと捉えられます。

もしこのスクリプトが、ある朝起きたら小さな妖精さんが環境を整えてくれていました、という形で導入されたとしたら、今と同じ強度のモチベーションを喚起することはなかったでしょう。その意味で、自分で自分の環境を整えることには意外な「効能」が眠っていると言えそうです。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけですので、頭のストレッチ代わりでも考えてみてください。

Q. 他人と比べがちな方でしょうか。それを抑制する方法を何かお持ちでしょうか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。今回は「道具と執筆作業」の最終回として、さまざまなツール群について紹介します。

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○「ツール・アライアンス 道具と執筆作業」

ここまでの連載で、iPad・情報カード・テキストエディタという三つの執筆道具を紹介してきました。

単に「文章を書く」作業だけならば、この三つでだいたい完結します。手書きでアイデアを広げ、情報カードで素材(マテリアル)を管理し、テキストエディタで文章を書き下ろす。シンプルな話です。しかし逆に言えば、この三つだけでは「だいたいしか完結しない」ということでもあります。足りない何かがあるのです。

今回はその「足りない何か」を補うためのいくつかのツールを紹介しましょう。主に以下の三つが出てきます。

・Evernote
・WorkFlowy
・Scrapbox

これらのツールも、──ある意味では──執筆には「欠かせない」道具群になります。

■Evernote

生業として執筆をはじめた2010年頃は、Evernoteは私にとってスターなツールであり、ホームなツールでした。このツールを情報のホームベースとして、「ありとあらゆるもの」をこのツールで管理しようとしていたのです。

基本的にその試みは失敗したと言えますが、それでもいまだに便利なツールとして使っています。主には、「情報の保管場所」としての位置づけです。バックアップとして資料や原稿を保存しておくための場所ですね。

また、いわゆる手帳のように年間のインデックスとなる表組みを作り、そこに読んだ本のリストを作る用途にも使っています。一年間の自分の行動ログです。同様に、ツイログというツールから毎日送られてくるツイートログもEvernoteに保存されます。これもログやバックアップ的な位置づけになるでしょう。

しかしまあ、それだけと言えばそれだけです。昔は本当にどのような情報であっても、発生したものはEvernoteに保存していました。今では、主要な原稿はすべてDropboxで管理していて、終了させるプロジェクトがあるならばそのファイルなどをEvernoteに保存しようか、と判断するくらいです。まったくぜんぜん主要なツールにはなっていません。

その一番の理由が、前号で紹介した「テキストエディタ」の存在です。具体的にはVS Codeです。VS Code + テキストファイルの形で原稿を保存しておくと、原稿の取り回しが極めてよくなることに気がついてしまったのです。

たとえば、VS Codeではそのワークスペースで指定しているフォルダ全体に対してgrepすることができます。簡単に言えば、キーワード検索です。つまり、複数のフォルダに対して、「このキーワードが含まれている原稿を検索せよ」と命令できるのです。

もちろん、Evernoteでもそのような検索は可能ですし、それができることがEvernoteを使う理由の一つでもあるでしょう。しかし、違うのです。圧倒的に速度が違うのです。

Evernoteでそのような検索を行う場合、検索結果が表示されるにしばらく待たされます。若干鬱陶しいです。さらに、複数のノートブックを対象にして検索する場合は、きちんと検索語句を入力しなければなりません(notebook:a b)。なかなか面倒です。さらに、検索した結果はノートのリストとして返ってきますが、それらのノートのどの部分にキーワードが含まれているのかは、一つひとつノートを覗いていかないとわかりません。非常に手間のかかる作業です。

VS Codeであれば、上記のことが「スルっと」できます。本当に、ものすごく簡単にできるのです。テキスト情報しか扱っていないので検索は速く、毎回のフォルダ指定は不要で、検索結果は、該当行(+α)の抜粋で表示されます。なんなら検索結果をエディタ画面で広く表示させることも可能です。

上記のような手軽さがあるので、「ちょっと気になった」程度のモチベーションで原稿全体を検索できるようになりました。Evernoteの場合は「よし、検索するか!」という強い意気込みがないと行われなかった検索が、「ググる」くらいの身近さになったのです。

この変化はきわめて大きいものであり、それまでの「Evernoteですべて原稿を管理する」体制から、「テキストファイルですべて原稿を管理する」体制へ移行する動機としては十分なものでした。

昔はほんとうに奇妙きてれつなことをしていたのです。テキストエディタで文章を書いて、それが終わったらAppleScriptを経由して、そのテキストエディタに表示されているテキストからEvernoteのノートを生成して、「保存する」ということをしていたのです。「.txt」のファイルを作らずに、ダイレクトにEvernoteに原稿を保存していました。昔の自分は、そのような仕組みを整えたことを「クールなこと」だと考えていましたが、だいたいは勘違いだったようです。

たしかにその仕組み自体はクールだったのですが(自動的にタグもついていました)、結局そうして保存した原稿を、その後はまったく使えていなかったからです。探そうと思えば探せる環境を作っていたものの、動作がもったりしすぎて「どうしても探さざるを得ない」という状況に追い込まれない限り探さない、という姿勢になっていました。これはあまりクールではありません。

大量の、しかも種類が異なる情報を一元管理できる点でEvernoteはきわめて魅力的なツールではありますが、細かい情報の取り回しは得意ではありません。よって、Evernoteに原稿を保存することは、「原稿を細かく取り回す可能性を手放す」ことを意味するのです。昔の私はそのことに気がついていませんでした。

情報を扱うツールにはそれぞれ特性があり、主要な役割とその役割に合わせた機能があります。そして、主要な役割ではない機能については、「使えるには使えるけども」の使い勝手に留まります。当然、そうした副機能は、その機能が主要な役割であるツールにはどうしても見劣りしてしまうのです。

よって、一つのツールだけで情報を取り回す、というやり方(ないしは価値観)は、そのツールの主要な役割以外の部分では、かなり不十分な機能しか使えないことになります。これは結構もったいないことです。

前回紹介したエディタのVimのように、複数のモードを持ち、そのモードごとで操作方法すらも変わるならば、あるいは単一のツールだけで複数の知的作業を十全にこなせる、ということはありうるのかもしれませんが、現状そのようなツールはありません。だから、非常に単純に思える結論ですが、複数のツールにそれぞれの得意な役割を発揮してもらうのがよいのだろうと考えています。

ツール群によるアライアンスを設立するのです。

(下につづきます)

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