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『すべてはノートからはじまる』の周辺散策 /次の本に関する戸惑い

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/08/30 第568号

○「はじめに」

ポッドキャスト配信されております。

◇第八十一回:Tak.さんと 「生活の技術」について by うちあわせCast | A podcast on Anchor

◇ゲスト回BC019『心の仕組み 上』 - by goryugo and 倉下忠憲@rashita2 - ブックカタリスト

うちあわせCastはかーそる第五号のうちあわせの続きです。うちあわせCastでうちあわせを行うことで(ややこしい)、リスナーの方々を交えた大掛かりなブレストになっている感覚があります。なかなか楽しいものです。

ブックカタリストは、二回目のゲスト回でした。今後もいろいろな人にゲストに来ていただいて「この本、面白いよ!」という話をしていただければと考えております。

〜〜〜本屋の楽しみ〜〜〜

紀伊國屋書店梅田本店さんツイートで、拙著がドドーンと売り場展開されているのを知りました。ぜひ直接見に行きたいところですが、さすがに不要不急すぎる用事なので、現状では難しいところです。

そう言えば、大きな書店をはしごしなくなってずいぶん経ちました。近くの書店にはちょこちょこ足を運ぶものの、電車に乗って都市部の書店に出かけるのは一年以上もご無沙汰している計算になります。

もちろん大きな書店に行かなくても本は買えます。電子書籍は手軽に購入できますし、ネット書店なら珍しい書籍も注文できます。

しかし、どれだけお手軽に本が買えたとしても、大きい書店をはしごし、紙袋をまんたんにしてホクホク顔で電車に乗って帰宅するあの経験の代替にはなりません。良いか悪いかという話ではなく、たんに代替できないのです。こればかりはもうどうしようもありません。

移動には時間がかかりますし、たくさんの本はたしかに重いです。しかし、そうした苦労やコストがあるからこそ、得られる感覚というのはたしかにあります。

現状は仕方がないにせよ、もう少し状況がよくなったら、ぜひとも書店を練り歩きたいものです。

〜〜〜「知的」〜〜〜

岩波書店から9月に発売される『知的文章術入門』という本が目に留まりました。たぶんこの本は買うことになるでしょう。

それはさておき、自分がやっていることに「知的」というフレーズをつけるのはためらわれるのに、自分がコンテンツを摂取する側になると、「知的」とついているコンテンツには興味を惹かれてしまう、というアンビバレントとも呼べる態度が自分にはあることに気がつきました。

「知的」なものに対する憧れと恐れみたいなものが同居しているのかもしれません。

しかしながら、自分という一人の読者が「知的」というフレーズに惹かれるのですから、同じような人へのフックとして「知的」という言葉を使うこと自体は、そう悪いものではないのかもしれません。

〜〜〜ボードゲームのhackable〜〜〜

私はゲーム全般が好きです。デジタルゲームだけでなく、アナログのゲームも結構好きです。つい先日は『カルカソンヌ』というボードゲームを購入し、甥っ子たちと遊びました。

こういうボードゲームの多くは、ルール自体はシンプルで、ランダム性と戦略のバランスがゲームの楽しさになっているので小学生と一緒にプレイしてもなかなか楽しめます。

でもって、アナログのボードゲームの良いところは、いくらでも自由にルールを改変しちゃえるところです。子どもにはちょっと複雑すぎるルールならそれをまるっと省いても問題ありません。サポートやアシストやハンディキャップも自由に設定できます。

その点、デジタルゲームにはどうしても改変に上限があります。ゲーム制作者が決めた範囲内でのカスタマイズしかできません。真のデジタルコンピューティングはそうした改変の自由をユーザーに与えることだとするならば、その辺はまだ物足りないと言えるでしょう。

しかし、小学生でプログラミングを学ぶのがあたり前になっていくならば、そうした未来のユーザー向けにデジタルゲームの在り方も変わってくるかもしれません。それは結構楽しそうな未来です。

〜〜〜自分の仕事を振り返る〜〜〜

ボードゲームで遊んでいたとき、私の新刊の話題になりました。その際、姪っ子から「これまで何冊くらい本を書いたのですか」と質問されたのですが、ガチで答えることができませんでした。「たぶん10冊以上だと思うけど、正確にはわからない」というなんとも漠然とした答えで精いっぱいです。

自分の仕事を、自分で説明できないのは、いささか不備が多いのではないか?

そんなことを思って、自分の仕事の「歴史」を表にまとめてみることにしました。書名、出版年月日、出版社などをリストアップしたのです。

もちろん、これまでも著作リスト的なものは何度か作っていたのですが、上記のような項目を備えた「データベース」を作ったのは今回がはじめてです。他者に向けたポートフォリオではなく、純然に自分のためだけの著作リスト。はじめてそれを作ってみたわけです。

その結果、いわゆる商業出版が13、単独のセルフパブリッシングが23、かーそるが4、寄稿などがいくつか、という「実績」が明らかになりました。結構な数の本を出版しています。そりゃまあ10年もこの仕事をしているのだから、当然かもしれません。

面白いのは、自分の中では商業出版とセルフパブリッシングの比率が、8:2くらいの感覚があったのですが、実際は5:5に近いものでした。自分のことながら、「へぇ〜」という感覚があります。

こういう「自分のこと」ですら、自分の感覚はあてになりません。情報を整理して、並べてみることはやっぱり大切です。

今までは、とにかく「次の本、それが終わったら次の本」という感じで、視線が前にだけ向いていたのですが、たまにはこうして自分の「歴史」をまとめてみるのもよさそうです。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりにでも考えてみてください。

Q. 知的、という言葉はどのように響きますか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。前号ではなんとなく「8月最終号」な雰囲気を漂わせてしまいましたが、5週目の月曜日が存在しているのを失念していました。今回は、拙著新刊まわりのお話と、次の本に関するお話をちらりと書いてみます。

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○『すべてはノートからはじまる』の周辺散策

一冊の本(book)は、本々(books)のネットワークに位置づけられます。近しい本、響き合う本がいくつもあるということです。

今回は『すべてはノートからはじまる』のそうしたブック・ネットワークを散策してみましょう。

■『ライティングの哲学』はお隣さん

まず、同日発売になった『ライティングの哲学』はお隣さんと呼べるくらいに近しい本です。単に近しいだけでなく、相互補完的な内容にもなっています。

共通するのは「書く」という行為。それをいかに行うのか、それが人間にとっていかなる意味を持つのかが探究されているという点はほとんど同じです。関心の対象が通底しているのです。

一方で、『ライティングの哲学』において執筆陣が注目しているのは書籍などの原稿を書く行為なのに対して、拙著はそれ以外のさまざまな領域における「書く」を扱っています。話題が広いわけです。

その分、拙著では具体的なツールの話やその使い方は深堀りされていません。むしろそうした話題は『ライティングの哲学』で豊富に展開されています。

上記のように、この二冊は合わせて読むとより面白さが増す組み合わせになっています。「書く」ことについてさまざまに考えられるセットです。

■『勉強の哲学』の変身と他者

『ライティングの哲学』つながりで言えば、『勉強の哲学』と『独学大全』も拙著と近しさがあります。

まず、『勉強の哲学』は「変身のための勉強」という点で、拙著の「逸脱」との呼応性があります。自分の意図を完全に充足するためではなく、むしろ意図しない変化を呼ぶ(誤配)のために「書く」ことを行うというメッセージは、「変身」の感覚と似ています。どちらにも通底するのは、まったく新しい(今の自分から完全に切断された)自分になるのではなく、今の自分が少しずつ変化していく感覚でしょう。大切な感覚です。

もう一つ、自己啓発的内容でありながらも、そこに他者論が含まれている点が似ています。たとえば『勉強の哲学』には、以下のような理路があります。

勉強を追求していくことで一旦周囲のノリからは外れてしまうが、そこから切り返すことで周囲のノリに合わせられるようになる。そのような態度を取るとき、自分の目から見て周囲のノリに溶け込んでいる(≒バカに見える)人間がいたとしても、そうそう簡単に「あれはバカだ」とは断じれなくなる。もしかしたらノリを合わせているだけなのかもしれないぞ、と。

これは想像力というものが他者の尊重といかに関係しているのかを示しています。そしてそれは拙著の本を「素直に読む」というメッセージと呼応しています。自分から見てバカなことが書いてあるように見えても、著者はきっとそういうことも理解して書いているのだろうと受け取ること。その上でそこにあるメッセージとは何かを考えること。そういう読み方をすることは、結局は読み手の想像力を広げることを意味します。その想像力が、他者を救うのではなく、むしろ他者から自分を救うのです。

でもって、本もまたノートであり、読み手と書き手は交錯しているのだ、というメッセージは上の話を補強しています。読み手のように書き、書き手のように読むことは、想像力を育む一番の訓練です。すばやく処理する「読み方」では、そういう想像力は育まれません。著者の意図を探るように本を読むことで、その瞬間読者は著者に「なっている」のです。それまで自分の脳内になかった理路が(そしてそれを支える脳内のネットワークが)駆動しているのです。結果的にそれは、自分を変身させることにつながります。

その意味では、自己の変容を経験しない限り、他者への認識は変化しないと言えるのかもしれません。あるいは、片方の変化は必然的にもう片方の変化をひきつれてくるのかのどちらかです。

なんにせよ、これはとても大切な話です。自己啓発的言説にはさまざまな問題がありますが、その中でも一番有害なのが「自分の話しかしない」ことです。あるいは他人の話をしても、あくまでそれを「道具的」に扱ってしまうことです。そうした視点では、どれだけ他者の利益を説いたとしても(win-winなど)、倫理観は育まれないでしょう。
*win-winに足る人間しか相手にしない、ということになりがち。

私たちは、自分でありながらも他人であるときに葛藤や後ろめたさを感じ、それが倫理観を醸成します。自分のことしか考えない人間には、そうしたものはまったく生まれないでしょう。

■『独学大全』の技法

『独学大全』の大ヒットによって、このようなコンテンツを好ましく思う読者がたくさんいることを知ることができました。だからこそ、私は自分の本を勇気を持って、publishできたのです。

でもって、拙著が「技法」というキーワードを使っているのは、率直に言って『独学大全』の影響です。この「技法」は、別のさまざまな言葉にパラフレーズ可能ですが(たとえば技術でもハックでもよい)あえて拙著では「技法」を使いました。

で、その技法をどう用いているかというと、むしろ『独学大全』やその他の技法集の本とは違って、技法を(主従の)従として扱っています。技法を扱う本は、たいてい技法別で項目を立て、それぞれの項目で技法を解説していく流れなのですが、拙著ではそういう構成にはなっていません。

まず思索があり、そのまとめとして技法を紹介するという流れになっています。これは私の「技法は、常に(誰かによって)開発されるもの」という思想から来ています。万有引力の法則であれば、誰かが一度見つけたらそのままずっと使い続けられますが、人間が扱う技法はそこまでの普遍性はありません。

むしろ、それぞれの技法の中心には何かしらコアと呼べる要素があって、その要素が個々人の環境に応じて姿を変えて実装されている、というのが実態に近しいでしょう。よって必要なのはそのコアの要素の分解であって、それさえあればあとは自由にアレンジしていける、と倉下は考えているので「技法」が従になっているのです。

もちろん、技法が主になっていた方が目的別に探しやすくなどさまざまなメリットがあることは間違いありません。そういう書き方の効能は認めつつ、他の本の大半が技法を主にしているので、拙著では違ったアプローチを採っているという一種の天の邪鬼戦略と呼べるかもしれません。

そういう技法の扱いの対比は別にして、ノートを利用して自らのやりたいことを進めておく、という話は『独学大全』の「外部足場」を作る、という話と通底しています。意志ややる気だけで問題解決しようとせず、「外部」の力を借りるという視点は、これまた自己啓発では見逃されがちな大切な話です。

■『積読こそが完全な読書術である』の隔離環境

別軸で言うと、『積読こそが完全な読書術である』とも近しい関係があります。この本は、現代的な情報環境を「濁流」と見立て、それとは異なる流れを持つ「ビオトープ」を積読によって作る、というメッセージを持っていますが、それは拙著の「静かに考えるための場所を持つ」というメッセージと相似です。

現代では情報が容易に入手できるがゆえに、そうした情報と距離を置いて考えごとをするのが難しくなっているのです。そこでSNSなどの情報が常に流れ込んでくる場所ではない「情報環境」を作るわけですが、それは積読リストであってもいいし、自分のノートであっても構いません。なんにせよ、情報の濁流とは切り離された場を持てば、それでいいのです。

それに積読リストを作る場合は、自ずと自分の興味に目を向けることになるでしょうし、自分のノートを取る場合でも同様です。どちらも外側に向きがちな視線を、一旦内側に向ける役に立ってくれるのです。

SNSの普及によって、「文字を打つ」という意味での書く行為は広がっていますが、他の誰かに向けたわけではない言葉を綴る(自分との対話)の機会はそれほど広がっていないかもしれません。むしろ時間の有限性を考えれば、減っていることすら考えられます。

だからこそ、積極的に自分のための情報環境を作っていく必要があるでしょう。

(下に続きます)

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